第23話 『来訪者』

 アデルは夢を見た。

 

 歴代の魔王たちが使命に翻弄された人生の夢だ。魔王としての誇りを抱きながらも死の運命に恐怖する葛藤に苛まれる姿が目蓋に焼き付く。


 時には使命感に押し潰された魔王もいた。

 時には使命を全うすることに感情は邪魔だと封印して機械的になった魔王もいた。

 時には人間との共存を求めて歩み寄り暗殺された魔王もいた。

 時には配下の裏切りにあって孤立無援となった所を人間に討伐された魔王もいた。

 

 幾星霜と続く人類繁栄システム“魔王永劫回帰”。そこには魔王の数だけのドラマが千差万別に廻ってきた。

 

 誕生して早々に同族から捨てられたという背景は歴代の中でも相当に厳しい始まりだったと言える。同様に捨てられたミリアの存在がなければとっくに心が折れていてもおかしくない状況だ。それでも共有した時間は短くとも信頼を寄せられるだけの眷属たちを仲間にすることができた。まだ四人だけで人類に宣戦布告するにはとても足りない戦力だが、ゼロからの始動を考えれば上々の出来と言える。当分は戦力増加に重きを置く方針に変更はないだろうが、魔王城を空にする心配は解消された。いざ帰還すれば魔王城が陥落していたなど笑い話にもならない。そして今は頼れる仲間が傍にいるからこそ安心して魔王城で休むことができる。だがそろそろ目覚めの時である。


 アデルは静かに夢から覚醒するのだった。


 目覚めたアデルの視界を染めたのは白く眩しい世界。それは窓から差し込む太陽の光によるものだ。次第に慣れていく目は少しずつ視界を多彩な色で染めていくと、次に視界を捕捉したのは見慣れた人物の姿だ。侍女服に身を包み、頭にはプリムを被せたミリアだ。その双眸に大量の涙を溢れさせながらアデルの胸に抱きついて大泣きした。


 ウルシュグランとの一戦を終えてから一週間。魔神化したことによるフィードバックの影響で眠りについていた間、常に看病していたのがミリアにとってこのまま目覚めないのではないかと、不安と心配を募らせていた彼女にとってアデルの目覚めはこれまでに我慢していた涙腺を崩壊させるのには十分な出来事だった。


 アデルは胸に顔をうずめて泣きじゃくるミリアの頭を優しく撫でながら彼女が満足するまで時を待つ。それは心配かけた者としての義務だ。


 それから五分程して正気を取り戻したミリアは顔面を紅潮させながら急ぎアデルから体を離した。いざ感情の抑制が正常に戻ったら自分のしでかした大胆な行動に羞恥心が込み上げてきたのだ。


「大胆だな」


 その始終をはっきりと見ていたイーヴァルはにやけた表情を浮かべた。よもや見られていたとは思いもしなかったユミルは遂に頭から蒸気を発生させるほど血を熱くする。あわあわと口を波打たせながら言葉にならない反抗を見せる姿にアデルも口許が緩んで笑顔を浮かべた。


 今このひとときをアデルは幸せに思う。捨て子として始まった自分の人生に光明が差した瞬間でもある。たとえ限られた時間だけの幸福だとしてもこの繫がりを断たせはしない。


 密かに胸中で決意をするアデルのもとにイーヴァルが歩み寄る。


「ですが本当に無事お目覚めになられてよかったです。お体に異常は?」


「問題ない。若干の怠さはあるが、長期間に眠っていた影響だろう。それより俺が眠っている間に何かあったか?」


「実は一人、人間の客人が訪れています」


「……人間の客人だと? 何時から?」


「三日前にです。監視をつけることを承認してもらったうえで滞在してもらっています」 


 アデルは思考する。これが襲撃者の報告であれば魔王復活の報せを聞いた人間の刺客である可能性が高いが、あくまで正面から来訪者として姿を現している。身分を隠して隙を狙っていることも考えたが、イーヴァルが一切の疑いもなく客人扱いするとは考えられない。


「こればかりは会って話してみなければ分からないな」


「危険では?」


「危険性を感じないから客人として扱い続けているのだろ? ならば安心して信じられるさ」


 そこにタイミングよくユミルが来訪者の報せを届けにきた。


「早速、会おう。客人を来客室へ。ミリアはお茶を用意してくれ」


「は、はい!」


 取り戻しつつあった平常心をアデルの命令が完全に引き戻させた。パタパタと急ぎ足で準備に取り掛かりに行ったミリアの背を見送った後、ユミルの方に振り返ると彼女もまた命令に従って客人のもとに向かった後だった。行動の早さに満足しながらイーヴァルと共に客室へと向かう。


 客室に訪れるとユミルに連れられた客人が先にソファーで腰を下ろして到着を待っていた。全身をローブで覆い隠していて窺えるのは顔だけで、これから顔合わせをするには失礼な格好だ。


 ローブの来客者はアデルの姿を確認すると即座に腰を上げて一礼した。


「このような格好で申し訳ありません。ですがお答え次第では姿を見せることもできないのです」


 自分の態度がけっして褒められたものではないことを理解しているのは来客者の声音から分かった。相手の素性も知れないのならきっぱりと断って追い返すのが普通なのだろうが、わざわざ魔王城に訪れるほどの事情だ。そのことがアデルの好奇心を強く刺激した。


 アデルは向かい側のソファーに腰を下ろしてから来客者に座るようにすすめた。


「話を聞く前に貴方に協力することを伝えておきましょう」


無理で勝手な我が儘を受け入れてくれたアデルに驚きを見せる。


「それではお話を聞きましょう」


 間髪入れずにアデルは話を進める。フードの奥からアデルの真意を見抜こうと彼の瞳に視線を潜らすとそこに一切の淀みはなかった。正直者だけが持つ綺麗な瞳だ。


「単刀直入に言います。私の先生を救っていただけませんか⁉」


 来訪者はフードを外して深々と頭を下げたあと持ち上げて素顔を晒す。


「私の名前はベヨネッタ。見習い魔女です」


 突如、来訪した魔女見習いベヨネッタ。この出逢いが後にアデルと人間の戦いとなる引鉄となるのだった。



                  第二章 『黄昏の魔女裁判』へ続く。

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