第11話 『勘違い』
半獣の歴史は古い。かつては人間と魔獣の仲介役を担って種族間を超えた友好関係の懸け橋とされてきたが、同族でも争いが絶えない歴史のなか半獣の存在は次第に悪くなっていくと、人間でも魔獣でもないことで迫害を受けることになった。時には討伐対象になってしまうほどで、半獣たちは人里から離れた土地へ移動することが余儀なくされた。
エピス山もその一つだ。峻岳として名を馳せるグランミル連峰では魔獣でも棲み処とするには厳しい環境として知られてきたが、そういった場所への移動を余儀なくされる者たちが必ず実在する。それが半獣であり、同族でも厄介者として弾かれた者たちである。だからこそ様々な種族が混じっても関係は友好に築かれて現代にまで子孫が残されてきた。
しかし、どれだけ順応したとしても過酷な環境下であることに変わりはない。子が生まれても過酷な環境に耐えられず早く死ぬ者もいれば、流行り病に侵されて命を落としていく大人たちも多く、人口は年々と減少していった結果、エピス山に残る半獣はユミル一人だけとなった。
「魔獣の扱いは独学か?」
訊いてからアデルは自分の言葉に後悔した。魔獣を家族と呼ぶユミルに対してあまりにも不躾だったからだ。
「大丈夫、大丈夫。魔獣たちがどのように思われているのか私も分かっているから」
アデルの表情を読んだユミルは笑顔を浮かべながらフォローする。それは全ての魔獣が自分を取り巻く環境とは違うことを理解しているからだ。
「自分の身を守る為に牙を剥く。それが魔獣の本能であることには間違いないと思うからさ」
勘違いされているが魔獣の本能は闘争ではなく防衛である。全ては自身の身を守る為に牙を剥くのであり、殺戮を好んで襲っているわけではない。ただどの種族でも潜在的に持つ生存本能が働いて敵となる相手を襲ってしまうのが現実である。
「だから私は私の手が届く範囲で助けたいと思った。あいにく救えなかった命もあったけどね……」
ユミルが言う救えなかった命の中にはアデルやルシアたちが討伐した魔獣も含まれる。それが弱肉強食の世界だとユミルも理解しているからこそ憤りを見せることはないが、悲痛が心情を襲うことに変わりはない。
「ところでアデルはどうしてこの山に?」
沈んでいく空気を晴らそうとユミルは話題を変えた。
「あ、ああ、そうだった。実は君に会いにきたんだよ」
山に訪れた理由を伝え忘れていたことに気付いたアデルは慌てた様子を見せた。
「私に?」
対して魔王であるアデルが自分に会いに来る理由に見当もつかないユミルは小首を傾げた。
「単刀直入に言う。俺と一緒にこないか?」
「一緒? それって――」
声にならない感情の叫びがユミルの胸に響いた。連動して顔を紅潮させながら両手の指を絡ませながらしおらしい態度を見せ始める。対して今度はユミルの変化にアデルが小首を傾げることとなった。
ユミルは深く深呼吸をした後、意を決したように表情を引き締めてアデルの双眸を覗き込むように視線を合わせた。
「アデルを知ったのも会ったのも今が初めてだから戸惑ったけど、愛とか恋っていうのはその瞬間で爆発するものだってママから聞いたことがある。私自身、嫌な気持ちでもないからアデルの求婚に応えるね!」
一世一代の決意表明をしたユミルと反してアデルは疑問符を頭上に浮かべ続ける。どこをどう間違って求婚と勘違いしてしまったのか、その証拠を探るようにアデルは発した言葉を思い出していくうちに答えにたどりついた。
「ま、待ってくれ! そういう意味では――」
「な、何を言ってやがりますか⁉」
アデルの訂正する声よりも大きな声で被せてきたのはミリアだった。先程まで眠っていた人物とは思えない覚醒した姿で怒涛の如くユミルに迫った。
「貴女ごときがアデル様の正妻が務まるとは思えません!」
「そんなことやってみないと分からないよね! それに君に言われる筋合いもない!」
誤解が解く暇もないまま渦中の人でもあるアデルを抜きで痴話喧嘩が繰り広げられていく。声をかけて収束を図ろうにも聞く耳を持たず、痺れを切らしたアデルは事態に理解が追いついていないイーヴァルに近くへ来るよう手招きした。
「これは一体どうなされましたか?」
「それを説明する為にもとりあえず黙らせてくれ」
「は、はぁー……」
理解が及ばないながらも主人から命令されたのであればイーヴァルとしては指示に従って動いた。
イーヴァルが割り込んだことで一悶着はあったものの事態は見事に収束を見せてそれぞれが落ち着きを取り戻したところでアデルは勘違いを誘発させるような言葉に謝罪した後に経緯を改めて説明した。
「わ、私はなんて、ご、誤解を……」
求婚を受け入れた時よりも赤面した顔を見せるユミル。その隣では同じように勘違いして暴走したミリアも蹲りながらも隠しきれていない耳から赤面していることが容易に分かった。
「俺の言葉足らずだった。だから気にしないでくれ、と言っても無理か……」
告白でも恥ずかしいのに、それが求婚の勘違いとなれば簡単に忘れられる失敗ではないだろう。
「う、うん、大丈夫、大丈夫!」
痛みで忘れさせようと両頬を叩き挟んだユミルは吹っ切るように連呼した。
「それで? 私を探していた本当の目的は?」
気を取り直したユミルが改めて訊いてきた。
「うん。ユミル、君を魔王軍の一員として勧誘したい」
先程までの騒動が嘘のように夜の静けさが辺り一帯を包み込むのだった。
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