第39話 『法の番人』

 下着姿で気絶する三人の兵士がいる。


 イーヴァルの手で軍服を剥ぎ取られた警備兵だ。奪った軍服は予定通りイーヴァルとミリア、そしてユミルの三人が着用した。ベヨネッタとジルには縄を縛り、その先端をイーヴァルが持つことで誘導する。本来であれば手錠をかけて連行するのがセオリーだが、いざ緊急事態に陥った際に手錠だと身動きの制限が極端にかかってしまう。縄であれば予め解きやすいように縛っておくことで対策を施せる。連行中に不審がられても子供と獣ならば大丈夫だろう、と言い訳が出来るのも考えた末の方法である。


 だが事態はイーヴァルたちの思惑とは裏腹に慌ただしい様相となっていた。


「侵入に勘付かれたのでしょうか?」


「……いや、どうも様子がおかしいな」


 聞き耳を立てるイーヴァルが拾った兵士の声は憤りに満ちていた。要塞に侵入されただけではまず見せない反応だ。


「犯人は見つかったのか?」


「いや、まだだ。だが噂だと侵入者は“法の番人”だそうだ」


 兵士が強調した犯人の噂をイーヴァルの耳もしっかりと捉えた。


「法の番人……」


 その名前の通り法律に殉ずる者のことだ。国境や地位など一切関係なく、法律を破った者を裁く権利を与えられている。それらは“断罪機関”と呼ばれる組織に所属することで得られる権利で、所属できるのは“法王”に選ばれた者だけだ。どのように選定されて、どれだけの番人が所属しているのか、組織図は不明な点が多い謎多き機関である。


「再三の情報開示を拒否した報いだろう。それ相応の覚悟をしておけ」


 憤っていた兵士の熱が急激に下がったのが傍目からでも分かる。それは相応の覚悟が死ぬ覚悟と直結すると理解しているからだ。


 なにも断罪機関は問答無用に断罪を執行するわけではない。法律を欺いている疑いで国家や組織や個人に至るまで調べ尽くし、そのうえで情報開示の通告をする。グラチア皇国はそれを再三に拒否したことが断罪執行に繋がった。


 一通りの会話を済ませた兵士たちがその場を離れたのを確認したイーヴァルも意識を手元に戻す。


「法の番人が侵入しているのなら俺たちも今一度気を引き締める必要がありそうだな」


「私たち関係ないのに襲ってくるの?」


「残念ながら関係なくないのさ」


 イーヴァルはベヨネッタに視線を送った。当人は視線を向けられた意味を理解できずに小首を傾げる。


「魔女の存在も法律に触れている。それこそ数えられないほどの罪があるはずだ」


 そうでなくても魔女というだけで存在が罪だとされる風潮にある。法の番人の目的がニールセンでなかったとしても、彼女やその関係者と遭遇することになれば任務の一部として断罪執行を行うだろう。


 分からないのは魔王という存在だ。法律という部分で罪に当たるのか判断できないイーヴァルは単独で行動している主人を心配するのだった。


                 ◇


 一方、アデルも法の番人が要塞に侵入した報せを耳にするどころか、断罪された兵士の屍と出くわせていた。数にして十人。その全てが斬撃によって命を奪われているのが傷口から分かる。


「殺すことに一切の躊躇いなしか」


 体を刻まれた淀みのない切口から人を殺すことに慣れているのが分かる。自分たちが掲げる法律の前では如何なる相手でも非情になれる法の番人ならではの現場状況と言える。


「これはこれは、珍しい御仁が一人――」


 背後からの女の声にアデルは振り返ると、紅色の法衣を羽織った女性が視界に映った。その片目には鍵穴が施された眼帯が嵌められ、鍵穴を挟む形で英数字のⅨが刻まれている。


「随分と禍々しい気配だ。まるで君自身が悪そのものみたいに」


 笑顔を絶やさない姿に明るい声は好感を抱くにはいられない程に女性として魅力に溢れている。だからこそ右眼を覆い隠す一風変わった眼帯が異様な空気を放つ。


「断罪機関の法の番人。法律を遵守する証として片目を供物と捧げる儀式があると聞いていたが……」


 一見、痛々しく映る姿もアデルの目には異常を察知する。


「その眼帯の奥底にある物に興味がでた」


 供物にしてあるはずもない眼帯の奥底から感じられる圧倒的な存在感を無視できそうにない。


「ふふ、そういうことなら私と一緒にきますか?」


「冗談を。人間の法とは相容れないさ、俺は」


「――法王様は言いました。法とは人種や立場関係なく全ての者に平等だと」


 説法するように断罪機関の訓えを声にする。


「それは魔王であっても例外ではありません」


 アデルを魔王と見破りながらも勧誘は止まない。懐柔させようとする心地よい声と言葉が脳内に響く。


「まるで麻薬だな」


 否、そんな生易しいものではない。


「聞くもの全てが正しく聞こえてしまう」


「それが法律です。正しい事を説いているのですから疑う余地などありません」


 ですが、と法の番人は続ける。


「どうやら納得がいかない様子。優先するべき任務があるのですが、魔王に法を説く

のもまた優先すべき任務と判断します」


 自分に言い聞かせるように任務の内容を追記していく。


「断罪機関、法の番人No.Ⅸ、ローデリア=ブラックローズ。ここに法を説かせていただきます」


 法衣を手で払い、スリットの部分から一本の剣を引き抜いた。

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