第22話 『帝国西部での一幕』
アデルたちの戦闘が終了する一方その頃――。
帝国西部“アークマリア台地”。
アイゼンガルド帝国とベオグラード王国の二大国に挟まれた土地である。かつては緩衝地帯として役割を果たしていた土地も両国が戦争に本腰を入れたことから戦場と化していた。アークマリア台地に点在していた村の住民たちは開戦前に強制避難が実行され、戦火に巻き込まれたことで廃村となってしまう。国の命令に従って戦争を繰り返す軍人たちも誰かの故郷が失われていくことに胸を痛めるが、非情に徹して国の命令に従うのが軍人という生物だ。
それは両国で言えること。故に戦争は長期化の様相を呈していた。
アークマリア台地の西側。戦車や装甲車を主力に複数の騎兵隊が展開された帝国本陣で指揮を執るのは隻眼の男だ。二メートルある長身を鉄のように硬い筋肉でコーティングされ、その背には二本の大剣が交差して担がれている。ルシアと同じく将軍の位に席を置く軍人で、約四〇年前に起きた魔王討伐軍にも従軍していた経歴を持つ。右眼を隻眼となったのも魔王討伐の際に負傷したものである。
男の名前はデューク=バルクホルン。その見た目通り“隻眼”の異名でも知れ渡っている剣士である。
デュークは双眼鏡越しに戦場を俯瞰する。王国軍は一戦毎に布陣の配置を変更させては物量で勝る帝国軍と互角に持ち込む戦術を組み込んでくる。かと思えば同じ布陣でもそれを逆手に戦術だけを変更してくる戦法で仕掛けてくることもあることから変幻自在の軍隊として他国からも警戒されているほどだ。
「――バルクホルン将軍」
戦場を俯瞰していたデュークの下に副官を務める男が駆け足で寄ってきた。慌てている様子はないが、その表情には若干の曇りが陰を落としている。
「どうかしたか?」
双眼鏡を下ろして体ごと副官に向ける。足を止めた副官は敬礼を一つ入れた後、両腕を背後に回して腰の背に手を組む。
「体調不良を訴える兵士を本国に送還させました」
戦争に明け暮れる毎日の緊張感と疲労に体を蝕まれた兵士たちの中から体調不良を訴える者たちが続出していた。今は数人程度で済んでいるが、更なる長期化が続くようなら脱落者は増加していくだろう。
「本国からの増援は?」
一日でも早い決着の為には本国からの増援は欠かせない。特に大規模な戦場では個の能力よりも兵器や兵士の数が物を言う。
「これ以上の増援は望めぬだろうな」
目下の敵は王国軍ではあるが、水面下ではグラチア皇国が睨みを利かせている。国内でも国民を顧みず戦争に明け暮れる皇帝に反旗を翻す解放軍がレジスタンス活動を活発化させていて、これ以上の戦力分散は首を絞めかねない。
「クロイツェル卿が率いる第三師団が投入されたら戦況も傾くのでしょうが……」
西部とは反対の位置に当たるグランミル連峰からでは距離の問題が大きい。そうでなくても自ら志願した任務を途中放棄するような人物ではないことは副官も知っている。それでも縋ってしまうほどに事態は拮抗していた。
「戦況を動かす一手か……」
デュークは再び双眼鏡で戦場を俯瞰しながら思考する。それに倣って副官も双眼鏡を使用して戦場一帯に視線を配っていく。
「――あれは……」
副官が捕捉したのはこちらと同様の動きを見せる王国軍の将校だ。
「ベアトリクス=ハーヴェイ。新進気鋭の女将校として噂は聞いていたが、まさかここまで苦しめられるとは甘く見ていたか……」
一戦ごとに成長していくベアトリクスの才気にデュークは認識を改めていた。
◇
一方、ベアトリクスもまたデュークたちを捕捉しながら今後の展開をイメージしていく。戦力差は戦術でどうにか補うことができた。戦車や装甲車の数もどうにかイーブンに持ち込めたことから火力での劣勢もない。部隊を率いる将の質も劣っていない自負もある。それでも問題はここからだとベアトリクスは気を引き締める。
「どうにか戦況をイーブンに持ち込んだ。あと一手。あと一手でこちらに戦況が傾くはず」
その一手が浮かばない。生半可な作戦ではデュークに潰されるのは目に見えているだけに下手は打てない。それは隙となってそこから一気に崩されてしまう。
「ここにおられたか、ベアトリクス殿」
白髪に白眉の特徴を持つ偉丈夫の男が姿を見せる。皺のある顔が年配であることを示す。
「これはザバン殿。どうかなされましたか?」
王国でも重鎮に当たるザバンの登場にベアトリクスは背筋を伸ばす。総指揮権を持つのはベアトリクスだが、階級ではザバンが上であることから敬意を示す。
「うむ。直接この戦いに影響するわけではないのだが、一応耳に入れておいた方がいいと思うてな」
ベアトリクスの傍に寄って耳打ちする。
「魔王城が改修されている? 確かなのですか?」
「完全ではないようだが、それでも確実に進んでいるようだ」
「魔王ですか……」
ベアトリクスとしては記録でしか知らない存在ではあるが、その脅威は伝聞でも伝えられている。ザバンの言う通り戦況を揺るがすことではないが、それでも今後のことを考えるとなれば必ず問題となって表面化するだろう。
「――どうやら向こう側にも似た動きがあったようですね」
帝国側の陣営で慌てる姿を確認したザバンは言った。
◇
「魔王が復活した⁉」
陣営にルシアから通信が届くと、魔王アデルが復活した事を報告された。混迷する人の時代に魔王という存在が出現したことに副官は頭を悩ませる。それとは裏腹にデュークは瞼を閉じて静観した姿を見せる。
「そうか……復活してしまったか……」
こうなることを予期していたのようにデュークは声を落とす。
「えぇ。言葉にするのは簡単ですが、ここ事に至ってはそう単純な話ではないのかもしれません」
ルシアの言葉にデュークも納得して頷く。
「時代と共に魔王復活のスパンは短くなっている。なればこそ、此度の復活は人間の進退に関わる神からのお告げ。……否、試練なのかもしれないな」
頭を悩ませてしまう案件が次々と出現していくことにデュークはただただ未来を憂うのだった。
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