第02話「現状分析と試合に向けて」
「しゃーっす!」
集まった一年達が体育館のドアを開けた元気へ一斉に挨拶をする。その勢いに少し気圧されつつもそれに答えた元気は、体育館の壁に沿うようにラケットバッグを置いた。
冬休みに入ってから最初の部活は朝九時から十二時の割り当て。元気は冬休みだというのに早く起きなければいけないことを呪っていたために時間ぎりぎりに体育館へと着いていた。三分前という時間が時間だけに元気を除く全員が準備を終えている。一年達は更に基礎打ちも軽くしていたらしく、まだ暖まりきっていない体育館の中で体から湯気が出ている後輩もチラホラ見えた。
(いつから来てたんだろうな。やる気ある後輩達で助かる)
一年達のやる気に満ちた顔は元気の体にも自然と活力となる。元気は自分でやる気を出すよりは他人のやる気に乗るタイプだ。周りが盛り上がっていると自然とテンションが上がっていく。Tシャツとジャージに着替えたことも手伝って、既に部活に挑む精神状態になっている。
「よーし、部活を始めるぞ!」
体育館のステージに立った庄司は、男女全員に号令をかける。最初は一緒に体育館全体を使ったフットワークのトレーニング。その後は個別練習に入るためだ。庄司の指示に従って男女が片方の壁に集まり、何人かのグループになってフットワークを開始した。
時間が経過していくと、元気はいつもより練習内容の消化が早いことに気づいた。そしてすぐに、三人分少ないことでローテーションが早くなっていることが理由だと分かる。
小浜と小杉。そして重光。
三人がいない理由を一年は特に問いかけてはこない。こちらから率先して言うこともおそらくはないだろう。女子はいつも四月には百人に近い人数が入部し、三ヶ月もすれば十人前後になっているが、いちいち誰が辞めたということは言っていない。状況は違うかもしれないが。わざわざ辞めたことを言う理由もなかった。
一抹の寂しさを覚えつつも、元気は一通りフットワークをこなして体育館の壁に寄りかかった。一息つくと田野、川岸も傍に来て「お疲れさん」と声を掛け合う。
「竹内。まだ気にしてるのか?」
「そりゃそうだろさ。六人しかいないのに半分辞めたんだし。ただ俺が気にしてるのはそれ以上に試合会場に行ったらどうなるかだよ」
元気の物言いに不思議なものを感じて、田野と川岸は首を傾げる。元気は更に一つため息をついて、萎えた口調で言っていた。
「これで試合会場で藤本にでも会ってみろよ。間違いなく『お前がちゃんとしてないからだろ』とか言うに違いないぞ」
「そっちの心配かよ」
「声真似が似過ぎ」
実力、ルックス、統率力と三拍子そろっている他校のライバル――元ライバルの顔を思い浮かべて、元気は顔をしかめた。川岸も田野も知っている相手だけにその様子が想像できたのだろう。しょうがないなと笑っていた。
三人が辞めた件は、元気の中では決着はついていた。寂しくはあるが、それほど気にはしていない。それこそ、他校の生徒に何か言われないかと言う心配くらいだ。部としては少しいただけないかもしれないが、元気個人は困らない。
それに今は目の前の試合のことが大事だった。
「竹内。田野。少しミーティングするぞ」
談笑していたところに庄司がやってきて、二人を呼んだ。その場に川岸だけ残して、二人は庄司の後を付いていく。移動したのはステージの上。庄司は二人に指示して床に座り、手書きの紙を見せて話し始める。
「学年別大会へのエントリーの再確認だ」
一年と二年、という大枠の下に自分達の名前。
前回まではあった小浜達の名前が横線で消されて、残る三人だけになっていた。隣の一年枠には七人の名前が並んでいた。
「まずは二年だが、竹内と田野はダブルス。川岸はシングルス。ギリギリだったが、小浜、小杉、重光の三人は辞退が認められた。もう少し遅ければトーナメント表からは消せずに不戦敗という形だったからな」
庄司の言葉に元気はほっとする。
勝てないことが辞めた理由の一つなのに最後に不戦敗がつくというのは、やはり気分が良くなかった。小浜達は伝えなければ分からないのだから、どちらかと言えば会場に行く自分達が微妙な気持ちになるという意味合いで気分が良くない。
「次に一年は変わらずだな。遊佐と及川、新妻がシングルスで、ダブルスが上田・秋田と紫藤・関がダブルス。どうだ? 遊佐の調子は」
「凄いですよ。俺ももう勝てません」
