第2話 生を求めて愛を語らう

 私は死に際にして、死というものに対して初めて思考を巡らせる事になりました。そして思い出したのです。


 昔誰かは言いました。

『生とは愛に餓え、渇望する事である』

 と。そして、

『死とは最も生というものに恋い焦がれる時であり、生の終着点である』

 と。

 私は今、愛への餓えを最大限に感じながら、意識が遠退いていく感覚を待っています。砂時計の砂の堕ちる音だけが、酷く虚しく、そして優しく私の身体を駆け巡るのです。嗚呼、私はまだ生きていたい。もっと愛を傍で感じたいのです。数多の愛を受け取ってさえ、今も尚より多くの愛を求めている。人間という生き物はなんて欲深なのでしょうか。

 私という身体の朽ち果てる音がします。みしみしと骨が軋むのです。そこは敢えて聞こえないふりをして、この駄文を綴ることとしましょうか。もう少しだけ書きたいのですから。


 さて、往生際に於いて生というものを求めるにあたって、愛とは何かを知らなくてはなりません。なので私は先ず愛というものに思考を遊ばせる事にしたのです。時間は余り残されていないのですから、手短に。

 愛とは罪なのだろうか、そう私は思考するのです。私がまだ若かった頃、私は愛を求め、夥しい程の異性との繋がりを求めました。けれど埋まる事の無い様な感覚、酷く虚無感に襲われたのです。

 其れも其の筈でしょう、私が本当に求めていたのは貴女だけだったのですから。決して此方を振り向いてなどくれなかった貴女に私は叶わぬ恋慕の情を抱いていました。幼馴染であった、貴女に。貴女は私を置いて他の男に付いて行ってしまった。酷く苛立った私は、婚姻の儀の間近であった貴女を無理矢理犯したりもしました。嫌がる貴女の身体を封じて、私は貴女の身体に自らを打ち付け続けました。どうにかして、何かを繋ぎ止めたかったのでしょう。終いには私は貴女の中に私の遺伝子を注ぎ込みました。貴女はそのまま泣きながらあの男と共に引っ越して行ったのを、丸で昨日の様に感じています。数年経っての年始の頃合いだったでしょうか。貴女の所の長女は何故か私に似ていると貴女の御母様は言うのですから、もしかしたら其の子は貴女の最愛のひととの子供では無く、私との子供であったのかもしれません。大変申し訳なく思うと共に、私は優越感に浸ってさえいるのでした。私はそんな自分が恐ろしく思えてなりません。


 そんな私が出せた『愛』というものの答は、『身を滅ぼすもの』でありましょう。

 愛することは身を滅ぼします。私は私の身も滅ぼしましたし、最愛の貴女の身も滅ぼしたのです。この罪はとても大きなものでしょう。死んでも尚償い続けなければなりません。白木蓮のように気高い貴女を穢した罪はどれほど大きなものなのでしょうか。私には分かりません。仮令地獄の業火で身を焼かれようとも、私は償う他無いのです。それでも償い足りぬのです。貴女に殺されようとも、足りないのですから……。


 早く死んで罪滅ぼしでもしようかと考えた時期もありました。然し私は生き永らえてしまった。生きるつもりなどありませんでしたが、どうも失敗に終わったのです。どうでも良いそこらの女を口説いて心中しようともしましたが、私だけ生き残ってしまったのですから、もうどうしようも御座いません。愛への渇望というのは恐ろしいものです。人が人で無くなり、その身に修羅を宿すのですから。

 私は生を醜く求めてしまいましたが、それと同時に恐ろしくも感じるのです。意識が飛ぶのを今か今かと待ち続けています。早くこの恐怖から逃れてしまいたい。然し其れでは贖罪にもなりません。私は辛いこと、恐ろしいことから逃げてはなりません。全て受け入れなければ。

 嗚呼砂時計の音が五月蠅い。なんて煩わしいのであろうか。この期に及んで、さっさと息を引き取ってしまいたいと思うとともに、私の身体はまだ愛が足りないと叫んでいるのでした。


 ――この大罪人は、もうすぐ逝けるのでしょうか、貴女の元へと。

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