第36話 『極寒の要塞』
アデルとカドックの対決が終えた同時刻――。
イーヴァルを筆頭に追跡の任務に当たっていた魔王軍一行はユリウスたちが滞在している建物を発見した。
無数の石を積んだ城壁が外部の人間の行く手を阻むように聳え立ち、地上と城壁上にも武装した兵士が徘徊している。城壁の隅に建てられている監視塔からはライトによって地上が照明されている。
イーヴァルたちは茂みに潜みながら侵入方法を模索していた。
「まるで要塞ですね」
外見からでも分かる堅牢ぶりに尻込みしてしまう。無計画で侵入する行為は間違いなく自殺行為である。だからといって指を咥えたまま静観を決め込めば取り返しのつかない結果を招くことは明白だ。
ユリウスたちがニールセンを拉致して連行する目的を掴めていないイーヴァルたちにとって彼女の命がどれだけ保障されているのか判断できない。拉致後にわざわざ仮設キャンプ地を経由して尋問を行い、襲撃後も要塞まで連行した経緯から考察する限り直ぐに命を奪うことになるとは考えにくい。それでも過激な尋問の最中に命を落とすことは多々ある。やはり時間に猶予はない。
「ここでも囮作戦をするの?」
ユミルからの提案にイーヴァルは首を左右に振った。
「これ以上の戦力を割くのは避けた方がいい」
本来なら前哨戦となったキャンプ地での囮作戦も控えるべきだった。あの時はアデルが機転を利かせた奇襲攻撃で敵方の混乱を招くことに成功したが、もし動揺を誘えずに対処されていれば一網打尽にされていた可能性が高い。そして今は頼りになるアデルの存在を欠いている状態。どれだけ策を練っても失敗するヴィジョンしか見えない。
「そうなると死角を見つけてそこを突くほかに方法はなさそうだな」
身を丸めて寛いでいたジルが身を起こす。監視の目を盗んで移動するのなら野生動物である自分の領分だと言わんばかりの主張を見せる。
「見つけられるのか?」
半ば疑うような視線をイーヴァルが送る。それはジルを信頼していないというよりも失敗が許されない慎重さからくるものだ。
「任せておけ。どうやら天も味方してくれているようだ」
ジルの自信に応えたかのように空からは雪が降り始めた。先程までの快晴が嘘のように曇天の空へと変貌すると、降り始めた雪は瞬く間に吹雪へと進化していく。クリアだった視界は白く濁り始めて要塞の外観すらも確認できないほどの視界不良に陥った。
「先行する。離されずに付いてこい」
ジルがゆっくりとした足取りで歩き始めた。
「私ならこの視界でもジルを見失わずに追えるから皆は私の後に続いて」
一歩分の間隔をあけてユミルを先頭にイーヴァルたちも続く。先導役を買ったジルの足取りに迷いはなく、視界不良をものともしないスムーズな歩行は監視の目を潜り抜けて容易く城壁前に到着すると、壁伝いに歩き始めた。
「裏口が分かるのか?」
正門は兵士による警備が厳しくて侵入経路とするには不向きだ。これだけの規模を誇る要塞であれば裏門となる入り口が必須になる。
「雪で薄くはなっているが微かに匂いが残っているようだ」
雪の上に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ分けていく。ジルの嗅覚がどれだけ優れているのか判断できないイーヴァルたちとしては彼の言葉を信じる他に選択肢はない。
その信頼は木の扉という形で姿を現した。ジルが辿った匂いもそこで途切れていることから裏口として利用していることが判明する。周囲を見渡す限り警備兵が配置されている様子はない。
イーヴァルは扉の柄を握って捻るとギギギと鈍い音をたてながらも開いた。体は隠したまま顔だけを出して要塞内を確認するも人の姿はなく、その状態を崩すことなく手振りだけでユミルたちに合図を送った。合図に従って要塞内に侵入していくのを見届けた後、イーヴァルも侵入して扉を閉めた。
「頻繁に利用しているのか知らないが、施錠もしないとは不謹慎だな」
「場所が場所なだけに侵入者に対する意識が薄いのかもしれませんね」
本来であれば全ての行動が揉み消しされてしまう地帯だからこそ危機意識は高くなければいけないのだが、長い月日の中でそれも薄まってしまったのだろう。
「事の真意はどちらでも構わないさ」
イーヴァルが話を強引に切った。
「ひとまず侵入に成功した。なら次は居場所を突き止める必要があるか」
「牢獄でしょうか? そうなれば基本は地下になりますが……」
「とにかく地下へと降りられる階段を探すとしよう」
必ずしも牢獄に閉じ込めていると断言できないが、それでも闇雲に探索するよりは効率が良いとイーヴァルは判断した。
「要塞内に入れば鼻も利かぬ。用心する必要がより強まるぞ」
匂いが霧散する外とは違って室内は充満する。充満する匂いは混ざり合ってしまい、ジルの嗅覚も鈍ってしまう。
「各自、それぞれの死角を補うことを心掛けて探索を始めるぞ」
イーヴァルの言葉に皆が頷くと、各自共に神経を研ぎ澄ませた緊張状態を保ちつつ要塞の探索に入った。
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