第10話 島野さんのお注射 ① カッター

 …島野さんは28歳、僕の隣の窓側のベッドの患者さんです。

 中肉中背、特にイケメンではないけど、いつもにこやかな好青年といった感じの人でした。

 入院生活になったのは、バイクに乗って事故に遭い、左足を2ヶ所で骨折したためとのことです。

「…事故の相手側の保険で入院費や治療費は払ってくれるんだけどね!…何しろこのザマじゃあ不自由でしょうが無いよ」

 苦笑しながらそう話す島野さんの左足は、爪先から膝上まで石膏でガッチリ固められ、まるで白い石柱のようになっていました。

 トイレに行く時などは松葉杖をついて移動していましたが、ベッドに寝たり起きたりする際の動作が、特に不自由そうにしていました。

「大変そうですね…家族の方とかって来てくれないんですか?」

 気になって僕がそう訊くと、

「…俺、田舎から出て来て1人住まいだから…事故の後、入院したばかりの時は介護士のおばちゃんを付けてもらってたんだけど、何かそれもかえって落ち着かなくってさ、松葉杖で動けるようになってからは断っちゃったんだよ」

 島野さんは明るく答えたのでした。

 ベッドの枕元にはバイク関連の雑誌が2~3冊置いてあり、彼がオートバイ好きなのが見てとれました。

「…森緒君はバイク乗らないの?」

 昼食の後、僕が西村京太郎ミステリーを読んでいると、島野さんが言いました。

「残念ながら僕は自動二輪の免許を持ってないんで…原付きしか乗れないんですよ」

 僕がそう答えると、

「そうかぁ…免許取れば良いのに!気持ち良いぞぉ、ツーリングとかさ!」

 島野さんは楽しそうに笑顔を見せて、会話はバイク&ツーリング談義になりました。

「…やっぱりツーリングで最高なのは、夏の北海道だね!…何も無い広々した大地を思う存分走り抜けて行くのがもう、他ではなかなか味わえない快感なのよ!」

「…なるほどねぇ、良いなぁ北海道かぁ…!あっ、でも僕も以前福島県の会津にツーリングに行きましたよ!HONDAのゴリラで…!」

「ゴリラ?…原付で会津に?…そりゃ凄い!…やるねぇ、森緒君も」

「はい!凄いし、やるんですよ僕も!」

「アハハハハハ… !! 」

 …などと男2人でじゃれあってるうちに、先生の回診時間になりました。

 …内科の先生はベッドの僕の顔を見ると、にこやかに2~3度頷き、去って行きました。

「えっ !? 森緒君の回診って、あれで終わり?…」

 島野さんは呆気にとられた顔で僕に言いました。

「はい、どうやら僕はまだ退院出来る頃合いじゃないみたいです」

「…………?」

 僕の言葉に島野さんは頭上に???をプチプチと飛ばしていました。


 内科の回診の後、外科の先生が病室にやって来ました。

「島野さん、どうだい様子は?…」

 先生はフランクに島野さんに訊いて来ました。

「…それが先生、昨日から脛の辺りが痒いんですよ!…でも石膏で固められてるから、ちょっとストレスなんですよぉ…」

 島野さんの訴えに、先生は表情を引き締めてカルテに目をやりました。

 そして少しの間思案した後、キッパリとした声で言いました。

「…分かりました!じゃあ石膏を外そう !! 」

「おぉっ !! 」

 それを聞いた島野さんの驚きと喜びのミックスされた感動的なリアクションを僕はちょっとまぶしい思いで見ていました。

「ありがとうございます!先生、…それで、いつ外してくれるんですか?これ…」

 島野さんは左足の石膏を指しながら嬉しそうな声で言いました。

「いや、今すぐやるよ!…よしっ、じゃあカッター持って来て!」

 先生は島野さんに答えると、後ろの看護師さんに指示しました。

「えっ !? …ここで外すんですか?先生…!」

 何故か戸惑いを見せる看護師さんに、

「石膏取るだけだもの!…処置室に移してやる程のことも無いだろう」

 先生は簡単に答えました。

「…分かりました」

 看護師さんは頷いてカッターを取りに病室を出て行きました。

「…今日石膏を外して、足が痛んだりとか何かの問題が無かったら、明日の午後には退院して良いでしょう!…後はしばらく通院治療して下さい」

 先生の言葉に島野さんの表情はさらに明るくなりました。

「やった~!退院だ~っ !! 」

 思わず島野さんが笑顔で叫ぶと、

「先生、カッター持って来ました」

 と言って看護師さんが戻って来ました。

「えっ !? 」

 …しかし僕も部屋のみんなも島野さんもそれを見て驚きました。

 先生が用意させた「カッター」とは電動工具のサンダー、要するに手持ち式の電動回転切断機のことだったのです。




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