第7話

 

 やがて、海が近づいて来ていた。

 駅から三十分ほどの地元の海とはいえ、その光景に夏紀の心が躍る。


 海の匂い。眩しい午後の陽射ひざし。

 防風林の間を抜ける道を、明らかに海を目指して走って来る車が増えていく。

 不意に、不必要なまでに音量を大きくしたカーステレオから、ラジオの音が聞こえて来た。


 ――九回裏。最後の攻撃。今日の準決勝はどちらも接戦です。さあ、ピッチャー振りかぶって、


 風物詩ふうぶつしとも言える、高校球児達の夏。


 ――打った、大きい。伸びる、伸びる!ぐんぐん伸びて、入ったぁ!!


「サヨナラ、サヨナラ!サヨナラホームラン!」というアナウンサーの声が、車と共に遠ざかる。

 道は上り坂に差し掛かった。


「この坂がきついんだよなぁ」

「ぼやいてないでちゃんと漕いでよ、修一兄さん」

 さすがに二人乗りだと厳しいとは夏紀も承知しているが、だからと言って漕ぎ手を変るという訳にもいかない。


「ここを抜ければすぐですから」

 はげますような、それでいて、どことなくおかしそうな響の声。


「これくらいで音を上げたら男がすたるよー」

 いや、廃るとかそういう問題でもない気がするんですが、先輩。


「よし、もう少し!」

 二人乗りの自転車と、先行する二台の自転車が、力強く坂を駆け上がる。

 

 広がる空。

 林を抜けたその先の、まばゆいばかりにきらめく海。


「よっしゃあ、見えた!!」

「修一兄さん、はしゃがないで! 落ちる!」

 蛇行する二人乗りの自転車に、ちらりと振り返った先輩と響が笑っていた。


「夏紀さん、もっとお兄さんにくっつかないと!」

「いや、それは逆に危ないんじゃないですか?」


 思わず、夏紀は顔を赤らめる。 

「ちょっと、他人事だと思って!」

「はっはー! 最後はドリフト決めるぜー!!」

「待って! それは本当に待って!」


 そんな風に、どこまでも楽しそうにはしゃぎながら。

 ――夏紀達は、夏に続く坂道を下っていった。



 了

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夏に続く坂道 水上明 @minakami_3

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