第3話 『それぞれの役割』

 ミサランテを出たアデル一行は街道を歩く。鉄道網や飛行船の技術が発展したことで移動の利便性は向上したが各地に展開するまでには至っていない。両者に比べれば自動車の普及は進んでいるものの一般家庭ではまだ高級品で購入に手を出せないのが現状であることから街道を徒歩や馬を利用して渡ることが多い。その事から田舎でも街道の整備は進んでおり、魔獣避けともなる外灯も設置されている。魔獣避けの効力は一定の効果はあるものの絶対的な影響を及ぼすだけの機能がないことから街道の移動には危険性を伴う。各地で活動するギルドが定期的に魔獣討伐を実施しているが周りきれていないことからミサランテの街道にも複数の魔獣が徘徊している。

 

 アデルはそれらの魔獣を討伐しながら目的地へと足を進めていく。この行為こそ魔王と魔獣の関係性が無いことを証明しているわけだが、この一部始終を目にしている人間がいないことから仮説は立証されないまま噂は続くだろう。おかげで魔王の立場を人間に仇なす悪として君臨させてくれているのだから感謝である。


「申し訳ありません、アデル様。本来であれば配下である私がお守りしないといけない立場ですのに……」


 足の影響で後方での援護しかできないことにミリアは負い目を感じていた。彼女の落ち込む姿にアデルは呆れた表情を浮かべながら頭を小突く。


「後方での援護も立派な役割だぞ。立場だけに囚われて配置を間違えたら皆が苦しくなるだけだ。いわゆる適材適所というやつだな」


 あくまでアデルの考え方。それが正しいと理解していても主人に戦いを任せてしまっている事実に心が納得いかないというのがミリアの本音だ。彼女としても自分が前線で戦ったところでアデルの足手まといになることも理解しているだけに葛藤はより強いようだ。


「それにミリアの援護があるからこそ魔獣討伐もこうやってスムーズに熟せているんだ。胸を張れる活躍だぞ」


 ミリアが使用した魔法は魔族だけに許された恩恵だ。その力は絶大で、ミリアが得意とする補助魔法は対象者の身体能力を強化するというもので、今のような前衛役が一人しかない場合では特に重用される。


「だからこれからもその力に期待している。どうやらここからは魔獣の強さも格段と上がるみたいだしな」


 目的地へと繋がる森の入り口前に立ったアデルは森の中から流れてくる気配に身を引き締める。


「随分と鬱蒼とした森ですね」


 昼間にも関わらず薄暗い森が広がる。人の手が入っていないと思われる木々が青々と生い茂り、それは梢の隙間から日光を差し込まない程に密集していて、日中立ち込める湿気の空間は動植物に独自の進化を果たしている。魔獣もまた同様に含まれ、最大の天敵となる人がいないことから魔獣の巣窟と化していた。


「足場も悪そうだからなるべく歩幅を小さくしてゆっくり進もう」


 湿気でぬかるんだ地面に加えて草や木の根が足元を掬ってくることを考慮して注意を働きかける。加えて薄暗いとなれば足の状態が悪いミリアには肉体的にも精神的にも常人よりも疲弊することは間違いないだろう。


「森の広さが不明瞭な上に子孫の正確な位置も把握していないことを考えると最悪は野宿するはめになるかもしれないな」


 魔獣の巣窟と化している森での野宿は命の危険に晒されることは明白だが引き返す選択肢がアデルたちにはない。ミリアを森の外で待機させておく手も考えたが、それをミリアが良しと納得するはずもなければ魔族である彼女を一人にしておく危険性もある。見た目が人のそれと変わらないので勘付かれる可能性は低いと思うが、それでも万が一ということもある。


 アデルは脳内で様々な策を講じては消去を繰り返して最善の策へと繋げていった。その結果はミリアを引き連れての森の探索。妥協案とも取れる一手だが、アデルにしてもミリアにしても頼れる者が互いにしかいない現状ではこの方法が最善だと考えた。


 二人は森の中に足を踏み入れた瞬間、濃密な気配が押し寄せてきた。


「これは……」


 予想していた以上の魔獣の気配にアデルの表情が歪む。底知れぬ数の魔獣が棲み処としているのかそれらを束ねるヌシがいるのか、どちらにせよ目的の人物への道順は気配察知を活かして進む算段だっただけに出鼻を挫かれた気分である。


「……本当にこのような場所に住んでいるのでしょうか?」


「それは間違いないはずなんだが……」


 ミリアが不安に思うのもアデルには理解できた。それ程に魔獣の密度が濃く、到底暮らしていくのに適切な土地とは思えない。


「ただこれから会う者の祖先は武闘派として初代魔王の特攻隊長の役目を担っていたそうだ。その血が色濃く繋がっていれば或いは森のヌシになってるかもしれない」


 どれだけ魔獣が密集していてもそのヌシに君臨していれば話は別だ。魔獣は脅威ではなく頼もしい配下となるのならこれ程に安全な棲み処はないかもしれない。


「その仮説が正しいとなればこの森そのものが敵ということになりますね」


 事の深刻さが増したことにミリアは頭を悩ませながらも顎に手を添えて思考に耽る。


「これは確認ですが、その子孫の方はアデル様の呼び掛けに反応はなされないのですか? 確か先祖様は初代魔王様と眷属の契り結ばれていたと文献でお読みしましたが」


「呼び掛けに応えてくれるならわざわざ森まで来ていないさ。それに眷属の契りを結んだのはあくまで初代魔王。その繫がりは後世にも継承されるが次第に希薄となっていく。それが数百年前にも遡るとなればこの事態も納得できる」


 それでも書庫の記録と照合できるだけの繫がりを感じ取れただけでも僥倖と言えるだろう。


「つまり俺たちが取れる方法はただ進むこと。援護の方、よろしく頼むぞ」


 元より選択肢が一つしかなかったというわけだ。


「畏まりました。全力で援護させていただきます!」


 ミリアは決意を改めて、アデルと共に森の奥へと更に足を踏み込んでいった。

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