第15話 『昨日の敵は今日の友』
好奇心を抑えきれないのが自分の悪い癖だとウルシュグランは思う。どうしても試すような形で相手をけしかけてしまう。その結果がどういう形に落ち着いたとしても後悔はないと思えるのは好奇心に勝るものはないという考え方が基盤となっているからだろう。
そもそも古代竜には抑制心という機能を持ち合わせていない。それ故に好奇心が一度でも表面化すれば満足するまで発散させる必要があり、まさしく自己中心的と言えるだろう。
だが仕方がない。古代竜にとって全てのことが珍しく映るのだから。
本来、抑制心というのは成長の過程で培われていく。そこには様々な人生経験を積んだ実績がより強い抑制心を形成していくようにシステムが構築されている。蓄積されていくデータは日々、更新されることで好奇心任せの行動は他人に迷惑を及ぼす行為に繋がると自覚して我慢を覚えていく。
それこそが成長で、人間や魔族は赤子から大人になる過程で完了するのだが、古代竜にはその過程が存在しない。それは自己中心的な考えが強いことからくる弊害というわけではない。そもそも古代竜には成長というシステムが存在しないのだ。
人間は神々の寵愛の下で母胎から誕生した唯一の生命体。対して魔族はフラスコの中で創造された存在である。ただし人間の繁栄を促す魔王の駒として役割を十全に発揮できるように人間と同じ成長システムが採用され、しかし死の運命を背負う魔王の影響下にある種族として楔を打ち込むことで人間より上位の立つことができないように運命づけた。
対して古代竜はゼロから創りだされたのではなく神々の一部から切り離されてこの世に生み出されたことから赤子から人生を経由するのではなく、初めから成体として誕生した。その使命は人間の行く末の観察。その使命を全うするのに必要なのは絶対的な力だと考えた神々は成長というシステムを古代竜に組み込まなかった。
その結果が好奇心に忠実な性格を作り上げてしまった。成熟した体に未成熟な心というアンバランスな生物として生まれ出でたのである。
「ここ数千年は退屈で仕方なかったからな」
鋭利な爪を持つ人差し指をアデルたちに突き付けた。
「盛大に踊るとしようや!」
咆哮を轟かせた。
「――拙い! 全員、耳を塞げ!」
アデルの注意喚起に反応できたのイーヴァルだけだった。間に合わなかった者たちは波動となって襲う咆哮に三半規管を揺らされて平衡感覚を奪われる。耳を塞ぐのに間に合ったアデルたちも奪われるところまではいかずともバランスを取れずに片膝を地面につける。
「
ウルシュグランの右手に暴風が渦巻くと一本の剣を形成していく。竜の装飾をあしらった竜鱗の剣だ。剣を形成した暴風は消えることなく刀身を渦巻く形で姿を残す。
「簡単に消えてくれるなよ」
龍麟の剣を振り落として刀身に渦巻く暴風を放った。竜巻の如く渦を巻きながら放たれた暴風の刃は地面を削げ落としながらアデルたちに迫るも咆哮によってバランスを崩したアデルたちに為す術はなく暴風の刃が呑み込んだ。その威力は弱まることは知らず呑み込んだ後も消滅することなく洞窟の入り口ごと吹き飛ばした。
「……ほーう、面白い」
土煙越しに洞窟の入り口にあけた大きな風穴を背景にアデルたちの安否を確認していたウルシュグランは喉を鳴らしながら興味深そうに視線を送る。視線の先、晴れていく土煙から立ち姿のシルエットが浮かび上がってくる。そのシルエットの両手には縦に構える形で巨大な槍が握られていた。
「どうにか間に合ったようですね。ご無事ですか? 魔王殿」
アデルたちを救ったのはルシアだった。洞窟に風穴をあけるほどの威力を誇る一撃の正面に立ちながらもその姿に傷一つない。
「……はは、まさかあんたに助けられるとは思わなかったよ」
「寒気を覚えるような闘気を辿ってみれば丁度、風の刃が放たれところでしたので咄嗟に体が動いてしまいました。まあ、こちらの我侭で手合わせしていただいたお返しだとでも思ってください」
それよりも、とルシアは言葉を続ける。
「あれは一体何者ですか?」
感覚を正常に取り戻したアデルは立ち上がりながらルシアの質問に答える。
「なるほどあれが古代竜。文献でしか読んだことはありませんでしたが、よもやお目にかかれるとは……」
驚きを隠せないルシアの表情にウルシュグランは喉を鳴らしながら笑う。
「どうした? 古代竜と知って怖気ついたか?」
当然、挑発だ。無傷で一撃を防いでみせた相手を軽くみるような自信過剰ではない。
「まさか。私もあの子も猛者を前にしてこそ血潮が滾るというものです」
「――っ⁉」
咄嗟にウルシュグランは首を下げた。その上空を横一線に風が切る。
「……完全に裏をついたつもりだったがさすがは伝説。躱すか……」
剣を横一線に振り抜いた姿勢で姿を現したのはシルヴィだ。気配を断って首の一点を狙う必殺の一閃を躱されたことを冷静に受け止めると、着地した後にすぐさま距離を取る行動に移ってルシアの隣に位置を取る。
「どうやら少し口が滑ってしまったようですね」
猛者を前に抑えきれなかった感情が先行して自分以外の存在がいるかのような台詞を漏らしたことをルシアは反省する。
「いえ、私の実力が至らぬだけです。どちらにしてもあの程度では躱されていたでしょうから」
自分の実力が至らないことを理由に主人を擁護した。
「そうですか。ではこちらは共闘することが最も勝率の高い方法のようですね。――魔王殿?」
ルシアからの呼びかけに応じるようにアデルは肩を並べて立つ。利き手で握る刀剣に魔力を注いで魔剣と化して戦闘準備を済ませた。
「昨日の敵は今日の友なんて言葉はあるが、よもやそれを実戦する相手が人間だとは思わなかった」
「同感ですね」
「まったくだ」
アデルの感想にルシアもシルヴィも同感としながら、その表情は酷く嬉しそうに破顔していたのだった。
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