第13話 島野さんのお注射 ④ 青春

 …ひとしきり島野さんへのヒトデナシ談義が盛り上がり、みんなではしゃいだ後しばらくして、二人が病室に帰って来ました。

「…ところで明日の退院って、何時頃になりそうなの?」

 レイコさんが、ベッドに戻った島野さんに訊きました。

「たぶん会計が1時半くらいになると思うから…そのあとかな ! 」

「じゃあ私、明日のそのくらいにまた来るね!」

「えっ !? …別に無理しなくてもいいよ ! 」

「だって、まだその足…しばらくは負担かけない方が良いでしょ?…島ちゃんが心配なの!」

「…わかった、じゃあ頼む!…サンキュー、レイコちゃん !! 」

 …男ばかりの殺伐とした病室に、何とも言えぬ華やかで甘ずっぱいフェロモンを漂わせつつ、レイコさんは、

「…じゃあ今日は帰るね、…また明日 ! …みなさんお邪魔しました!失礼します」

 僕たちにも丁寧にそう言って会釈すると部屋を出て行きました。

 …そのあとの島野さんの表情を見たら、嬉しさを隠し切れずにうすらニヤケ顔になっていました。

「…島野さん!凄い綺麗な彼女さんじゃないですか !? …さっきまでみんなで話してたんですよ!…意外とスミに置けない男だな、羨ましいって!」

 僕がそう言うと、ニヤケ度をさらにアップさせた顔で島野さんが応えました。

「あぁ、レイコちゃんのこと?…前からの知り合いなんだよ!…親しくなったのは最近になってからだけどね!」

「…明日は退院だし、ケガが治ればバイクも乗れてレイコさんとも仲良くし放題じゃないですか!…コノヤロッ !! 」

 と煽ると、なぜか急に島野さんの顔がスッ ! と冷めた表情に変わりました。

「いや、俺はもうバイクはやめるよ…乗らないって決めた」

「えっ !? …どうして?」

 意外な言葉に驚くと、

「…俺のこのケガはさ、レイコちゃんと出掛ける約束をしてバイクで彼女を迎えに行く途中で事故ったんだ…本当はそのあと二人乗りして出ようと思ってたんだよ!…」

 島野さんは真面目な顔で続けました。

「…まだ会う前で俺だけ事故ったんで良かったよ!…もし二人乗りしてたら…俺が転んで骨折なら別にどおってことも無いけど、彼女だけは絶対に傷を付ける訳にいかないだろ?…」

「うわっ!…無駄にカッコ良いセリフ !! 」

 思わずそう口にすると、

「ちぇっ ! 無駄に、は余計だよ!」

 最後に島野さんはちょっと恥ずかしそうに言ったのでした。


 …そして翌日の昼過ぎ、レイコさんは昨日言った通りに再び病室にやって来ました。

 その前に島野さんはベッドの上のバイク雑誌を午前のうちに廊下の脇の給湯室のゴミ箱に捨てに行っていました。

 レイコさんは部屋に入ると、島野さんの足に靴下やらスニーカーを履かせてあげたり、ベッド周りの要らない物やゴミなど捨てに行ったりと甲斐甲斐しく世話を焼き、島野さん当人は衣類や私物をバッグに詰め込んだりして、二人パタパタした動きを見せました。

 …そしていよいよ退院の時となりました。

「…それではお先に失礼します!…みなさんもどうかお大事に、早く良くなって下さいね!」

 最後に僕たちにレイコさんがそう言って挨拶しました。

「…じゃあみなさん、さよならでぇす !! 」

 島野さんもこ憎たらしく手を振って、二人並んで病室を出て行きました。


 …病室の中は急にガランとした感じで寂しくなりました。

「……………… ! 」

「…美人が去ると、侘しいねぇ ! 」

「…でも何か、あの二人、良い感じだったな…青春だ」

「青春…!? …すご~く久しぶりに聞く言葉だねぇ」

「…いいなぁ、青春」

 …口々にそんなことをみんなが言いました。


 二人が去った病室の窓からは、良く晴れた空の青い色が眩しく見えていました。



 島野さんのお注射 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る