第4話

 現実と

 夢の

 間(はざま)





「洋二!」


 名前を呼ばれて、洋二ははっと目を覚ました。

 目の前には麻野が居て、心配そうな顔をして洋二の顔を覗き込んでいる。


「あ。ああ」


 これは、『現実』だ。

 麻野はあの、真白な服を着ていない。

 心配そうに自分を見ている。

 『夢』の中の彼は、ひどく周りに無関心だから。

 そして『夢』と決定的に違うのは、『彼』がいないこと。

 金の髪の、人懐こい笑顔をした、綺羅は『ここ』に居ない。


「何でもない。ただ、最近夢見が悪くて」


「そうなんだ」


 最近ずっと、続いている夢。

 金の髪と、きらきらと光る水面の夢。

 ぼんやりとした曖昧な記憶。

 起きていればいるほど、忘れていく感覚。

 忘れてはいけないこともその中に確かに存在しているのに。

 忘れてしまう。

 その、歯がゆさ。


「昔、ばあ様から教わった、おまじない……なんだったっけかなぁ」


「何それ?」


「夢見が悪い時に唱える呪文さ」


「そんなのがあるんだ?」


「ああ」


 悪夢を見たときにはそう唱えれば、あっという間にその夢は消えてなくなるのだと祖母は言っていた。ああ。その呪文はいったい、どんなものだったのか。




 綺羅はぽつんと座っていた。

 崖の端。

 現われた洋二に気付いて振り返る。


「洋二」


「……お前さんは一体、何なんだ?」


「俺は、ただ、ここを洋二に案内するだけ。それだけの役割しかない。ただの、『案内役(ナビ)』だよ」


「じゃあ、ここが何なのか、知ってるのか?」


「それは、洋二が一番知ってるはずだよ」


 分からない。

 疑問しかない。

 綺羅は困ったように笑う。

 洋二の意識は、また夢から浮上していく。





 金の鳥籠。

 囚われのまま、彼女は歌う。

 休むことなく。


「ごめんね」


 小さく、綺羅は彼女に謝罪した。

 金の格子にすら、触れることもできない。

 ただ、そっと触れるように、その拒絶する空間へ指を這わす。


「あたしは何もできない。あなたのために」


 彼女は籠の外など見えぬもののように歌い続ける。


「はやく、」


 だが、目に見えて衰弱していくのは分かる。

 けれど何かに追い立てられるように、彼女は歌い続けている。


「はやく、思い出して」


 祈るように、綺羅は呟く。


「彼女が、誰なのか。何故ここに居るのかを」


 彼女は歌っている。


「あたしたちは、何なのか。何故ここに居るのかを」


 綺羅の瞳から、涙が一粒零れ落ちる。


「はやく」


 落ちた一雫は、床に小さく波紋を残して消えた。


「はやく」


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