第30話 『神気』
原初の焔――。
それは神々が初めて人間を教育して与えた知恵と技術とされている。当時の人間はまだ母胎から産まれ落ちて間もない無垢な赤子当然で、暖を取る方法すら知らない状態だった。
冬が到来しても身を寄せ合うだけ。それにも限界があり、凍える寒さに耐えられず凍死していく人間も多くいた。子供たちの痛ましい姿に心苦しかった神々は当初の規定を大きく破ることになる。
それは知恵と技術を教育すること。どういう形で誕生させたとしても神々との境界線を引くのが決まりだった。だが初の試みとして母胎から誕生させたことが神々に親心を芽生えさせてしまう。親バカのように子供を優遇した世界の仕組みが次々と構築されていき、そして今の世界に至る。魔王のような別の種族が創造された経緯はそこにあるのだ。
その原初の焔がどうしてニールセンの心臓に埋め込められているのか謎が残る。同時にそれを優男がどうやって知り得たのかも。
謎を解き明かすように優男は話し始めた。
「我が国には遺跡調査を目的とした機関がある」
国名を出さないのは無領域地帯に侵入したことを隠すためである。そして優男が声にした遺跡とは創世記に神々が建てたとされる神殿を示しているのだとニールセンはすぐに理解できた。神殿の詳細に関しては歴史の流れと共に薄れていき、現在では調査の上で憶測の域を脱していない。だが語り草のように神殿には神々の人類に与えられた力が保管されていると語られてきた。吟遊詩人の詩には“神気”という名前で紡がれている。
「機関は身を粉にして調査を進めた結果、神殿の最奥に到着することが出来た。そこには祭壇があって、祭壇の上には空っぽの箱があったそうだ」
「それが私とどのように関係があるのかしら?」
ニールセンは毅然とした態度を崩さない。その態度に優男の心はより強く燻られた。簡単に口を割られては面白くない、そんな感情がありありと出ている。
「神殿は自国の領土内でね。様々な場所に目があるのだよ」
「……悪趣味ね」
「これも軍人としての義務さ。非難される筋合いはない」
まったくだ、とニールセンは納得する。様々な思惑はあるにしても優男は軍務を全うして、自分は不法侵入をした。どちらに非があるなど聞くまでもない。
「少し話を戻そうか。君が神殿から盗み出した。それが原初の焔と呼ばれる神気であることも遺跡に遺されていた石碑を解析して確証を得ている。ただ分からなかったのはその隠し場所だ」
原初の焔が形を成した物なのかは解析した後も不明だったが、わざわざ危険を冒してまで手に入れた力をニールセンが手放すとは考えられない。しかし、彼女が神殿から去って自宅に帰宅した後も一度として原初の焔らしき物を確認できなかった。そこで優男は一つの仮説を立てた。
「確認できないのは隠している場所が目に見えないから。そして人の身でそのような部分は一つしかない」
ニールセンの胸に突きたてていた指をトントンと打つ。
「体内なら誰にも見つからない」
「そんなことは――」
「投獄される前にお前の体を調べた連中から報告は届いている。心臓部分から計測不能の不可解なエネルギー数値が出ているとな」
それが原初の焔による影響なのかは優男にも分からない。形としてあるわけではないから確たる証拠にもならないのだが、それを武器に真実を吐かせるのは良くある手法だ。
「さて、吐いてもらおうか。その上でその神気を我々に寄越してもらう」
ニールセンは口を閉じた。抗う意味がないと判断したからだ。それは優男の言葉を認めることになるわけだが、ここ事に至っては真実の真偽は問題ではない。
「……好きにするといい」
諦めたかのようにニールセンは我が身を捨てた。
「潔いな。真実を突き付けられて諦めたか?」
あっさりと反抗を止めたニールセンに肩透かしをくらう。強情なまでに食い下がってくると踏んでいた優男からすればニールセンの潔さに不審を抱く。或いはそうさせる演技とも考えられる。何よりそうやって悩ませている時点で彼女の思う壺だと言えるだろう。
応用が利く柔軟性を持つだけに要らぬ考えが次々と浮かんでしまう。そのたびに頭を振って強制的に排除していく。
「……とにかくお前を連行するとしよう。――連れていけ」
外で待機する門番はニールセンを繋ぐ鎖を外して牢獄から出ようとしたところで不意にニールセンが声を発した。
「そういえばまだ貴方の名前をお聞きしていませんでしたね。冥土の土産として教えてもらえても?」
「ユリウス=オートラムだ」
名前を聞き届けたニールセンは連行されていった。牢獄にはユリウスだけが残される。その表情に軽薄さは影を潜め、ニールセンの潔さがどうにも引っかかっていて頭を悩ませている。
「……だめだ! 考えがまとまらない」
場の空気を支配して主導権を握っていたはずにも関わらず、結果は自分が悩むはめになっている。ニールセンが原初の焔を持っているのは間違いなく、それを抽出することは現代の技術でも十分に可能なことは彼女も知っているはず。それにも関わらず余裕な態度を崩さないことがユリウスにとって解せなかった。大小はあれ死を直前にすれば誰だって恐怖を顔色に出して脅える。それは長年の経験が裏付ける答えだ。
その答えを裏切る態度にユリウスを惑わせていた。
「まだ視えていない何かがあるのか?」
それほど単純な話ではないのかもしれないと考えを改めた瞬間、牢獄を大きく揺れた。地震が直撃したかの如く大きな揺れだ。
「な、何事だ⁉」
叫びに駆け寄ってきたのはユリウスの部下だ。血相を変えて姿を見せた部下は息を切らしながら答えた。
「襲撃です! ユリウス様!」
部下の報告と連動する形で爆発音と大きな揺れがユリウスを再び襲った。
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