第19話 志津川さんの親友 ③ 友情
「いや、確かに今回の件は、主任が会社からの指示を伝えなかったために、結果として私が体調不良となり倒れたという事実がことの本題です。…ですから私がキチンとしたかたちで主任と会社に今日の顛末を報告すべきだと考えます」
志津川さんは急に理路整然と話し始めました。
「私はこれから再度病院で検査を受けて来ます!…倒れた時に意識を失っていましたので身体の外部や内部に傷を負った可能性もありますから…」
「何 !?…それはどういうことだ?」
主任の顔色に一瞬不安の影が浮かびました。
「病院の診断書なら、私たちがどうこう言うよりハッキリした結果が出ます。…一方、主任は業務の連絡責任を今日ミスしています。その結果、部下の身体が傷付いたり体調を壊したということが明確になるということです」
志津川さんは冷静に言葉をつなげました。
「もしも私の身体に傷があったら、主任には現実的に業務上過失致傷の疑いがあるかも知れませんね… ! 会社は交代させるよう指示してた訳ですから、主任個人にですね ! 」
「な、何を言ってるんだ !? …そんなことを言って、どうなるか分かってるんだろうな!」
主任は明らかに動揺しながら言いました。
すると、武義さんがズイッ ! と前に出て来て言いました。
「分かりませんね!…どうなるか主任が俺たちに説明して下さいよ!上司なんだから!…いったいどうなるんですか?」
…その時、志津川さんは武義さんに対して初めての感情…感謝とありがたさ、頼もしさ、そういったものが入り交じった不思議な気持ちを持ったのでした。
(これって、まさか友情ってやつなのか !? …)
クールな志津川さんの顔に思わず笑みが浮かんでいました。
「くっ ! …わ、分かった分かった!…今回は私が悪かった!すまなかった!…勘弁してくれ !! 」
武義さんの迫力に圧されてついに中込主任の口から謝罪の言葉が出て来ました。
「俺はともかく、ぶっ倒れるまで頑張った志津川にはきちんと謝って下さい!」
「し、志津川君…私のミスで君には辛い思いをさせてしまった。どうか許してくれ、すまなかった。…そうだ!病院に行って検査を受けるなら、費用は私が持とうじゃないか !! そうしよう、なぁ !! 」
そんな中込主任の言葉にしかし志津川さんは、
「いえ、私の意志で受ける検査の費用を、主任に支払って頂く訳にはいきません!お気遣いありがとうございます ! …では失礼します!」
そう言ってきびすを返したのでした。
「…お、おい志津川 !! 」
武義さんは慌てて志津川さんを追いかけて言いました。
「検査を受けるなら奴に負担させればいいじゃないか… ! 」
志津川さんは笑いながら答えました。
「奴に費用を持たせたら診断書を奴に渡さなきゃならないだろ?…」
「…あっ、なるほど」
「それより武義、今回はありがとう!君はいいやつだったんだな…、さっきは嬉しかったよ ! …今日はビールでも飲みに行かないか?おごるよ!」
「えっ !? 検査は?…」
「行かないよ、そんなの!…中込主任なら、あのくらい追い込んどきゃ充分だよ !! 」
「志津川…お前もなかなかヤルなぁ!アイツを見事にやっつけるとは !! …」
「君のおかげだよ!」
「いや、お前の方が怖いぜ!…」
「フフフフ… ! 」
「ウハハハハハ…!」
…そしてその日は2人で酒を飲み、大いに盛り上がったのでした。
それ以降、2人はすっかり仲良くなり、仕事の上でもお互いに協力したり励ましあったりパワーを補完しながら頑張る強力なコンビとなりました。
…熱血漢の武義さんにクールで知的な志津川さんと、キャラは対照的ですが2人は不思議とウマが合い、お互いの長所を発揮しあって困難な仕事も何とか乗り越えながら絆を深めて行きました。
…プライベートでも2人はよく一緒に酒を飲み、夢を語り合い、時に羽目を外して遊んだりもしました。
その後それぞれ結婚して家庭を持つようになっても、お互いに相棒としての友情はより強固なものになって行ったのです。
やがて十数年の月日が過ぎ、2人は会社のために無くてはならない存在となり、忙しい中でも時々はまた一緒に飲みに行ったりじゃれ合ったりと、いつまでも無邪気な友としての関係を続けていたのでした。
そして昨年の暮れ、会社の忘年会があり、仕事仲間とともに楽しく飲み食いした後、当然のように盛り上がった2人は、
「よ~し!これからが本番だぁ !! 今夜はとことん行くぜぇ!」
と叫んで自主的に二次会へとなだれ込んで行きました。
…行きつけの居酒屋でさらに飲んですっかり良い気分になった2人でしたが、酔っぱらいながらもふと店の時計を見て志津川さんが、
「…おい、武義!…もうそろそろ引き上げないと、電車が無くなるぞ !! 」
と言って、ようやくコンビは勘定を済ませ、店を出て駅に向かったのでした。
まさかこの直後とんでもない悲劇が起こることになるとは、2人には全く予想も出来ませんでした。
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