第18話 『身を挺した攻防』
アデルが先行する。
ルシアと姿が重なる位置で走ることでウルシュグランの視界から消し、魔力による武具の具現化を発動させる。
右肩甲骨から剣を。左肩甲骨からは盾を。利き手に握る刀剣にも魔力を注ぎ込んで魔剣と化し、加えて全身に魔力の衣を纏うことで防御力の底上げをする。ウルシュグランの膂力をもってしても簡単には打ち破れない強固な衣だ。剣や盾と違って魔力を一定の出力で維持し続ける必要があることから精神的にも体力的にも燃費が悪く疲弊しやすいデメリットを持つ。今回のように仕留めにかかるタイミング。或いは緊急性で致し方ない状況に陥った時にしか使用しない技であり、膨大な魔力を保有するアデルしか実戦できない技だ。
アデルが先行した理由の一つだ。それともう一つ、アデルがルシアの前に立った理由は彼に壁役としての適性が高いからだ。魔剣や魔力による剣の生成にどうしても目がいきがちだが、魔力生成に置いて特筆すべき恩恵は防具の生成だ。格闘術という素手による戦法が確立されている攻撃と違って防具に変えは利かず、破壊されることにでもなれば急所となりかねない。だがそこに瞬時の防具生成が可能となれば常に新品を身に纏いながら強度すらも自在に操れる鉄壁の防御と化す。
まさしく万全の状態。伝説と謳われる古代竜であったとしても手負いの状態では圧倒できる自信もある。
だがそこに確信はない。自身の力に自負はあっても驕りはなく、そこに一切の油断もないにも関わらず不安は一層強くなる。
(万全を期しても消えないか……)
募りに募る不安が自信を塗りつぶしていく。それが凶兆であることは明白だが、それぞれが身を挺して作り上げた絶好の機会を確証もない不安で無碍にできるはずもない。ならばアデルが取れる行動は一つしかない。
「これで終わらせる!」
自らを鼓舞して不安を無理矢理に払い、更なる加速を求めて強く地面を蹴り上げた。地平線に沿って姿勢を平らにして滑空する。正面に盾を掲げ、右手には魔剣を水平に伸ばし、右肩甲骨から生やす魔力の剣を宙に展開する。
初撃は宙に展開した剣の射出。魔力が尽かない限り永久に射出できるこの攻撃は威力は見込めなくとも相手の動きを封じるには絶大な効果を発揮するはずだった。
しかし、魔力の剣は射出するよりも早く後方にいるルシアの声が届く。
「アデル殿、下です!」
「――っ⁉」
ルシアの言葉で地上を意識したアデルは咄嗟に体を捻った。それと同時に地中から一本の線が地面を穿って姿を現してはアデルの胴体を掠めた。
「これはウルシュグランの尾か⁉」
地中から姿を見せたのはユミルが斬り落としたはずの尾だった。ウルシュグランが再生能力を持ち合わせていることはシルヴィが与えた傷を癒して見せたことで知っているが、それを踏まえても尾を再生させた動きはなかった。ウルシュグランの本体に視線を送れば尾っぽは確かに切断された状態のままだ。そこから弾きだされる答えは
ただ一つだ。
「まずい! 本命がくるぞ、ルシア!」
アデルの弾きだした答えは本体から切り離されても体の一部だったものであれば自由自在に操れるということ。そして立証するように切断されたはずの腕がルシアに目がけて突貫してくる。
その手には竜麟の剣。完全な意識外からの攻撃にルシアの反応が遅れながらも迫る竜麟の剣を槍で弾き返す。しかし、本体から切り離された腕と剣は上空で自律的に体勢を直すと、改めてルシアを標的と見做して突貫する。
「やらせるか!」
アデルは捻った体が仰向けになったのと同時に手に持つ魔剣を竜麟の剣に目がけて投擲した。魔剣は凄まじい勢いのまま竜麟の剣に到達すると、その刀身を軽々と貫いて見せ、そのまま洞窟の外壁に突き刺さる。
「アデル様!」
ミリアの叫びにアデルは視線を地上に落とす。視線に入ったのは眼前に迫る尾っぽ。それはアデルの鳩尾に穿つと、その勢いのまま天井へと飛翔していき外壁に直撃した。誰しもが顛末の光景に視線を奪われる最中、ルシアだけが動く。
体勢を立て直したルシアは最高速でウルシュグランとの間合いを詰めるべく滑空した。竜麟の剣は砕き、それを操る腕は魔剣で外壁に釘づけにした。尾っぽもアデルを仕留めるのに利用している今こそ本体を狙うチャンスである。
「今度こそその命を頂戴いたします!」
一切のフェイントもなしにルシアは一直線に駆け走る。ただし狙いは定めない。心臓を貫いたはずにも関わらず絶命しなかったことから特定の部位を狙うことを止めたのだ。
「甘いわ! 二度も我が胴体を貫けると思うな!」
ウルシュグランは本体に残るもう一本の腕でルシアの槍を掴み止めた。槍の尖端が皮膚を削り取って微かに鮮血を零すも、一撃は胴体の手前で動きは止まった。攻撃を防いだことに勝者の笑みを浮かべるも、ルシアの動きに顔を顰めた。
そして気付いた。
「貴様!」
「あいにく諦めの悪い性分でして」
ウルシュグランが気付いた頃には既に槍の柄から手を離していたルシアは腰を沈めて正拳突きの構えをとっていた。
「我が槍は一度にあらず」
ルシアは槍の柄に狙いを定めて拳を打った。それは槍を押さえるウルシュグランの膂力を上回って深く押し込まれた。
槍の尖端がウルシュグランの胴体を貫いた。シルヴィが心臓を貫いた時にはなかった血飛沫が穿たれた穴から噴き出す。
「されど、我が槍は二度にもあらず」
改めて深々と刺さる槍の柄に狙いを定めたルシアは掌打した。その威力は竜体時と同じ質量を誇るウルシュグランの体さえ吹き飛ばした。
「そこに標的がある限り我が槍は貫き続けるのみ。故に言おう。我が槍に死角なし、と」
土埃が晴れると槍に貫かれたウルシュグランは外壁に釘付けする形となっていた。
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