第2話

 目が醒める。





 また、ベッドの上に横たわっていた。

 洋二は一廻り辺りを見回し、ため息をつく。


「まぁた来たね」


 声。

 軽やかに響く、甘い声音。


「綺羅」


「やほ」


 ひらひらんと手を振ってみせて、綺羅はとてとてとベッドに近付く。


「ここは、何処なんだ?」


「さぁ? あたしも知らないよ」


 波の音。

 風の音。

 現実のようで現実でない。


「……声」


「ん」


「声が、聞こえる」


 風に混じり、遠のくように儚く、微かに聞こえるのは、歌声。


「聞こえるだろ?」


 問いかけに綺羅は意味深げな笑みを浮かべ、洋二に背を向ける。


「おい」


「声」


「え?」


「辿ってみようか。洋二に聞こえる、その声」


 お前には聞こえないのか、と。

 洋二は口に出すことは出来なかった。

 ただ、簡素な作りの、まるで病院のそれによく似たベッドから滑り降りて、歩き出した綺羅の後ろについて、彼女と同じペースで歩き出した。





 その建物はまるで、静かな教会の内部。

 いつかテレビ番組で見た、中世に建てられたという教会の地下部分によく似ているな、と洋二は思った。カテドラル。地下墓地だったか。

 厳粛なる空気。

 地上部分とはまた違う、何か。

 陽光のささぬその場所は、蝋燭の薄明かりが続いている。

 どうやって、この場所に迷い込んだのか。

 夢に特有のあいまいな記憶。

 綺羅は迷うことなく歩いていく。

 洋二は何も言わず、彼女の後ろを歩いていく。


「洋二」


「え?」


「こっち」


 指差す先には螺旋階段があって、光が上から射し込んでいるのが見える。


「行こ」


 幻想的なそれに見とれていると、綺羅は少し苦笑して洋二の手をひいた。





 その部屋には、白いカーテンが引かれていて。

 はたはたと風になぶられていた。

 一人。

 そこに居る少女は椅子に腰掛けてメロディーを口ずさむ。

 聞いたことのある、聞いたことのない歌。

 洋二は導かれるように近付き、彼女に触れようとした。

 綺羅はただドアから一歩引いた場所でそれを静観している。

 黒髪の、人形のような顔立ちをした、日に当たっていない白い肌の、ひと。

 その白に映えるように、赤褐色のドレスが彼女の身を包んでいる。

 けれど触れることは叶わない。

 目の前にあるのは金細工の格子。


「なに?」


「そいつにゃ触れねぇよ」


 声に驚き、振り返る。


「瀬名、さん」


 見憶えのある皮肉げな笑み。

 綺羅はててっと駆け寄って、にこりと笑った。


「やぁ、たっちゃん」


「よぅ」


 軽く手を上げて挨拶する。


「触れないって、何で?」


「よーっく見てみろよ」


 言われて、何をよく見ればいいか、分からない。


「洋二」


 答えに困窮している洋二に、綺羅が助け舟を出す。


「周り、部屋の中、よーっく見てみて」


「部屋の中?」


 それは巨大な鳥籠(バードケージ)。

 金細工の部屋一杯の大きさの鳥籠の中に、彼女はいる。


「な、」


「なんでそこ居んのか、俺らは知んねぇんだけどな」


 小鳥さながら。

 彼はそこに居て。

 ただ歌うだけで。


「思い出して」


 呪文のように、綺羅が囁く。


「はやく、思い出して」


 頭が痛む。

 じくじくと痛み出す。


「はやく、」


 その囁きが、意識を深い淵へと誘う。

 洋二は、痛みに捕らわれた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る