第31話 『奇襲』
牢獄のあるキャンプ地が襲撃される少し前。
魔王城の城壁でミリアとユミルは周辺の探索に励んでいた。ユミルは使役する鳥型の魔獣たちと視覚を共有し、ミリアが補助魔法をかける。二人の前にはコマ割りの画面が空間に展開されていく。補助魔法を受けた魔獣の眼が捉えた映像である。
二人は宙に展開された複数の映像に視線を配りながら探索に精を出す。土地が広大なうえに森林区域が多く、上空からの視点では木々が邪魔をして正確に地上を把握できない。地面を覆い隠す雪も同様で、白色のカモフラージュを施されているとなれば発見は難航を示すことになるだろう。
「これは時間がかかりそうですね……」
複数の視覚を共有するユミルの目に負荷がかかる。痛みよりも疲労感が圧し掛かり、夜更かししたように目蓋が重たい。疲れをほぐそうと目頭を押さえてマッサージをする。
「大丈夫ですか?」
ミリアが心配の声をかける。魔獣の使役に慣れていても五感を共有するとなればユミルもかなりの体力を消費する。まして複数となれば相当の負荷があるようで、探索から小一時間で既に影響が出始めている。
「正直なところ甘く見ていたよ」
魔獣の五感を共有することはあっても複数同時は今回が初めての試みだった。共有は複数の魔獣が捉えた全ての情報が本体に届く仕組みで、単純に考えれば複数の情報を一身に、それも一度に流れ込んでくるのだから情報処理で脳はフル稼働だ。それでも休憩することなく探索に励むユミルの姿を見て自分に出来ることがないかミリアは考える。
既に自分も補助魔法を一つ発動している状態。今の自分の力では同時発動できるのは二つが限度だろう。それも長時間は難しく、短時間での結果が求められる。それには効率の良さが問われた。
「せめて判別できるような特徴があれば……」
ユミルが何気なく呟いた言葉にヒントを得たミリアは詠唱を開始した。魔法陣は魔獣にではなく、二人の足場に展開される。
「これは?」
魔法陣から光が柱となって天に昇る。
「熱源を感知できる補助魔法をかけました。これで地上に潜んでいる生物を見つけられるはずです」
視覚が捕捉する情報に熱源感知を付与した。動きあるものを感知するとオレンジ色のシルエットが浮かび上がる仕組みで、視界を遮る遮蔽物や同色を併せるカモフラージュを無効化させる。
「もって一時間。それまでに見つけましょう!」
二人揃って全力を振り絞る。宙に展開されている画面には様々なシルエットが次々と表示されていく。命ある者であれば必ず熱を持つ。熱源探知ではそれらが持つ体温を濃度で区別し、シルエットで生体の種類を判断していく。あからさまに人間の姿を象っていないシルエットは省いていくことで標的を絞り、それに加えてキャンプ地を設営するのに適した土地を判別していった。
「――見つけたよ! 南西二〇キロメートル地点に複数の熱源を探知」
「シルエットも人型です。アデル様に報告します」
ミリアは靴のヒールを地面に打ちつけた。甲高い音と連動するようにミリアの正面に小さな枠が形成されると、僅かなノイズを走らせた後にアデルが映像として映し出された。
これはミリアが独自に開発した簡略魔法だ。魔力を消費してリアルタイムによる魔法陣を展開するのが従来の魔法。対して簡略魔法は予めに構築した魔法陣を条件付きで発動できるように仕込んだものだ。利便性に優れている反面、通信程度の魔力消費が小さい魔法しか仕込むことができない。
ミリアが発動した簡略魔法はヒールに魔力を乗せた状態で打ちつけることが条件だった。
「ここから南西二〇キロ先に標的の潜伏先を発見しました」
「ご苦労だった。それぞれ出立の準備に取り掛かってくれ」
「畏まりました」
アデルとの通信が切れる。
「ユミルさん、出立の準備をするようにとのことです」
「うん、わかったよ」
魔獣との共有を切ったユミルは上空に手を振ることで働いてくれた魔獣たちを労うと、隣で同じく魔法を解除したミリアと一緒に城壁を後にした。
