第6話

「行ってきます」

 と誰にともなく断ってから、玄関に鍵を掛けた。


 数年前に亡くなってしまった夏紀の祖父などは、「ご先祖様が見ているから」と言ったものだけど、誰も居ない家の中に向かって挨拶をするのも、何となくさびしいものだ。

 人通りのほとんど無い路地を、ゆっくりと歩いて行く。世間的にも殆どの会社は盆休みに入っているという事もあって、本当に人通りは少ない。きっと、それぞれに、それぞれの夏休みを過ごしているのだろう。


「夏休み、か」


 夏休み。


 休みと言うにはあまりにも長い、一ヶ月以上の空白。


 そしてそれは、夏紀にとって、友人と、学校との空白期間だった。

 だけれど。


「あれ、ひょっとして、自転車パンクしてる?」

 ひょいと見てみれば、軒先にいつも止めてある家族兼用の自転車は、見るも無惨むざんに後輪が凹んでいた。


「どうしよう……」

 今日の約束の待ち合わせ場所は駅前だ。そこまで行くにも自転車が必要だったし、そこから先も自転車が必要なはずだった。何せ、行くのは地元にある海岸である。


「うっす。……どうした?」

 そんな夏紀の背後から掛けられる、修一しゅういちの声。


「あ、修一兄さん、良いところに」

 そうなれば、彼の運命は決まったようなものだった。


                ※ 

 

「で、貴方あなたは夏紀さんの従兄弟と」

「そうだ。まあ、保護者代わりという事で」

 夏紀を後輪にを乗せた修一の自転車が駅前に着く頃には、既にひびきと先輩は集まっていた。


「……別に修一兄さんまで付いて来なくても」

 自転車だけ貸してくれれば良かったのに。


「ははっ、まあいいじゃない。男手が居た方が、色々と安全だしね」

「あ、確かにそうですね」

 先輩と響は、意外と乗り気のようだ。


「それじゃ、そろそろ出発しようか?」

「おう、夏紀はまかせとけ」


 そして、修一兄さんは幼い頃とノリが変らない。

 そんな夏紀と年上二人の様子を見て気になったのか、


「大丈夫?」

「まあ、何とか……」

 心配する響に、夏紀はそう答える。


 先輩と修一。どこまでもマイペースで強引でもある二人だった。

 でも。


 ――程度は問題とはいえ、私もそうしていれば良かったのかもしれない。


 修一のぐ自転車の荷台に乗りながら、夏紀はそう考える。

 結局、自分は寂しくて、そして他の人が羨ましかったのだろう。

 何か一歩を踏み出す勇気が無くて、望む結末との距離を自分自身で空けていたのかもしれない。


「よし、じゃあ、久し振りに二人乗りでドリフトでもしてみるかー」

「頼むから止めてっ」

 こんな勇気は要らないが。

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