ループ

@onsui0727

第1話

夏の日差しがジリジリと皮膚を刺激する。蝉の声はイヤホンすらも通り越して鼓膜を振動させる。

駅のホームで電車を待つ僕に夏の暑さが襲いかかる。

僕は、リュックサックから冷たいお茶を取り出して、キャップを開けた。程よく冷えたお茶は喉を潤し、体温も少しは落ち着いただろう。


「まもなく〜三番線乗り場〜電車が到着しま〜す」


アナウンスが流れ、僕は汗をかいたお茶をハンカチで拭いてからリュックサックにしまい、背負い直してから服を整えた。

右から勢いよくホームにやってくる電車を横目に見ながら、髪の毛をいじっていた。

右から電車がやってくる。スピードはさほど落ちていない。僕の足元を電車の通った風が吹いた、瞬間。


ーーベキッ


左から鈍い音が響き、何かが左頬に飛び散った。手で拭うと、それは赤い色をした液体だった。

地面にも同じような液体が散っている。

僕は頭が働かなくなった。何が起こったか、理解できなかった。

しかし、どこからか聞こえる悲鳴によって徐々に理解しはじめた。

飛び込んだのだろうか、電車に。後ろの階段からは大きな足音が近づいてくる。

僕の足は動こうとしない。


「君!そこどいて!危ないから!」


後ろから肩を大きな手で掴まれ、後ろに引きずられた。顔を上げると、駅員が焦った表情を浮かべていた。

もう一度視線を戻す。

やっと完全に理解した脳が全身を震え出させた。吐き気が込み上げてくる。焦点が合わない。

僕は全速力でトイレに走った。しかし、はっきりと僕の目は捉えてしまったんだ。あの茶色の革靴を。僕の通う高校指定の靴を。血にまみれた学校の靴を。

崩れそうになる足を必死に堪え、大便へ入った。


「オェ……オォォェ……」


汗が顔面を覆う。目に入ったが、拭うこともしなかった。座り込んでしまった足は震えていて、立ち上がることもできない。

誰が飛び込んだのだろうか、なんで飛び込んだのだろうか、なんで、どうして。


僕はそれから数回吐いて、ようやく立ち上がった。ちゃんと流し、手洗いで口をゆすいでからホームに出た。僕の顔は酷く醜くなっていた。

いつのまにか電車は消えていた。それどころか、先程までの騒ぎが無かったかのように落ち着いている。

僕は来た道を向いた。


血は落ちていなかった。

あの茶色の革靴も。


「まもなく〜三番線乗り場〜電車が到着しま〜す」


さっきも聞いたアナウンスと同時に、遠くに電車の影が見えた。

僕は、不思議な感覚だった。さっきも同じ光景に出くわしている。ではさっきのは何だったのか。

そういえば昨日は夜遅くまで勉強していて眠れなかった。それが災いしてもしかすると立ち寝をしていたのかもしれない。そして寝ぼけてトイレに入って、吐いた夢を見た。そんなところだろう。

僕はサラリーマンの列の最後尾に並んだ。

近づいてくる音、僕は右を向いた。


ーーベキッ


鈍い音がホームに響いた。一瞬、時間が止まったように感じた。

電車には真っ赤な血が飛び散り、人の形を成していない肉片をつけた電車は血を撒き散らしながら走ってくる。運転手は目を見開いて引きつっていた。

ホームに悲鳴が溢れかえる。

人の波に巻き込まれそうになり、慌てて走り出した時、足に何かが当たった。

血にまみれた茶色の革靴だった。


「あ、あぁ……あぁぁああ!」


尻餅をつき、後ずさりして、僕は気を失った。



目を覚ますとホームのベンチに座っていた。

目の前に電車は無かった。人の悲鳴も無くなっていた。

「なんで……」


さっき見た光景を思い出した。

もう二回も見た。いい加減分かった。

この誰だか知らない人を助けてやらないと、先に進めない。


「まもなく〜三番線乗り場〜電車が到着しま〜す」


三度目のアナウンス。僕はベンチを立ち上がり、誰かさんが飛び込んだ場所に立ち、電車の入る線路に背を向けて立った。

左から電車がやってくる音がする。

同時に、階段を勢いよく降りてくる一つの影が見えた。同じ制服を着ている女だった。下級生か上級生かも分からない彼女は、一瞬僕を見ると、そのまま突進してきた。


このまま止める、そう思って広げた手。無防備になった肩。彼女は僕の肩を思い切り吹き飛ばした。

視界が下から上へと移動する。

ホームのトタン屋根が見える。青い空が見える。広げた左手に何かが当たる感触があった。とても遅く落下している感覚もある。

僕は目を細めて彼女を見た。



笑っていた。



ーーベキッ


ホームに鈍い音が響いた。

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