第21話 『決着』

 意識が遠のく。

 

 初めての体験だ。神の一部から生まれたこの体は大抵の怪我を治癒できる機能を持ち合わせていることから例え心臓を貫かれても再生してしまう。ルシアやシルヴィの得物が心臓を貫いても絶命しなかったのはそういう絡繰りだ。その為にどこか防御に徹する心を忘れてしまい捨てがちになっていたのも事実で、その結果がここに至るまでの体たらくだ。それでも再生機能が痛みを和らげる働きも見せて万全の状態に戻すことから不便に思うことはなかった。


 ――再生機能が働かない⁉


 魔剣に貫かれた箇所から大量の血が溢れ出す。意識は遠のいても一切引く様子を見せない痛みが意識を呼び起こさせて気絶を許さない。持続する激痛に耐性のないウルシュグランは再生機能が働かない理由を考えたくても纏まらずに困惑だけが脳内を支配していく。


 ――何故だ⁉


 何故、何故、と同じ言葉だけを繰り返す。まともに働かない思考力に苛立ちが増していく。その姿に神の威光はなく、古代竜としての威厳もない。ただただ痛みに悶える魔獣である。


 ――ただの魔獣……。


 威光と威厳を失って醜い姿を曝け出していることを自覚する最中、ウルシュグランは魔獣と成り下がってしまった自分の姿から答えを導き出した。


「まさか神性を神性で相殺したのか⁉」


 超越的な存在として尊敬される神々だけが持つ性質を神性と呼んでいる。神々の一部から生まれたウルシュグランにも当然、神性が付与されている。しかし、魔王はフラスコの中で創造された人に近しき存在。本来ならば人間と同様に神性から最も遠い立場にあるのだが、アデルは自らを魔神化することで一時的に神性を宿したことになる。


「一時的でも神を名乗るなら神性を宿すことは当然の義務です」


 どれだけ過酷な運命が決められた立場であってもアデルにとって神々の存在は絶対的なものだ。その名前を借りるに当たって中途半端なことはできない。


「義務か……。そこに命を落とす危険性があっても通すべき義理があったと?」


「血は繋がっていなくても、例え創られた存在だとしても、それでも俺にとっては生みの親に変わりない。ならば義理を通すことは息子として当然のことです」


 紛れもない本心だ。残酷な運命も、冷遇された種族であっても、それ以上に自分に与えられた使命に誇りを持っている。そうでなければ戦力ゼロの状態に心が折れることなく熱心に仲間集めに精を出せる道理はない。


「…………」


 アデルの本心を聞いたウルシュグランは黙る他になかった。魔王が誕生した理由を考えれば憤りの一つでも覚える。神々の一端である自分ですら残酷で冷酷だとすら思えるほどに。

ここまでの決意を示されてアデルの覚悟を無碍にできるはずもない。


「アデル、貴様が魔王として資格を持つ者として認めよう」


 ただし、とウルシュグランは続ける。


「人と共闘することは今後、禁じる。これはお前の為でもあるのは分かるな?」


 アデルは頷いた。下手に関係を持てば要らぬ心が芽生えてしまう可能性をウルシュグランは指摘したのだ。それは間違いなく使命を邪魔する要因となってしまう。


「重々と承知しています。ただ弁解が許されるのであれば此度の共闘は自分でも驚いています」


 顔合わせをしているとしてもルシアたちが手助けする義理はなかった。彼女たちからすれば寒気を覚える気配を辿った結果の乱入で、元から手助けするつもりはなく、共闘は流れのまま起きてしまった偶然で片がつく。


「つまり例外は認めろということか?」


「不測の事態となれば致し方ない部分もあるかと思います」


 揺るぎない声音で告げるアデルにウルシュグランはたじろぐ。古代竜すらも怯ませるほどの威圧感は魔王として心強くある。


「よかろう。ただし極力関わらないように注意はしろ」


「もちろんです」


 闘いでも会話でも決着がついたと判断したアデルはゆっくりと魔剣を引き抜く。神性を宿したアデルの魔剣が胴体から離れたことでウルシュグランの再生機能が復活する。見る見るうちに止血されて傷が癒されていく。


「ふぅー、無事に癒えたようで安心しました」


 神性を神性で相殺する試みは当然のこと初めてのことだっただけにアデルも再生機能が無事に活動を始めたことに安堵した。


「これでも神の一部。それほどやわな体ではない」


 貫かれた部分を擦りながらウルシュグランは無事に再生したことを確認した。


「それで、だ」


 ウルシュグランは話を戻す。


「お前たちが訪れた当初の問題についてだ」


 ウルシュグランの言葉にユミルとジルがアデルたちの傍に近寄る。次第に闘う理由が魔王としての覚悟を示すことに変わっていたが、当初の目的は山を離れることで管理に行き届かないエピス山の安全性を確保するというものだ。そこで古代竜を使役するべくユミルたちは幾度と挑んでは敗北し、此度はアデルの力を借りることで勝利を得た。だが既にユミルの中にはウルシュグランを使役する考えはない。それ以前に神々と同系列にある古代竜を使役できるはずもないことに気付かされたという言うべきだろう。


「形はどうであれ小娘……いや、ユミル。そしてジルよ。お前たちが勝利したという

事実に変わりはない。そして敗者は勝者の言葉に従うのが道理。さすがに使役されてやることはできぬが、変わりにこの山は我が加護を持ってして守ることを誓おう」


「どうか、どうかよろしくお願い致します!」


 ユミルは目尻に涙を浮かべながら頭を下げてお願いした。その始終にアデルも満足そうに笑顔を浮かべながら地面に伏せた。アデルが突然倒れたことで皆が血相を変えて駆け寄った。


「アデル様!」


 両膝を地面につけて大声でアデルの名前を叫ぶミリアの表情は心配から蒼白く変化していた。


「安心しろ。眠っているだけだろう」


 動揺するミリアたちを安心させるようにウルシュグランはアデルの現状を伝える。


「魔王の器で神性を宿す神となったのだ。相当の疲弊があったはずだろうからな」


 過ぎたる力は身を際限なく蝕むもの。アデルは全てが無事に解決した安堵感からのフィードバックが疲弊として体を蝕んだのだ。


「今はただただ休ませてやるといい」


 ウルシュグランは慈愛に満ちた眼で穏やかな表情を浮かべて眠るアデルを見るのだった。

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