庄司の問いかけにため息混じりに田野が答える。田野は元気とダブルスをしているが、元々はシングルスプレイヤーであり、実力も高い。だが、一年の遊佐修平は既に田野の実力を上回っており、元気の見立てならば他校含めた一年の中でも他の追随を許さない実力を持っていた。田野は続けて嬉しそうに呟いた。
「今年の一年は男女シングルスいけそうですね」
一年女子でも、既に部内でナンバーワンのプレイヤー・朝比奈美緒がいる。先の市内大会でも二年生も交えた中で優勝していた。学年別ならば優勝はほぼ確実だろう。一つ上も全道、全国クラスの実力者がいた。後輩も、同じくらいの実力を身につけそうな予感がある。
そう考えると自分の世代のへこみが目立って元気は唸る。
「他の一年も初心者だったのに、もうある程度強いもんな。向いてるやつばかり集まったんだろ」
「来年が楽しみだよな」
初心者が才能を開花させているといえば、元気は間違いなく田野の成果だと考えていた。
部長としては月に一度の部会議に出たり、顧問と共に市内のバドミントン協会の会議に出席するなど、主に外向けの仕事をやるようなものだった。無論、部内で練習管理をするのも部長の仕事だったが、元気は早期からそれを諦めて田野に任せていた。自分にできないことは他人に任せて、自分がやることを一生懸命にやると。
そう決めて早いうちから分担した成果なのか、一年達はここ数ヶ月で実力を一気に伸ばした。インターミドルが終わるまでは三年生や出場する二年生がメインの練習だったために一年は廊下や、コート間の隙間でしか練習できていなかった。実際にコートを使ったのは夏休み中からで、その時から田野が考えたノック練習などを効率的にこなし、もう初心者には見えない動きを全員が行っていた。
「じゃあ、後は冬休みと一月を使って、最終調整だな。頼むぞ」
「はい」
元気と田野の返事を背にして庄司は女子のところへ向かった。顧問の立場からすれば、今の時期は男子よりも女子にかける時間の方が重要だろう。
「いいよな、全道行けて」
「どーせ俺が風邪引いたからだよーだ」
元気は田野を睨みつけながら言う。無論、本気で怒ってはいかったが、自分自身の情けなさもあって遅れて自分自身への怒りが沸いてきた。
女子部では部長である寺坂と副部長の菊池が庄司から話を聞いていた。二人とも、年明け早々に行われるジュニア選手権大会全道予選に地区二位で出場することが決まっている。一年女子も朝比奈がシングルス一位通過で、浅葉中からは合計三人が全道に挑む。
「ただ、一位通過したかっただろうけどな」
「明光中の今村と今北かぁ。そこまで差があるとは思ってないんだけどな、見てる感じ」
ほぼ一年前の話。
元気達が一年生の時の学年別大会で寺坂と菊池は優勝した。
そこから寺坂と菊池はその時の相手である、今村・今北ペアと何度か試合をしてきた。勝てたのは学年別大会から三月末までの間だけで、その後は実力を上げた今村・今北ペアに敗北することが続いた。そして一つ前の十一月のジュニア大会地区予選を迎えて、接戦の末に寺坂達は二位で代表の座を手にした。
学年別で二位だった元気と田野も、元気の体調不良での辞退ということがなければ、おそらくは出場できていただろう。全道でどれだけの結果を出せるかは分からない。ただ、一つ上で同大会に出場した先輩のダブルスは好成績を残して、更に実力をつけて帰ってきた。帰ってきた後の先輩達と試合をすると、元気と田野は一点を取るのが精一杯だったほどに。
ならば自分達も出場できれば強くなったのではないか、と思わずにはいられない。
「……ま、やることやるだけだな」
元気はそう言うと田野を促して部活を再開させる。
これから約一ヶ月はとにかく試合形式の練習をしていく。その中で気づいた点を言い合い、一つ一つ修正していく。田野が考案した方法をそのまま告げて、元気はコートに入る人間を選別する。
シングルスを先にするということで、及川と新妻。そして遊佐は元気と田野の二人がコートに入った。
「よろしくおねがいしゃーっす!」
遊佐修平は身長も高く、顔も整っており、とても女の子受けそうな顔をしていた。だが一点。頭はとても短く切りそろえられていた。バドミントンをするのに髪の毛があると気が散る、ということらしい。
元気から見ても生粋のバドミントン馬鹿が遊佐という男だった。
