第16話 『一撃必殺の極意』
第二ラウンドの口火を切ったのはシルヴィだった。
自分の武器は速度。相手に死すら感じさせない必殺の一撃こそが目指す極みの領域。まだそこに到達するには遠く険しい道がいくつも伸びては交差しては先を見通せない霧が立ち込める。感覚と勘を信じて己を鍛えて道を消し続けて今に至る。その実力は自国の垣根を越えて他国にも名が知れ渡る程に名を馳せた。
――しかし、世の中とはやはり広い。
速度だけなら上官にして師匠にも当たるルシアすら凌駕していると自負してきたが、それを上回る反応速度で一撃を躱したウルシュグランの存在に内心はショックをうけた。これまで積み上げてきた努力が全て無駄だったと突き付けられたものだ。傍からすれば極端な考え方でも当人となれば生死の問題に繋がる話だ。だからといっていつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。
「ならば踏み台にさせてもらうだけのこと!」
実力が不足しているのであればこの機会を試練と考えて更なる成長に繋げるだけのこと。
だからシルヴィは行く。姿勢を低くして両腕を背後に伸ばし風の抵抗を抑える歩法から直線上にウルシュグランを狙う。
「先駆は我が首を狙った女騎士か」
馬鹿正直に正面から先行してくるシルヴィの姿を捉えたウルシュグランは待ち構える。打って出ないのは強者の表れとプライド。そして何より挑戦者への礼儀だ。
「人が伝説を乗り越えられるか否か、幾星霜の果てに成長した姿を見せてもらおうか!」
威風堂々とするウルシュグランの立ち姿にシルヴィは臆すどころか更なる加速をする。速さのあまり体が霞んで分身したように何重にも残像を作り出し、大気を切り裂く光景がエフェクトのように発生する。
「伝説の首は私が貰い受ける!」
「意気やよし!」
シルヴィは体の後方に伸ばしていた腕を動かす。全身を襲う風圧を払うように横一線に振り抜いた後に腕を垂らして下方に剣を構えた。
その型から放たれるのは左切り上げの一閃。しかし狙いは別にある。崩れた洞窟の隙間から射し込む光に当てられて刀身が鋭く光ったのだ。
その現象をシルヴィは逃さない。すかさず刀身を傾けて反射角度を調整することで光線の位置をウルシュグランの視覚にずらした。
「むっ――!」
光の眩しさに視界が白に覆われたウルシュグランは片足を半歩引いた。妨害戦法が上手く働いたところをシルヴィは畳みかけるべく更なる加速に試みるもそこに変化はない。
既に自己最速の速度は出ている。こういった緊迫した戦場で火事場の馬鹿力や限界を超えた力が出せると良く言われるが、一武人であるシルヴィからすれば神頼みに等しい楽観的な考え方としか言えない。
実戦で発揮されるのは鍛錬の積み重ねによる技術。個人差によって必ず生じる身体能力と違って技術だけは努力すればするだけ身に付く力だ。それは揺るがない事実であり、小柄な体躯である彼女がたどり着いた答えだ。
だからシルヴィは技術で速度を補った。その方法は至って単純、歩幅を広げたのだ。一歩の踏み出しを広げることで速度を変化させずに距離を稼ぐことが出来る。言葉で説明するのは簡単で単純な歩法技術ではあるが、いざ試みれば単純な技術ほど難しいものはないと痛感する。
加速には一定のリズムがある。リズムの波長と肉体を同調させることで加速は上昇していくわけだが、その過程に別の波長を入れる行為は不協和音を生みかねない。急造の部隊が連携できずに戦果を残せない現象と一緒である。そして一度、不協和音を生んでしまったリズムは脆く崩れ去って再生するのは不可能で、その結末は悲惨なものであると容易に想像できる。
その危険性に臆することなくシルヴィは実戦で発揮した。彼女の心には失敗の不安はない。その自信こそがこれまでの鍛錬で培ってきた技術への信頼だ。
「視線上に穿たせてもらう!」
利き腕を上げて顔の傍に寄せては剣先を視線の上に乗せる形で構えた。広げられた歩幅で走る一歩の加速がシルヴィの体を更なる深奥へと押し込んだ。
ウルシュグランも黙ってはいない。白く眩い視界に惑わされながらも迫り来る気配だけを頼りにその手に持つ竜鱗の剣を振り払った。
その軌道は横一線。シルヴィが深奥に踏み込んだ着地地点である。竜燐の剣は姿を現したシルヴィの胴体に目がけて振り抜かれた。
――断った。
気配と剣の軌道が一致した感覚で勝利を確信したウルシュグランだったが、その確信はすぐさま違和感へと変化する。
――感触がない⁉
肉を切り骨を断つ斬撃の感触が伝わらないことに違和感を覚えたウルシュグランは視界が回復しつつある双眸を開き、見開いた。
それは竜鱗の剣によって切断されたシルヴィの姿。しかし、そこに鮮血の飛沫も死の誘因もない。
「残像⁉ ――否、あの速度から躱してみせたか!」
視線を落とせば腰を落として回避に成功したシルヴィの姿を白く濁った視界に映った。
「貴方が抵抗することは知っていましたから。それにあの姿勢では視線上に心臓を貫けない」
「あくまで一撃必殺に拘るか!」
「然り。それが私の導き出したもう一つの答えですから」
体型に恵まれなかったシルヴィには単純な力比べは酷だった。対抗策として技術を極める道を見つけて励むも新たな壁が彼女の前に立ちはだかった。
それが威力だ。どれだけ技術や速度を極めても一撃の強さは身体能力や体型に左右されることがほとんどだ。体の成長が見込めない彼女は苦悩した末に編み出したのが速度と技術による神速の一撃。力がないのなら速度で補い、速度で仕留め切れないのならば技術で補う。
「故に私は戦闘を嫌う」
それは猛者を前に心躍らせた武人としての自分を偽る発言にも取れたが、シルヴィは即座に言葉で否定する。
「違いません。戦闘とは矜持を持って理合いを楽しむ行為。ですが――」
シルヴィは腕を押し込んで剣先を突き出しながら続ける。
「ですが私が要するは一撃必殺。刹那に死すらも実感させない瞬殺の極意。故に私は理合いを求めない。故に私は――」
剣先がウルシュグランの胸に突き刺さる。剣先は瞬く間に胴体へと呑み込まれていき、刀身は姿を隠す。
「故に私は強い。闘うのではなく殺すのですから」
或いは壊す、そう言葉を付け足したシルヴィは全身を使って剣を押し込むことで心臓を貫いた。
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