第37話 『重圧』
古城の外観とは裏腹に要塞内は研究所を彷彿とさせる冷たさに満ちた空間が広がる。複数の個室が点在するとの同時に入室にはパスワードが必要となる暗証番号ロックが装備されている。廊下の端々には監視カメラが設置され、武装した警備兵が巡回している。
イーヴァルたちは監視カメラの死角をつきながら牢獄へと繋がるであろう階段の探索に入るも要塞の広さに四苦八苦していた。
「予想していたとはいえ、やはり監視の目が多いな……」
イーヴァルが身を隠しながら徘徊する兵士の動向を探る。スニーキングは彼が得意とするところではないが、動作範囲が制限される建物内では打撃が一番融通の利く戦闘スタイルであることから先頭に立つ。
「潜入がここまで精神を削るものとは思いませんでした」
常に纏わりつく緊張感が精神だけに限らず体力も著しく低下させていく。それは逃げ道が制限された施設内ならではの特殊な空気からくるものであり、一度の遭遇で施設全体から敵が押し寄せてきてパニック状態に陥ってしまう。そうなれば目的遂行はもちろん、脱出することも難しい。
「それにしても一体何を研究しているのかな?」
ユミルは窓の縁を掴みながら室内を確認する。室内には素人目では分からない機械が無数に設置されており、複数の研究者たちが黙々と作業を熟していた。
「さあな。だがこんな場所にある施設だ。全うな研究でないだろうな」
他国の干渉を受けない暗黙の土地に建造したのは研究内容が表向きに発表できないものだと考えられる。厳重な監視と武装した兵士が常時徘徊している辺りその予想に間違いない。
それとは別に分かることがもう一つある。
「これだけの規模の施設にこれだけの兵士と研究者の数だ。間違いなくどこかの大国が関係しているな」
小国や自治州では施設の建造は出来たとしても運営していくことが難しい。人力もさることながら、運営で一番ネックとなる資金面で必ず限界がくる。裏社会の組織が大国と極秘裏に契約を結んで運営していく方法もあるが、ニールセンを拉致した部隊や要塞を警備する人員の格好が軍服であることから選択肢として省いてよさそうだ。
「見たことのない軍服ですが、どこの国でしょうか?」
記憶する各国の軍服と照らし合わせるミリアだったが一致せずに首を傾げた。仮に小国にまで範囲を広げたとしても数は知れている。
「特別な軍服を新調しているのかもしれないな」
素性を隠すのに軍服を着眼点とすることが多い。敵兵の軍服を奪って潜入するのは常套手段であるように、軍服ひとつで認識は一変する。
そこでイーヴァルは自分たちの失態に気付いた。
「どうしてこんな簡単なことに気付かなかった……」
要塞内を比較的安全に移動したいのであれば軍服を奪取するのが手っ取り早い。いずれ気絶した兵士が発見される恐れはあるが、今の状態で探索するよりは遥かに安全性は高い。
ひとつ問題があるとすればジルやベヨネッタの存在である。
「ジルやベヨネッタのサイズにあった軍服があるとは思えないよ?」
女性兵士の姿はあってもさすがに子供や狼の姿は確認できなかった。
「危険ではあるが、牢獄へと連行していることにすれば誤魔化せるかもしれない」
ニールセンを救出しようとしている者たちを確保したとする他に考えが浮かばない。だが言葉巧みに事を上手く運ぶことができれば牢獄の場所を仕入れることも可能だ。現状から楽観的すぎるかもしれないが、可能性はゼロではない。
「とりあえず軍服を確保しましょう。まずはそこからです」
ミリアが言葉を締め括る形で再始動した。
◇
一方、先行するイーヴァルたちを追うアデルも吹雪の中をひたすら歩いてどうにか要塞前に到着していた。イーヴァルたちが既に要塞の中へ侵入している報せはミリアからの通信で届いており、経路も簡単にではあるが教えられていた。
「さて、どうしたものか……」
果たしてこのまま合流することが最善の一手なのかを考える。潜入するのに集団行動はかえって動きに制限をかけてしまう。最悪を想定するなら保険として別行動を取る方がいいかもしれない。
ならば、と別の形で侵入できる場所を探ろうと周囲に視線を配ると一台の軍用トラックが横を走り抜けた。
「灯台下暗しになるか否か……」
多少の危険は承知の上でアデルは軍用トラックの荷台に忍び込む。荷台には食糧品と武器が積まれており、その中には新品の軍服も用意されていた。あまりにも都合が良過ぎる展開に疑いたくなる気持ちが強まるも、今はこの状況を好機だと考えることにして軍服を着用した後、荷台に身を隠す。
正門前での運転手と看守のやり取りが終えたのか、停止していた軍用トラックが動き始めた。行き先は物資を置く倉庫だろうと考えたアデルはその途中で荷台から転がり落ちる形で脱出する。雪がクッションの役目を果たすことで衝撃は和らいで怪我ひとつなく着地できた。そこから間髪なく移動を開始して目についた施設の扉から建物に侵入する。
「とんとん拍子で侵入できたことを喜ぶべきか疑うべきか……」
気配察知を働かせながら服に積もった雪を払う。
「……なんだ、この感覚は?」
まるで心臓を鷲掴みされたかのような違和感を覚える。呼吸が乱れて、全身に重圧がのしかかる。ウルシュグランと対峙した時との感覚に似ているが、圧し掛かるプレッシャーはその比ではない。
「この一件、少し見誤ったかもしれないな……」
下手をすればウルシュグランの時よりも厄介事になるかもしれない、そんな危惧がアデルの心中で渦巻くのだった。
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