第32話 『僅差』
無数の岩が群となってキャンプ地に飛来する。魔力の殻を被った岩は紫色の炎に包まれたようにその姿を染め上げ、宇宙からの隕石のように地上や建物を穿つ。紫色の炎は地上に燃え移り、その火力は雪をものともせず瞬く間に大地を炎の海と化した。
上空からの襲撃など想定しているはずもない兵士たちは慌てふためく。燃え盛る炎の海に足場を失い、しかし、上空からは絶え間なく隕石が降り注ぐ。この絶望とも呼べる状況に兵士たちが取れる行動は逃走だけだった。
重石となる武器を投げ捨ててでも逃走を優先する兵士たち。その光景に囮役として兵士たちの目を向けさせるはずだったアデルは冷や汗をかく。囮役どころか殲滅しかねない勢いで地上を焼いていく炎の海とその光景を瞬く間に作り上げてしまったアデルに同行者から非難の視線が寄せられた。
「やりすぎたのでは?」
「このままだと先生も燃えてしまいます!」
炎の海が仮設の牢獄にも迫っている。雪を栄養にしたかの如く勢いを増す火力に呑み込まれたらひとたまりもなく消し炭になってしまう。最悪のシナリオを頭に思い描いてしまったアデルは自分の失敗を誤魔化すように作戦開始の合図を送った。そして逃げるように自ら先頭をきってキャンプ地へと走り出した。その背後からは耳が痛くなる数々の声が送られてきたが、意図的に遮断してキャンプ地を強襲した。
「て、敵襲‼」
被害の手が及んでいない仮設テントから武装した兵士たちが姿を現すなり騒ぎ始めた。
「ぞろぞろと……。想定よりも多いか」
先程の偵察はあくまで外に出ていた兵士を数えたもので、テント内に待機しているであろう兵士たちの確認は省いた。それは囮役として敵兵士を炙り出すことを前提としていたからである。これが殲滅戦ならば敵兵士の情報を完全に把握した上での強襲をかけたが、今回はあくまでニールセンの救出。アデルにとって敵兵士の数よりもどれだけ囮役として徹することで炙り出せるかに重きを入れていた。その結果が過度な奇襲となってしまったのはご愛嬌である。
「何事だ⁉」
仮設の牢獄から兵士を引き連れて現れたのは胸元に数多くの勲章を付けた軍人だ。怒号にも似た声に反応したアデルたちは姿を見せた軍人に目線を向ける。
「どうやらあれが指揮官のようですね」
隣に立つイーヴァルからの小声に頷く。
「指揮官が姿を見せたのは重畳。――ミリア、ユミルたちに連絡してくれ」
指示に頷いたミリアは牢獄付近で待機待ちしているユミルたちと連絡を取り合う。それを隠すようにアデルとイーヴァルはそれぞれの得物を手に取った。
「一体、何者だ⁉」
怒りが治まらない指揮官の怒声が続く。わざわざ名乗る必要はないのだが、囮役として敵方の意識を自分たちに向けて時間を稼ぐことが役目だ。敵方から名乗りを求められているのならこれに乗らない手はない。
「お初お目にかかる。本来であればまずはそちらから名乗れと言いたいところだが、此度は自分たちからお邪魔した次第。とあればこちらから名乗るが礼儀ですか」
素直に名乗ることはせずにまどろこく言いまわす。その間にも平常心を取り戻した兵士たちが集まってくる。そのなかに消火を諦めた兵士も加わっていることに内心で満足した。
「我が名はアデル。君たちには魔王の称号の方が親しみあるか」
魔王の復活に驚きを露わにする兵士たちのなか、指揮官たる男だけは動揺を見せない。それは彼自身、魔王が復活した噂を事前に耳にしていたからだ。
「ユリウス=オートラムだ。魔王が復活した噂は耳にしていたが、こんなにも早くお目にかかれるとは思っていなかったよ」
それで、とユリウスは続ける。
「その魔王が何用だい?」
「なに、無領域地帯に侵入しては何か不審な動きをしていたものだから挨拶しにきただけさ」
アデルの本音である。彼にとってニールセンの救出は二の次であって、一番の目的は暗黙のルールを破ってまでも動く目的だ。
「それは失礼した。だが何もここが君たち魔族の支配領域でもあるまい。わざわざ許可を取る必要はないのでは? 当然、他国の必要もね」
「くく、確かに。文句ひとつない正論だ」
どこにも属さないから無領域地帯だ。そこに城を持っていたとしても自分の領土になるわけではない。
「だが強襲したことを責める権限を君たちが持たないのもまた事実だ」
「…………」
言い返せないのはアデルの言葉もまた正論だからだ。暗黙のルールを破ってまでの侵入は自己責任。そこで命を落とそうが、経緯など関係なく全てが闇に葬られるだけである。
どう返してくるのか、次の言葉を待つアデルにとって送られてきたユリウスの言葉は予想するものとは大きく違った。
「……なるほど。狙いは魔女か」
「っ⁉」
動揺を隠せなかった。強襲した本当の狙いが勘付かれる予想はアデルの中でも出来ていたが、ただ想定よりも早く勘付かれてしまったことに動揺してしまった。
「……参考までに狙いに気付いた理由を聞かせてもってもいいか?」
誤魔化しは利かないと判断したアデルはせめてもの時間稼ぎとして理由を問い質す。
「強襲は速度と勢いが命だ。まして敵地を炎の海にしたことで立場は圧倒的な有利。それにも関わらずとどめをかけようとはしない。目的と動きがちぐはぐなんだよ」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。完璧な指摘にアデルは笑う始末である。
「やれやれ、こんな形で経験不足が浮き彫りになるか……」
自らの経験不足に肩を竦める。魔王として誕生したといっても初めから万能ではなく、人と同じく経験を積んで成長していく。本格的に動き始めたのがここ最近のアデルにとってこの結果は当然とも言えた。
「その様子だと魔女も既にこの場にはいなさそうだな」
アデルの目的を突き止めたうえで余裕な態度を崩さないユリウスから判断した。
「ご名答。強襲される直前に連行を開始したからね。どうやら運はこちらにあるようだ」
それを証明するようにミリアの下へユミルたちからの連絡が届いた。それは牢獄がもぬけの殻となっている報告だ。
「魔王がどうして魔女を助けにきたのかは少し興味があるが、僕も忙しい身でね。すぐにでも連行させている部下の所へ戻らなければいけないんだ」
ユリウスはアデルたちに背を向けて歩き出す。
「だから君たちの相手は彼に任せるよ。――任せたよ、カドック」
副官の肩を叩いて現場の処理を一任すると、ユリウスは炎の海を避けるように歩きながら去って行った。
「カドック=ルニャークだ。全身全霊を持ってお相手させてもらおう」
全身を鎧で身を包んだカドックが大剣を手に立ちはだかった。
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