Prologue

 僕は、あるアニメがとっても大好きで、そしてとっても大嫌いだった。

 そのヒーローとヒロインの物語を語れば、もしかしたらこの気持ちが伝わるかもしれない。

 ヒーローである彼は、とても優しい少年だった。でも、世界は残酷で、彼に対してただ試練を与え続けた。彼ははじめ、ほとんどの試練を乗り越えることができなかった。でも、それでも、ヒロインにずっと向き合おうとし続けていた。

 僕は、ヒーローの行動が、自分の不甲斐なさのように感じた。なぜ運命に対して解決ができないのかと、とても疑問に思えた。そしてそれは、怒りになって現れていた。そして、回を重ねるほどに、その疑問は降り積もるようだった。

 ヒロインである彼女は、世界を知らない少女だった。でも、彼を通して、世界を知っていった。ひたむきなヒーローに恋心を抱いていった。

 僕は、このヒロインが大好きだった。綺麗だっていうこともあるかもしれない。でも、世界を知って行くその姿が、ヒーローを思って行動するその姿が、あまりにも健気で、その姿が回を重ねるほどに悲惨になって行くことが、とても悲しくて、怖かった。

 そして、彼らふたりの運命はあまりに残酷すぎて、共に生きることはできなくなった。彼らは共に、死を選ぶ。でも、ヒロインは死の間際、ヒーローに命を託した。ヒロインは、現実世界から消えていった。そしてヒーローだけが残った。そして、ヒーローの目からは、光も消え去っていた。

 ヒーローは目の見えない世界でヒロインを想像し、そして再び出会うところで、物語の幕を閉じる。

 今も残る英雄譚がこれほどまでに悲惨なことは、よくあることだ。アーサー王は勝利してなお死に、キリストは十字架に磔にされ、ジャンヌダルクは火の中で散る。そして、この物語は、ヒロインは消え去り、ヒーローは思い出の中に生きる者となった。

 僕は、これがただ、ただ許せなかった。

 それはきっと、このアニメがとっても大好きで、そしてとっても大嫌いだったからだ。このアニメの作画はすごかった。このアニメのデザインは最高だった。音楽はいまだに何度も聴き直す。それでも、ヒーローとヒロインに辛すぎる試練ばかり与える脚本は大嫌いで、こんな脚本を許容する状態も大嫌いで、なによりもこの結末が、大嫌いだった。

 何もかもが、台無しになっているかのようにも感じた。

 本当は、この作品のことは忘れて、何もかもなかったことにしたかった。でも、それはなぜかできなかった。それは、この物語が僕の運命と似ていて、僕も同じ運命をたどるんじゃないかと感じたからかもしれない。


 僕には、二人の先生がいる。

 一人は、アニメーターを目指す先生。彼女は僕の中学校のひとつ上の先輩で、絵を教えてくれていた。彼女は一流のアニメーターになることを志していた。そのためにまず美術コースのある高校に進学し、やがて美大に入り、そしてアニメーターになった。そんな異色のキャリアを選択した彼女の名前は、佐久間明日香。

 そしてもう一人は、学生起業家になった先生。彼女は明日香先輩の知り合いで、先輩よりもふたつくらい年上だった。彼女は僕に、稼ぐことについて教えてくれていた。彼女は一流のビジネスオーナーになることを志していた。そのために、難しい経営の大学に進学して、その最中に起業して、ついに学生起業家になった。そんな強烈な道を進んだ彼女の名前は、王賀真里。

 明日香先輩と真里さんは、僕に大切なことをたくさん教えてくれたすごい先輩だった。時には褒めてくれて、時には叱ってくれた。だから僕は、ふたりの先生から教わったことを続けることができた。

 明日香先輩から教えてもらった絵は、中学生の終わりにちょっと顔だけキャラクターが描けるくらいになった。真里さんから教えてもらった稼ぐことは、中学生の終わりにちょっとしたお小遣い稼ぎができるくらいになった。

 でもふたりの先生は、僕のずっと先を進んでいた。でも、その先の進み方はとても側から見て楽そうには見えなかった。僕が工業高等専門学校という不思議な学校の学生になったあとに再び会うと、先生たちは口々に、不満を吐き出していた。それは、自分の所属する集団の理不尽さや、効率の悪さを示す言葉の数々だった。僕はその言葉が、それを示す意味が、とても恐ろしかった。ふたりの言葉が示す、先生達の未来の姿に、あのアニメのヒロインの影が見えた気がしたからだ。

 それは、いずれ先生達が世界の理不尽さで消えてしまうことのように思えた。

 そして僕はふたりの先生を夢想しながら生きなければならないかのようにも思えた。

 何よりも僕は、あのアニメのヒーローのように、いや、それ以上に、何もできる力はなかった。


 だから僕は、必死にどうすればいいか考えていた。先生達を救うために、いったい僕には何ができるんだろう。僕は先生達のために、何ができることはないのかな。

 そのとき、僕はひとつの結論に至った。あのアニメをつくり直せるだけの力を持つ人間になれたなら、あのヒーローやヒロインだけでなく、先生達の理不尽もなくすことができる。僕は、それでようやく、先生達の教えに答えることができる。

 そうして辿った道は、僕の存在そのものを完全に破壊した。

 アニメを語り直せる人になると僕が言うと、明日香先輩からは、「あなたにはあの作品を語り直す資格はない」と、完全に否定された。その言葉を聞いた僕は、彼女とは違う道を選べばいいと考え直した。僕はアニメーターではなく、イラストレーターとなる道を選択することでアニメに参画できる道を探すことにした。そして学校の中で同好会を立ち上げ、絵を描き始めた。

 真里さんは、僕の行動に目をつけ、そして語りかけてくれた。「君に、世界が『虚無』であることを伝える時がきたみたいだ」

 それは願ってもない言葉だった。だから僕はその教えに飛びついた。でも、僕はあのとき僕ではなくなり、そして新たな僕が現れ、それが当然のように座り込んだ。

 これは、僕が孤独になり、全てを失い、虚無に至るまでの物語だ。

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