22.絶体絶命

 地上の戦闘状況は即時に余すところなく軌道上の翠光艦隊に伝えられていた。彼らは憲兵隊の劣勢と、〈殲光〉の猛威を知る。だが雲あるところに光ありとの言葉の通り、〈闢光〉の降臨と〈斬光〉の支援を知る。だが、彼ら自身の劣勢に変わりはなかった。

 敵旗艦・本来ならば味方の旗艦であった主力戦艦〈雲梯〉の艦首を構成する旋条波動蒸奇二連砲の一撃により艦隊の三割を失った翠光艦隊は、敵機動強襲艦や他の主力戦艦からの砲撃への防御を行うべく陣形を変更する。前衛の防塁艦を密集させ、後方に他の艦隊群を細長く配置し電磁および光波防壁により敵砲撃による被害を最小限にするのだ。そして機動強襲艦による曲射光線や誘導弾、さらには最後の手段として大口径の蒸奇光線砲を動力供給船とともに携えた超電装が、味方艦が築いた防壁の外側へと展開して射撃を開始する。

 だが、電子頭脳への依存度が低く、ある意味古典的な戦術は容易く解読される。

 超電装からの砲撃を数艦が受けて離脱を余儀なくされた時点で、チレイン連合艦隊は攻撃偏重の陣形からお手本のような自己相似陣形へと遷移し、まずは超電装を大量の質量散弾で狙い撃ちにして無力化。次いで多数の防塁艦が築いた光の傘の一角に集中砲撃を浴びせ、部分飽和攻撃で撃破。一方で翠光艦隊からの攻撃は、三隻一組の正確に計算された部分最適機動で防ぐ。まさに兎を狩るにも全力を尽くす獅子のごとく、翠光艦隊の戦力を削り取っていく。

 しかし翠光艦隊とて防戦一方ではない。防塁艦群の影では、密かに艦隊の陣形変更が行われていた。機動強襲艦が後退し、代わりに主力戦艦が前進。損傷を負った防塁艦を離脱させ、僅かに防御陣形を薄く広く組み直しながら防御面積自体を少しずつ広げていく。そして、未熟な艦隊機動に由来する陣形の穴を装い、中央部の配置をあえて薄くした。

 当然、防壁中央部に敵放火が集中する。そして操舵を失ったように数艦が前進。その艦からは既に乗員がごく少数の艦橋要員を残し退避している。

 すわ特攻とチレイン艦隊が色めき、数鑑の主力戦艦が前進。艦首決戦砲の閃光が突出した艦を粉々に砕く。

 防御陣形に大きく空いた穴。

 だが、それは翠光艦隊の銃眼だった。

 漏斗状に集結していた主力戦艦群の射線が確保され、機関員らが雄叫びを上げ、既に充填済みだった決戦砲に光が宿る。敬礼姿勢だった艦橋員らが一斉に対閃光眼鏡を装着し、なお後方に温存される旗艦・万能戦艦〈瑶台〉からの号令が下る。応じて一斉に艦体を砲身とする超大出力蒸奇砲が放たれた。

 さながら占い師が筮竹を束ねるがごとく、回転しながら開いては閉じてを繰り返す光の束は、一糸乱れぬ戦艦たちのマスゲーム。射線上の質量体や味方艦船の残骸、防壁出力を弱めていた敵防塁艦や翠光艦隊の防衛線の穴を突こうとしていた敵機動強襲艦を次々と薙ぎ払う。肉を斬らせて骨を断つ、かつての土方三十郎に学んだ帝国宇宙軍の戦術は、電子頭脳が支配する戦場の不確定要素として機能し、報いの一矢となったのだ。

 それでも、戦力差は決定的だった。

 チレイン連合艦隊の喪失は僅かに一割。両軍とも再び典型的な全体最適・部分最適機動へと移行するが、戦線は地球側へと後退。翠光艦隊の後列が軌道を維持するために敵射線を避けきれなくなり、狙いすました主力戦艦の砲撃により轟沈する。

