第12話 島野さんのお注射 ③ 彼女
「…はい、終わりましたよ!お疲れ様!…あとを揉んだりする必要は無いので、リラックスして休んで下さ~い」
…注射器を抜くと、看護師さんはニコヤカな笑顔になり、小さな絆創膏を尻たぶにペタンと貼り付けました。
「パジャマは自分で直して下さいね~!」
そう言って彼女が部屋から出て行った後も、恐怖と緊張と痛みから開放された島野さんは尻を出したままグッタリとベッドに突っ伏していました。
…しかし部屋のみんなはと言えば、まるでマンガのような今までの光景に、正直なところ笑いをこらえていたのです。
僕自身もそれは否定出来ませんでしたが、さすがにだんだん可哀想になって来て、そっとまた声をかけました。
「…島野さん」
「…え !? 」
「…やっぱり、カーテン閉めれば良かったね…」
「…いや、そんなことよりさ…」
「えっ !? …痛むとか?」
「やっぱり、簡単には退院させてくれないな !! 」
…最後の島野さんの言葉にみんながドッとウケて、病室に笑い声が巻き起こったのでした。
「もうっ !! 俺がケツに注射打たれたのがそんなに面白いんですかっ?みなさんはっ!」
島野さんはパジャマのズボンをずり上げながら悔しそうに言いました。
「いや、そう言われると…可哀想だけども…」
「笑ったりして、悪かったけどね…」
「しかしまぁ、真面目な話…」
みんなは口々にそう言った後、結局、
「やっぱりとぉ~っても面白かったよ、島野くん !! 」
最後に声を揃えて言い放ったのでした。
「…でも良かったなぁ、明日は退院だぁ…!」
しかし、さらにみんなにそう言われると、
「ありがとうございます!これも俺自身がこれまで真面目に療養生活を送っていたためなので、決してみなさんのおかげではございません !! 」
島野さんはそう切り返して、
「うわ、こりゃ~やられたな!アッハハハ… !! 」
みんなに逆襲したのでした。
…そんな和やかな病室の入り口に、気が付けば一人の訪問客が立っていました。
「…こんにちは、失礼します…!」
声のした方を見てみんなは、アッ ! と息を飲みました。
突然の訪問客は、若く見目麗しい女性だったのです。
長い黒髪にスラリとした身体。色白細面の顔に切れ長の涼やかな目元。ベージュ色のニットに白いコート。
…男ばかりのうすら汚ない殺伐とした入院病室には全く場違いの、上品そうなお嬢さんの出現に、驚きと戸惑いを隠せない僕でしたが、次の瞬間にはさらなる驚きの展開が待っていたのです。
「…レイコちゃん !! 」
そう呼んだのは他ならぬ島野さんでした。
「…島ちゃん !! …具合はどう?」
お嬢さんはニッコリ微笑むと、みんなに会釈しながら島野さんのベッドにやって来て、脇のパイプ椅子に腰を降ろしました。
(えぇっ !? こんな綺麗な人が島野さんにぃ?…)
部屋のみんなの顔に分かりやすくその言葉が浮かんでいました。
「…えっ !? 明日退院なの?…うわぁ良かったね島ちゃん !! 」
「…まだ完全に治った訳じゃないよ、しばらくはまだ通院治療さ…」
「でも、ちゃんと治るんでしょう?…私、本当に心配してたんだよ ! 」
「…そう?ゴメンね、心配かけて ! 」
「ううん、いいのよ…あっそうだ、私売店で何か飲み物でも買って来る!コーヒーでも飲もうよ、島ちゃん !! 」
「んっ、それなら俺も一緒に行くよ ! 他に欲しい物もあるんだ」
「大丈夫なの?…足」
「平気さ ! 石膏も外れたし、松葉杖だけど歩くのは問題無いよ」
…という訳で、すっかり彼らは二人の世界に入ったまま病室から出て行ったのでした。
そして部屋から二人が消えると、さっそくみんなが騒ぎ始めました。
「何、何、何なの?…島野君全くスミに置けないじゃん !! 」
「…のほほんとした顔であんな綺麗な彼女とねぇ…ひょっとして彼女、目が悪いのかな?」
「彼女さぁ、もう少し早く来てくれりゃあ、電ノコぎゅい~んにビビりまくりの情けない姿を拝めたのにね!」
「いやぁ、それならさっきのケツに注射でしょう!…」
「うわっ!あのザマを見たら100年の恋も冷めるね !! 」
「くそっ、惜しかったな、チクショ~!」
「残念 !! 」
…という訳で当人たちが居なくなったとたん、会話はどんどんヒトデナシ方向に進んで行ったのでした。
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