◇
ミリアからの連絡を聞き届けたアデルはイーヴァルと共に出立の準備に取り掛かる。昼間は太陽の陽射しで上昇している気温も夜になれば急激に下がる。対策として防寒着の準備はこの季節には必須アイテムである。
「――ここにおったか。娘が目を覚ましたぞ」
準備に取り掛かっているところにジルがベヨネッタを背に乗せて現れた。その姿は犬と戯れる年相応の女の子だ。犬は神狼で乗り手は魔女見習いでなければの話ではあるが。
「顔色も良くなったみたいで何よりだ」
体温の低下と疲労で顔色を悪くしていたベヨネッタの体も健康的な肌色に戻っていた。後は食事を済ませて栄養を補給すれば万全の状態に戻るだろう。そこにアデルはベヨネッタにとって歓喜する種を投じた。
「朗報だ。ここから南西二〇キロ離れた地点に人間のキャンプ地を発見したと報告があった」
「本当ですか⁉」
跳びかかるようにアデルとの距離を詰めてきた。
「ああ。準備を済ませた後に目的地へと向かう。本当なら君を連れていくことには気が引けるのだが……」
病み上がりに等しいベヨネッタを同行させることは体調を考慮して引き留めるべきなのだが、それを納得するはずもない。
「せめて食事だけはとっておけ。途中で倒れられても困るからな」
「はい!」
同行の許可を得た嬉しさのあまりアデルたちのいた部屋から出ていった。
「重ね重ねすまないが頼めるか?」
「……世話をかかせる」
なんだかんだで面倒見がいいジルがベヨネッタの後を追いかけた。その後ろ姿を見届けていたイーヴァルがアデルの傍に寄る。
「本当に同行を許可してよろしかったのですか?」
「置いていって下手に単独行動されるよりはマシだろうさ」
自分たちの目に入る場所ならどうにでも対処できるとイーヴァルに納得させて再び準備に取り掛かった。
◇
防寒着に身を包んで魔王城を後にする。
ユミルを先頭に目的地を目指す。一体の魔獣と視覚を共有して襲撃の芽を潰し、確実に距離を縮めていく。ニールセンを拉致した相手はアデルたちの襲撃を想定している様子はなく、何一つトラブルなく接近できたアデル一行は視界にキャンプ地を捉える形で身を潜める。
「全員で十人程度ですね。仮設の牢獄も確認できました」
魔獣にキャンプ地の上を飛行させて視覚の情報を逐一に報告する。
「その牢獄にベヨネッタの先生がいると考えてよさそうですね」
「では早速、助けに行きましょう!」
跳び出そうとするベヨネッタの首根っこをアデルが捕まえた。悪さを発見された子供のように全身をバタつかせて逃走を図る。
「落ち着け。牢獄に囚われているとするなら身動きできないはず。解放しようと下手に動けば人質として扱われて手出しができなくなる」
救出の目的が人質として扱われた本末転倒である。仮に気付かれずに牢獄に侵入できたとしてもニールセンが枷や鎖で身動きを封じられていたら解放するのに時間を要する。それを発見されずに遂行するのは難しい。
「なら囮が必要だね」
自ら囮役を志願するように立とうとするユミルの肩にアデルは手を置いて座らせた。
「囮役は俺とイーヴァル、それとミリアだ。ユミルとジルはベヨネッタを引き連れて潜入してくれ」
足音や気配を消すことに長けたユミルとジルは潜入向きと判断した。ベヨネッタを同行させるのは囮役として傍に置くより安全と考えた末の苦肉の策である。
「さて、盛大に一発、花火を上げるとしようか」
アデルは傍に落ちていた拳大の岩を拾い上げて立ち上がり、キャンプ地に向けて投擲すると、岩に向けて手を翳す。
「――魔力充填」
岩に魔力を注ぎ込む。
「――充填完了」
魔力を注ぎ込まれた岩は魔力の殻に覆われていくと、その大きさは数倍に膨れ上がった。翳していた手は拳にすると、その形から振り下ろす。連動して数倍に膨れ上がった魔力の殻を持つ岩はキャンプ地に飛来した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます