第14話 『変身』

 咆哮によって生まれた暴風は洞窟の外壁を破壊しすると閉じていた両翼を広げて羽ばたかせる。巨体を浮遊させるほどの翼力は天井から落下してくる瓦礫を礫として利用するとアデルたちを襲う。翼力に乗った礫は鈍器と鋭利な刃物を併せ持ち、掠めるだけで衣服や肌を傷つける威力を発揮する。ただ飛来するだけならば礫を打ち落とすこともできれば回避することも容易い単調な攻撃だが、そこに両翼の風圧で身動きを封じられたとなれば状況は劇的な変化を見せる。


 風圧と礫に耐えようと利き足を軸に片足を前に出して腰を落とし、両腕を顔の前に構えることで顔面の直撃を避けながら両腕の隙間からウルシュグランの動きを把握する。多少の切り傷をものともせず隙が生まれる瞬間を逃さないように瞬きすら惜しむ。


 しかし、その時は訪れない。攻撃が弱まる気配はなく、じり貧となっていくアデルたちの表情が次第に曇りを見せ始めた。


 痺れを切らしたのはジルだった。体毛を硬化させることで礫の防御をしてきた戦法から回避に切り替えるとアデルたちの先頭に移動した。


「ええい! このままでは埒が明かん。防御陣を展開する間に態勢を整えろ!」


 ジルを中心に半透明の空間がドーム状になって一帯を囲んでいく。種族問わず体内を巡る氣力による障壁だ。展開された障壁は飛来してくる礫を弾いていくも一身で受けるには障壁は心許なく、少しずつではあるが確実に外壁が剥がれていく。


「手を貸す」


 アデルは展開された障壁に手をかざして魔力を注ぐ。半透明だった障壁から被さるように淡い紫色の障壁が展開された。


「ほう、魔力障壁か」


 感心した声でジルは強化された障壁を分析した。


「これで幾何か持つはずだ。イーヴァルたちは態勢を整えるのを急げ!」


「既に出来ております!」


 イーヴァルが颯爽とアデルの横を走り抜けて障壁から外へ。身を低くして風を切り裂くイメージでウルシュグランとの距離を縮めると、その勢いを利用して大跳躍した。


 狙うはウルシュグランの眉間。両翼を開いて攻撃に利用している今が攻勢に出る好機と判断したイーヴァルは循環する魔力を右拳に装填していく。膨れ上がっていく魔力は焔のとなって拳に渦巻いていった。


「充填完了。直線上に貫かせてもらう!」


 イーヴァルは空を蹴った。一度、二度、と蹴る回数を連続して重ね、そこに生まれたのは風圧の場。空気を蹴ることで疑似的に足場を作り上げ、そこを踏み台にして加速した。


「貰った――⁉」


 イーヴァルが勝利宣言をあげたのも束の間、体の側面から強い衝撃が走った。完全な死角と無意識の領域から直撃を受けたイーヴァルの体は湾曲して吹き飛ばされた。


「その程度で勝利宣言など片腹痛い」


 鼻で笑うウルシュグランはイーヴァルの体を吹き飛ばした尾っぽを地面に打ちつけて威嚇する。吹き飛ばされて壁に全身を打ち付けたイーヴァルは全身から少量の血を流す。


「ほう。咄嗟に障壁を張ったか」


 完全なる死角から放った一撃だったにも関わらず咄嗟の機転で拳に割り当てていた魔力の一部を身体に還元して障壁に回したのだ。そのことに称賛の声を送ったウルシュグランだったが、不敵な笑みを浮かぶイーヴァルと尾っぽの違和感の正体に勘付いた。


「貴様――‼」


「楔は打たせてもらった。――ミリア!」


 イーヴァルの大声の叫びにミリアも答える。


「陣を確認しました。これより瞬間転移魔法を発動します!」


 アデルとジルの共同障壁の中で態勢を整えていたミリアは足元に展開した魔法陣から昇る光柱の中で詠唱を紡ぐ。その隣ではユミルが得物である大斧を肩に担いだ状態で構えていた。


「ユミルさんお願いします!」


 詠唱を紡ぎ終えるのと連動してミリアが魔導書を閉じると隣にいたはずのユミルの姿は消え、その行き先はウルシュグランの尾っぽ。反応することすら許されない驚異的な瞬間移動は尾っぽを切断して見せた。切断された尾っぽは地面に落下して大地を穿ち、体の一部を失ったことでバランスを崩したウルシュグランは羽を閉じて着地するはめとなった。翼力による礫の攻撃も治まり、アデルとジルは障壁を解放した。


「魔力で強化した拳はカモフラージュ。全ては転移陣の楔を打つための一撃だったか。俺としたことが情けぬことだ」


 イーヴァルたちの一撃に込められた真意を読み切れなかったことは自分の驕りであったとウルシュグランは自身を叱責した。


「イーヴァルさん、今傷を治します」


 吹き飛ばされた位置からアデルたちの下へ復帰したイーヴァルにミリアが回復術をかける。


「回復する術を見越しての突貫か……」


 完全にこちらを上回った戦いを見せてきたことにウルシュグランは自然と笑い声をあげた。くつくつと喉を大きく鳴らせて笑う姿は強敵を発見した戦士が見せる飽くなき挑戦の心からくるものと一緒だった。


「面白い! 面白い! 面白い! 面白いぞ! このように心躍る相手とまみえるのはいつ以来か。……あー、心地よい!」


 ウルシュグランの巨体が脈動する。激しい鼓動の音が鳴る。獅子すら丸呑みできる咢から蒸気が漏れだすと巨体を包んでいく。巨体を包んだ蒸気は次第に風へと変化を見せ始めた。


 最初はそよ風。それは強風となり暴風と化して領域を広げていく。先程までの翼力による風とは比べ物にならない風圧がアデルたちを襲う。それぞれが武器を支えに体を固定して場を凌ぐ。


 幸か不幸か、暴風は予想よりも遥かに早く治まるも、晴れた暴風の渦から現れたウルシュグランの雰囲気に呑み込まれた。寒気が全身を襲って肌が粟立つ。


「それでは第二ラウンドを始めるとしようではないか」


「竜人……否、竜神と呼ぶべきか……」


 人の姿を象ったウルシュグランが暴風の渦から姿を現すのだった。

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