第19話 『魔王としての覚悟』

 過去に覚えのないダメージが全身を襲う。

 

 四肢はまともに動かず、痛みが神経を通して全身を駆け巡る。人型であっても質量は竜体であることから痛覚は鈍く、意識を奪うまでの痛みにはならない。ここ事に至ってはそれが裏目となって苦痛を味わうことになったが、悔やむどころか感謝する。


 ――これ程に心躍る闘争を終えるには惜しい!


 苦痛よりも闘争心が勝る。一度ついた火は簡単に消えるはずもない。それどころか当初の予想を超えた相手の善戦により強く燃え盛る。その火は痛覚すらも凌駕して体を動かす。


「……まだ動けるというのですか?」


 抵抗を見せるウルシュグランの姿にルシアは驚愕する。伝説上の生物とはいえ一生命体であることに変わりはない。それは神々の一部から切り離されて誕生したとしても一緒であり、そこに必ず生命がある。そして生命を守ろうとする脳は過度な痛みや苦しみ和らげる為に気絶という名の治癒を施す。ウルシュグランの容態はまさしくその段階にまできている。それにも関わらず彼が意識を保ち、苦痛に顔を歪めながらも抵抗してみせるのは果たして闘争心だけで成せるだろうか? 


 ――否。断じて否。


 己が血を滾らせるのは闘争心であっても体を動かすのは母性。神々によって生み出された人間や創りだされた魔族とは違い、神々の血肉を分けて誕生した古代竜には神々と同じ親心を併せ持つ。そして子は親を超えていくもの。伝説的存在を調査する集団はあっても果敢に挑む子供たちは過去に存在しなかった。繁栄の駒たる魔王たちと共闘してきたのは予想外ではあったが、子供たちが選択したことならば寛大な心で受け止めるというのもまた親の務めである。


 しかし、魔王たちは例外である。子供たちを繁栄させることが使命と理解しながらあろうことか共存の垣間見せた行為は神々の反逆と見做す。


「その行為は万死に値すると知れ」


 枷を外す。古代竜という名の鎖を解放して己を取り戻す。解放の先にあるのは神という名の威光と譲渡された神々の力。全身を白く淡い光に纏われていくと瞬く間に傷は癒えて元通りに再生されていく。そして更なる変化を見せたのは容姿だった。


「こ、これは……」


 変貌していくウルシュグランの容姿と威圧感にルシアはあとずさる。抗うことを根っこから切り取られたかのような脱力感がルシアとシルヴィの全身に襲いかかった。半獣であるユミルには影響が半分しか受けていないことから戦意を削がれることには至っておらず、イーヴァルたちには影響が見受けられない。その変わりに芽生えたのは身体からも滲みだす憎悪だ。


「殺気だけで殺せそうなほどに濃い憎悪だ。それほどに憎いか?」


 濃厚な殺気に当てられながらも平然とした口調でウルシュグランは訊いた。一目イーヴァルたちを見ればその答えは容易に分かるものだが、敢えてそれを訊くのは認識を改めるためだ。


「当然だ! 人間繁栄の為だけに創造された我らが憎まない道理はない!」


 イーヴァルの訴えに驚きを見せるシルヴィに対してルシアは双眸を伏せるだけで終わらせる。それは彼女が独自にその答えにたどり着いていたからこその反応だ。


「なるほど。我ら古代竜はあくまで神々の一部。だがその憎悪を向けられるだけの立場にはあるか……」


 だが、とウルシュグランは続ける。


「だが創造主たる神々が貴様たちの在り方を決めるのもまた当然の摂理。その行いを反逆と見做されても文句はあるまい」


 イーヴァルたちは言葉を詰まらせた。自分たちの一言で全魔族に重責を負わせる結果となり得るからだ。


「後悔は既に遅い。貴様たちの処罰は既に決定事項である。新たな魔王を誕生させるという業務を同胞たちに煩わせてしまうが、些細な問題であろう。否、むしろ好都合と言える。どうやら幾星霜の経過の過程で魔王とその配下たちに自由を許し過ぎたようだ。今度は使命に忠実な心を構築するとしよう」


 再生した右腕を前に伸ばした先に光の粒子が集い始める。収束されていく光の粒子は瞬く間に光球となって形を成していくと、その大きさは人など簡単に呑み込めてしまえるほどの規模に発展した。


「消え失せろ」


 光球が放たれた。地面を掻き毟りながらイーヴァルたちを目がけて直進した。抗うだけ無駄だと本能が訴えてくる程の威力を誇る一撃にイーヴァルたちの戦意が喪失してしまうのは致し方なかった。


 迫る光球を眼前に死を覚悟したイーヴァルたちはせめてもの抵抗として慌てることもせずに堂々と構えた。


「潔く死を認めるぐらいなら足掻いてでも生きてもらいたいものだ」


 聞き覚えのある声が洞窟内に木霊するのと同時に光球を同等の黒球が直撃した。声の正体から黒球を放った者が誰かすぐにわかった。だが、それとは裏腹に姿を現したのは慣れ親しんだ姿から変化したアデルだった。誰もが変貌したアデルの姿に度肝を抜かれている中、ウルシュグランだけは目を細めて懐かしむ態度を見せる。


「その姿、ますますクノールを彷彿とさせおる」


 変貌したアデルと初代魔王クノールを重ねる。ウルシュグランにとってその姿は懐かしむべき形でもあり、忌々しい存在でもある。


「魔王の分際で“魔神”の領域に足を踏み込むか!」


 先程までの平然とした態度から考えられない荒ぶる姿を見せる。


「今の貴方に抗うには致し方ない。ですが勘違いなされないように。これは反逆の意ではありません。魔王としての使命は見事に果たして見せます。それこそが我が誇り

でもあるのですから」


「…………」


「ですが貴方は純然たる神ではない。真なる神々ならば母性を勝る慈愛の心から納得してくれるでしょうが、貴方の心を占める半分は闘争。ならば力を示すことが最も納

得される方法であると考えています」


「なるほど。その為の魔神化か……」


 アデルの真意を知ったウルシュグランは思案に移るも、すぐさま結果を出す。


「よかろう。其方の決意、我に示してみるがよい」


 アデルの真意を汲むことで決定した。


「寛大な心に感謝を」


 頭を下げてお礼を声と形で示す。


「では参ります。とくとご照覧あれ!」


 自分たちの存在を証明するべくアデルは神と化したウルシュグランに挑むのだった。

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