第34話 『正体』

 アデルは正面から大剣を受け止めた。魔剣が軋み、全身の筋肉と骨が悲鳴を上げる。衝撃は体すら通り抜けて地面にまで到達すると足場を崩し、重力に逆らうように砕けた地面の礫が宙を舞う。


 衝撃を耐えようと歯をくいしばる。歯は肉を切って口内に鉄の味が広がっていく。微かに開いた口の隙間を縫うように鮮血が溢れて顎をつたっていく。


 ――これ程とは⁉


 重たいなどと一言で片づけられる一撃ではない。いくら大剣使いに膂力自慢の戦士が多いとしても、カドックの一撃は常識の範囲を遥かに逸脱している。


 それでも強者の感覚はない。


 苦しいのは確かだ。強敵であることも事実。技も何もない膂力任せの一撃で対峙する相手を不能にすることも可能だろう。それは戦士として理想である。一撃で敵方を沈められるのならばそれ程に効率の良い戦法はない。


 それだけの条件を具えていても違和感は拭えない。


 ――悩むぐらいなら行動を起こすべきか。


 まずは現状打破。耐え続けるにもいずれ限界が訪れてしまう。ならば、と押し潰そ

うとする大剣に向けて全身の力をぶつけて押し返す。


 それは傍目から見れば微々たるもの。だがアデルにとっては希望となる絶好のチャンスだ。押し返せた僅かの一瞬に体勢を大剣の軌道から逸らした。縦に振り下ろされた大剣の攻撃範囲は狭い。僅かな体捌きで軌道から外れるだけで直撃は免れるのだ。


 そして大剣使いにとって一撃の回避は致命的な隙となる。


「――っ⁉」


 回避されたことにカドックの表情が歪む。大剣はその質量から破壊力に優れるメリットを持つが、同時に質量が動きの可動域を縛る。一振りの勢いと大剣の重量を両腕が一身に受ける状況で軌道を咄嗟に変更することはできない。即ち振り下ろされた一撃は振り切らない限り次の動作に入れないのだ。


 回避してみせたアデルは重心を落として左半身を前に出し、左腕を曲げて軌道をカドックの腹部に乗せて拳を開き、掌を前面にした。


 掌には魔力が渦を作る。紫色の魔力だ。それは大地を炎の海と化した紫炎をより濃厚に練ったものである。己を主張するように渦巻く紫炎が揺らめく。


 曲げていた腕を伸ばして掌を突き出す。紫炎を乗せた掌はがら空きとなったカドックの腹部に直撃した。


 ――掌底。


 腹部に直撃した紫炎は突き出される腕に圧迫されていく。徐々に押し潰されていく紫炎は浸透していくようにカドックの腹に呑み込まれ、貫通した。轟音と共に紫炎の渦がカドックの背から抜けていく。


 とどめを刺せなくても身動きを封じられるだけの威力を誇る。


 だが現実は嘘をついた。


 カドックは動きを止めるどころか顔色一つ変化させることなく反撃に出たのである。振り切って地面に刺さっていた大剣を引き抜きざまにアデルに向けて引き上げた。右切り上げの形で大剣が迫る。


 回避は間に合わない。


 ――ならば受け止めるまでのこと!


 剣先を下に、魔剣を逆手に握り直して軌道上に立てる。左手は刀身の中央に添えて壁の役割を与え、その直後に大剣が横殴りするように激突した。中段から振り下ろされたときと同様の衝撃が襲う。


「ぐうっ‼」


 思わず呻き声を自然と漏らす。空気が抜けたような乾いた音が鼻から抜けた。


 だが側面からの一振りであることが功を奏した。


 側面を遮る物がないことで衝突した衝撃が分散したのである。分散した衝撃はアデルの全身を後退させるもスパイクを利かせて停止した。


「しぶといですね。かの侠客のように“二の打ち要らず”とまでは言いませんが、それでもそれなりに自信はあったのですが……」


 圧倒的な膂力による一撃粉砕こそが信条だったカドックにとって持ち堪えるどころか、反撃に重たい一撃を与えてきたことが癇に障った。


「それはこちらの台詞だ、と言いたいところではあるが――」


 カドックの腹部に視線を落として納得する。


「そういうことか……」


 紫炎の掌底によって抉られたカドックの腹部から血は流れていない。それを種明かしするように腹部からは火花が散る。


「機械人形。……否、自動人形か」


 感情を滲みだすカドックを見て訂正した。前者の機械人形は殺戮兵器としてその名の通り機械的作業を求められる。対して自動人形は人と同じく思考を働かせて臨機応変に事を熟して成長を求める。そこに人との違いがあるとするならば肉体部分だけだろう。


「自動人形であれば一撃の重たさにも合点がいく」


 筋力ではなく動力で稼働させるのなら設計次第で威力はどうにも調整できる。そして一番厄介なのは痛覚がないこと。痛みや出血具合で威力や動きが鈍くなる弱点がないのだから対峙する者として舌打ちをしたくなる。


「それでも万能ではありません」


 抉られた部分からは断線した電線が腹部の外に飛び出ている。剥き出しになった導線が接触するたびに火花を散らして衣服を焦がす。


「――早期決着でしたが計画を変更します」


 再び中段に大剣を構える。


「脅威度を最大に。我が命を賭けてでも貴方の命を奪うことを最優先とします」


 剥き出しになった腹部から稼働音が漏れる。ショートする導線などお構いなく惜しみない全力稼働だ。


「私が貴方を倒すか。或いは貴方が私を倒すのか。それとも共に炎の海に呑み込まれていくのか――」


 決闘前に交わされる文句のように言葉を紡ぐ。


「死闘を繰り広げるとしましょうか!」


 第二ラウンドの合図を送るように炎の海が気泡を呑み込んで業火の鐘を鳴らした。

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