第25話 『魔女と魔導の成り立ち』
魔女見習いの修行は勉強の毎日だ。
魔女の代名詞でもある魔導は魔法のメカニズムを基に構築された技術ではあるが、根本的な違いがある。
魔力を素として魔法陣を構築して発動させるのが魔法だ。源である魔力は体内で自動的に生成されていき、消費した魔力は休憩や食事を摂ることで自然と回復する。魔王であるアデルはこれを魔法陣なしで発動できる能力を併せ持っている。
対して魔導は魔力に似せたエネルギーを魔導器で生成して発動させる。魔法よりも科学寄りの力だが、魔導器の製造技術とエネルギー転換の技術は個々の魔女が独自に持つ技術だ。それだけならば魔女が倫理から反した存在と嫌われず、むしろ画期的な技術を編み出したことで拍手喝采を受けていただろう。
問題は技術を確立させるまでに行ってきた研究にある。魔力を知る為には魔族を知るのが近道。そう考えた魔女は魔族を捕獲しては人体解剖や実験を行うことで知識を深めていった。これも人間側からすれば思うところはあっても、魔族なら、と納得してしまう。
だが魔女の研究の手は人間にまで及んだ。魔力の生成の可能を前提として、莫大なエネルギーの奔流に人間の肉体が耐えられるのかを調査する為だ。そして老若男女問わず研究対象として実験は繰り返された結果が今の立場にある。
「魔女は世界に居場所を失う代わりに独自だけの力を得たのよ」
先生役としてニールセンは魔女の歴史を教える。
「それで実験は成功したのですか?」
非道な歴史に顔色を青褪めながらもベヨネッタの探求を続ける。
「そうね。成功とも呼べるし失敗とも呼べるわね」
自分の製作した杖状の魔導器を指でなぞりながら答えを濁らせる。
「結局、人の体では魔力の奔流に抗うことはできなかった。本来なら相見えることのないエネルギーに拒否反応を起こして生存する上に必要となる細胞を壊していったのよ」
実験体として扱われた者がどうなったかは説明するまでもないだろう。死に体となった人間を見て実験は失敗したと多くの魔女が打ちひしがれた。
「だけど歴代の魔女は諦めなかった。……いえ、違うわね。もう後戻りはできなかったのよ」
人を捨ててまで行った人体実験。魔女にとっての後戻りは命を絶つ選択肢の他になく、非道に手を染めて倫理を捨てた魔女でも生の執着を捨てきることはできなかった。
そこが分岐点。絶望して自殺する魔女もいるなか、たがが外れて実験に没頭する魔女もまたいた。
その末に開発されたのが魔導器。魔力を体内に取り込むのではなく、器を経由して顕現させる考えに至った。それでも魔族が持つ純粋な魔力に耐えられる魔導器の製造にはこぎ着けず、試行錯誤の上で開発されたのがエネルギー転換の技術となる。魔導器の中にある転換装置を経由させることで魔力を分散させて発動する時に再び一つにする。膨大なエネルギーが分散されたことで一箇所に集中する器への衝撃を和らげたのだ。
「こうして魔女は魔導を操ることが出来る唯一の生物となった」
魔女の歴史の講義を受けたベヨネッタは一つの疑問が浮かんだ。
「それでも魔力はやはり必要になりますよね? それはどうやって手に入れているのですか?」
「それは魔族から抽出しているに決まっているじゃない」
魔族を犠牲に力を得ていることにベヨネッタの良心が痛む。苦痛に満ちた表情を悟ったニールセンは細く笑う。
「冗談よ。かつてはそうだったらしいけど、今は魔族から抽出している魔女は少ないと思うわ。
「――えっ? で、ではどのように?」
「魔獣よ」
「魔獣ですか? ですが魔力は魔族にしかないと書いていました」
「説明足らずだったわね。私たち魔女が言う魔力はあくまで便宜上のものであって本来の魔力ではないの。あれは魔獣の生命エネルギーを溶かしたものよ」
生命エネルギーはその名前の通り命を保つ為のエネルギーである。人間も魔族も魔獣も、生命体である限りこのエネルギーがなくして活動はできない。だからこそ一定量のエネルギーは保障されている。
魔女はそこに目をつけて生命エネルギーの抽出に成功したのだ。
「それに魔獣は減るどころか増加の一途をたどっている。エネルギー源として申し分ないわ」
「……なるほど。確かに魔獣なら誰にも迷惑はかからないですし」
「ふふ、そうね……」
ベヨネッタがまだ他人を気にしている部分にニールセンは笑う。まだ見習いになって間もないから意識が薄くて致し方ない。
ニールセンは壁に掛かる時計を確認すると立ち上がった。
「そろそろ昼食にしましょう。昼食後は外に出るわ」
机に広げていた書物を片付けていく。
「外にですか?」
「魔獣狩りよ。これが出来なければ魔導を使う以前の問題になりますからね」
「た、確かに……」
当然、ベヨネッタに魔獣狩りの経験はない。それどころか箱入り娘のように育てられてきた彼女は魔獣に遭遇したこともない。それだけに魔獣への興味と恐怖が入り混じった変な感覚に陥っていた。
「安心しなさい。初めはしっかりと助けてあげるから」
「は、はい!」
ニールセンの気遣いに笑顔と一緒に強い返事をしたベヨネッタは午後の修行に心躍らせながら昼食の準備に当たるのだった。
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