第20話 『魔神VS竜神』

 正直なところ魔神化は自分に過ぎたる力だとアデルも思う。神々の手によって創造された身で神の冠を語るなど烏滸がましい行為である。ましてその姿を神々の代行者とも呼べる古代竜の前で見せれば憤るのも分かる。他にもウルシュグランが憤る理由はありそうだが、今は与えられた魔王の域を超えた事にご立腹といったところだろう。アデルにとっても機嫌を損なわせてしまうのは不本意だが、それよりも優先するべき事項がある。

 

 それが魔王としての使命。それこそ神々の感情など二の次である。何より魔王としての使命を果たすことこそ真の忠誠と考え、そこに必須なのが圧倒的な力だ。人間に絶望を与えるだけの絶対的存在であることを示す為にも力というのは直線的で影響が最も強い。その為ならば神の冠も被って不義を働くことも厭わない。


「それこそ貴方の命を奪うことすらも躊躇うことはありません」


 言葉遣いと口調とは裏腹にアデルはウルシュグランの首を本気で奪いに行く。ただし正攻法に則って正面から襲いかかる。力を証明するだけならば不意を突く方法を用いてもいいが、アデルが示さなければいけないのは圧倒的な力。戦力差をものともせずに正面から叩き潰せるだけの力を示すことで魔王としての資質の証明に繋がる。


 だからアデルは全力でいく。魔神化したことで更に膨れ上がった魔力の貯蔵を全開放してその身に纏う。そこにスタミナ切れという概念は完全に排除されている。


 貯蔵から全開放された魔力はアデルの身から独立して頭上の空間に魔法陣を複数展開する。これまでは魔力と体を連結させることで具現化した剣や盾に魔力を供給する絡繰りだが、常に身から溢れ出す膨大な魔力は空間すらも干渉する。それだけならば魔法を得意とするミリアにも可能だが、問題は展開された魔法陣の数にある。


「魔力だけでいけば初代を凌駕するか……、面白い!」


 展開される十数個の魔法陣にウルシュグランは笑みを浮かべる。同じく神々に創造されながらも魔王に個体差があるのは人間を基礎に創造されたからだ。そこには個々の素質から成長具合が含まれている。事実、生命体としてなら人間と魔族の違いは寿命と魔力の有無だけなのだ。


 自らもウルシュグランとの距離を縮めるべく走る最中で魔剣を払う動作を見せた。それは射出の合図。魔剣の魔力と連動した空間の魔法陣は淡い紫色を発光させると、その中から姿を見せたの無数の武器だ。刀剣から槍や斧といった様々な武器の矛先は全てウルシュグランを捕捉している。


「空域より広域に射貫かせてもらう」


 無数の武器が発射された。打ちだされては精製を繰り返す無数の武器が怒涛の如く押し寄せていく。迫る武器に対してウルシュグランは後退することなく竜麟の剣で弾き、撃ち漏らした武器には体裁きだけで回避をする。刀身から伝わる衝撃と回避されたことで地面を穿った後から威力がうかがい知れる。


「この程度では届かないか」


 当初の予想通りいとも簡単に対応して見せるウルシュグランに対してアデルは次の行動に移る。空いた左手に掌サイズの魔法陣を浮かび出すと、呼応するように地面に散らばる武器たちが集い始める。金属が磁石に吸い寄せられているかのような光景だ。吸い寄せられた武器はその形を崩すことなく、されど武器本体を部品とした巨大な物体を作り出した。


「ならばこれはどうですか!」


 指揮者が演奏者に指示を出すかのように左手を振り払うと集っていた武器たちが従うようにウルシュグランに目がけて突撃していった。

それはまさしく武器の波。地面を掻き毟りながら土埃を舞わせて押し寄せていく。それには容易に対応して見せていたウルシュグランも驚きを見せるのと同時にその双眸を爛々と輝かせた。


「面白い! 面白い発想だ!」


 武器を集合させることで新たな武器を形成させて大波の如く扱う戦法は過去に一度もない。どうしても初代魔王と比較してしまうウルシュグランにとって目新しい動きを見せてくれるアデルの評価が改めていく。


 押し寄せる武器の波に対してウルシュグランは逃走を図る。方向転換や速度の強弱など様々な動きを組み込むも武器の波は標的を逃すことなく追尾してくる。


「……魔法による追尾機能か」


 目標の発する熱線や電波を感知して追尾してくるホーミング機能は魔法に限らず実在する技術だ。アデルほどの戦闘センスやスキルがあれば武器の波を形成する片手間にその程度の補助魔法を組み込むことも可能だろう。


 ならば、とウルシュグランは動きを止めて正面から武器の波を待ち構えると、直撃する手前で跳び乗ったのだ。そこからウルシュグランは足を止めることなく走り続ける。


「逃がさない!」


その背後を武器の波の先端が追尾させ、アデルも挟み撃ちをかけるべく自ら武器の波に乗って直進する。


「挟み撃ちか……。だが、それにしても鬱陶しい!」


 速度を緩めることなくウルシュグランは頭上に視線を送ると、そこには複数の魔法陣が展開されては武器を発射してくる。限られた足場で動きが制限されたウルシュグランの体を何本かの武器が刺さる。


「――ぐぅ!」


 痛みに声を漏らし、傷は僅かに速度を遅らせる。その僅かな動きの遅れがウルシュグランに致命的な失態に繋がった。


 背後から迫る武器の波が背中に直撃したのだ。その一撃は重たい打撃となって体ごと持って行く。その先には挟み撃ちをかけるべく距離を詰めるアデルの姿があった。


「この程度で根を上げられるかー‼」


 強引に体勢を立て直したウルシュグランは振りかぶって竜麟の剣をアデルに投擲しようとするも、それを事前に読んでいたかのように剣が腕を貫いた。貫いた剣の剣先は武器の波に刺さって体を縫ったように固定させた


「――⁉」


 背後と上空の攻撃に気を奪われていて眼前から迫り来るアデルの頭上に展開された魔法陣に気付かなかった。


「これで終わりだ!」


 刺突の構えをとり、少し離れた位置から跳躍する。足場すれすれの超低空の跳躍。体を前傾にして風を切り裂きながら直線に道を作って勢いを殺すことなく魔剣がウルシュグランの胴体を貫いた。

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