異性に興味を持てばすぐつき合ってくれる女子が現れそうなのに、遊佐の頭にあるのは「いかにバドミントンが上手くなるか」しかない。だからか最近は女子部の同学年で遊佐よりも強い朝比奈と、たまに市民体育館で練習していた。だからこそ、今はシングルス対ダブルスでなければ練習にならない。
「先輩。今日はハンデ無しでやってもらっていいっすか?」
「ハンデ無しって……まあいいけど」
「試合に向けて緊張感保ちたいなって思って。本番ってハンデないし」
最初は十点、遊佐に点数を持たせて試合をしていた。それも最近では五点までハンデは減っている。それくらい遊佐の力は上がってきており、元気は内心ではハンデがなくても勝てなくなる日は近いと思っている。それで遊佐が部に愛想を尽かすなど面倒が起こらないならそれでいいとは思っていた。
(ま、遊佐は大丈夫か。バドミントンしてたいだけだし)
サーブ権は自分達から。元気はシングルスである遊佐にも、ダブルスラインを狙ったロングサーブを打った。サーブだけは互いのルールを守らなければ上手く行かない。
「先輩! 少し出てました!」
そう言って遊佐はハイクリアを打っていた。元気は前に、田野が後ろに陣取り、ラリーの次の手を打つ。シングルスとしては打つしかないため、アウトの時は遊佐が結果を宣言してから返す。それを次のラリーで生かす、というのがこの試合での練習法。
「はっ!」
田野が気合いを押しだして、ドロップを打つ。急に脱力してスマッシュを打つ気配のままドロップを打つ技。一つ上の、自分達の目指していたダブルスの一人が得意としていた技。強力なスマッシュと組み合わせれば並レベルの選手ではとれないが、田野にはスマッシュ力が足りない。それでも、市内レベルでは十分通用する。
市内レベルでは。
「ふん!」
一瞬、体の動きは止まっても、遊佐はすぐに前に移動してシャトルに追いつく。ネット前に落ちていくシャトルの軌道にラケットを差し込み、打つと言うよりも乗せるイメージでシャトルを返した。ほとんどネットから浮かぶことなく落ちようとするシャトル。それを元気は何とかロブで打ち返した。
「くっはー!」
遊佐は満面の笑みを浮かべながら追っていく。通常のシングルスのタイミングならば間違いなく決まっていた。もしも田野とのシングルスの試合ならば、今のシャトルは田野が取っていなければならない。しかし、ドロップを打った位置から今のタイミングでシャトルを取るには明らかに田野には速度が足りない。
本来ならいない場所にもう一人選手がいる。
その状況でもシャトルを落とさず、逆に相手コートに叩き込めるならばシングルスの実力は着実についていく。
(やっぱり、遊佐は凄いな)
元気は左サイド。田野が右サイドで遊佐の次のショットを待つ。定石通りならばストレートのスマッシュが有力ではある。体が覚えている遊佐のスマッシュのタイミングに合わせて田野が体を沈ませたその時、遊佐が高く飛び上がった。
「はああっ!」
より高い位置で打ち出されたシャトルは、より速く、より角度がついて田野の手前に叩き落とされていた。
「サービスオーバー、ラブオール(0対0)、ですね」
「お前……いつからジャンピングスマッシュなんてできるようになったんだ?」
「あ、先週くらいですよ。朝比奈と練習してて二人で「できたほうがいいよな」ってことでひたすらやってたんです」
元気の問いにさらりと答える遊佐。タイミングが合えば確かに角度も速度もつくジャンピングスマッシュは武器になる。だからといって、そのタイミングは一朝一夕でできるものではない。
才能か、努力か。
どちらにせよ、遊佐のレベルがまた一つ上がったということだろう。
「すげぇな……いいけど、使いどころ間違えるなよ。特に体力落ちてきたときに使うと怪我の元になるぞ。相沢先輩も言ってたからな」
「はーい」
スマッシュ主体のプレイヤーだった先輩の名前を出すと遊佐も心当たりがあるのか素直に頷いた。そして遊佐にシャトルを渡し、構える。
今度はシングルスラインに合わせて遊佐はシャトルを飛ばす。綺麗な放物線を描いてシャトルはシングルスライン上へと落ちていく。完璧な軌道に元気はほれぼれしつつ、ハイクリアを打ち返す。
「完璧だっての!」
感嘆と呆れが混じった複雑なショット。ドリブンクリアで飛んだシャトルを遊佐は喜々として追っていった。
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