 さらにチレイン連合艦隊の後方に、新たな艦船群が星虹を割って出現した。

 宇宙艦隊には似つかわしくない明確な上下のある艦。虫眼鏡のような形状の下方一面に大量の蒸奇光線砲や弾体投射装置を備え、ちょうどレンズの中心にあたる部分には鉛直方向を向いた巨大な旋条波動蒸奇砲がある。地上攻撃用の殲滅艦だった。

 本来、防衛艦隊を撃破してから戦場に現れるものであり、現時点で翠光艦隊がまだ戦力を維持しているとは即ち、チレイン連合艦隊の予想を超えて持ち堪えていることの証明だった。

 翠光艦隊の全乗組員と地上管制員、および麹町の軍令部の意識がひとつになる。

 ――あれを通すな!

 三隻一組の戦闘単位が艦隊陣形を崩し、最後衛から翠光艦隊旗艦にして全天無双の誉れ高き万能戦艦〈瑶台〉がとうとう前進する。浴びせかけられる夥しい数の火砲を即時反応型光電磁複合防壁で防ぎ、艦載された宇宙戦闘仕様の五〇式〈震改〉が次々と発艦。艦体に据え付けられた大量の蒸奇光線砲がさながら巨人の手のように、接近する敵超電装や機動強襲艦を薙ぎ払う。そして艦首の旋条波動蒸奇砲を敵殲滅艦へと向ける。

 だがその射線上に現れる、もうひとつの武蔵級万能戦艦〈雲梯〉。

 宇宙的に見ても高性能で知られる超弩級の旋条波動蒸奇砲が、互いをその照星の中に収める。

 決戦砲と決戦砲。一撃必殺と一撃必殺。乱戦の中で相見えた兄弟が、全力の砲火を互いへ向け放った。



 九つの蒸奇光線砲の直撃を易々と弾き、白鋼の悪魔が降臨する。かつて戦災で瓦礫の山と化し、今は装甲板に覆われて幾何学的な直方体の連続になった市街に、黒と白が対峙する。周辺で次々と戦闘の爆煙が上がり、オルゴン斬光術の甲高い音が再び降り出した雨を裂く。

 断続的に、呼吸するように〈殲光〉の足元に風が起こり、街路樹の葉を一回ごとに吹き飛ばす。左に三、右に四の眼が顔面の切れ込みの中を忙しなく往復する。九つの刃を全身に生やした臨戦態勢。左手首の腕輪が風に呼応して発光を繰り返していた。

 一方の〈闢光〉は拳を肩の高さに構える。規格外の蒸奇機関が絶え間なく生成する蒸奇が、日本鎧を模したような装甲の隙間から翠の粒子となって溢れ出す。その腹中、伊瀬新九郎は息をついて独り言ちた。

「まったく、先手を取るとろくなことがない」

 禁じ手の殲滅戦モードを敢えて先に使い、圧倒的な火力で撃破できればよかった。だが〈殲光〉の再生能力は〈禁術・朧諸星〉を上回っていた。敵に先手を取らせるのは、常に最小限の力しか行使しないという星鋳物運用の原則以上に、新九郎の身に染みついたジンクスゆえだった。東京警視庁時代も、学生時代も、それどころか少年時代の喧嘩に至るまで、先手を取った時はいつも悪い結果が待ち受けていたのだ。

 確かに、前回の戦いでは〈闢光〉は傷を負っていたし、周辺の状況が満足な戦いを許さなかった。だが、それらの不利な前提を取り除いたとしても、〈殲光〉が厄介な相手であることに変わりはない。

 そもそも、物質の転換は〈奇跡の一族〉が操る超科学の中でもとりわけ彼らの次元に近いものだ。自在に操ることができれば物質文明は崩壊し、彼らのような精神文明だけがこの宇宙に残されることになる。かつてこの地球にも、錬金術という名でその一端が密輸入されたことがあったが、幸か不幸かその核心は失われ、残ったのは欲望に駆られた人々の妄想と区別がつかない、ただの伝説だけだった。

 その禁術を、〈殲光〉は標準機能の一部として用いる設計で建造されている。だからこそ、数ある星鋳物の中でも最も凶暴との悪名が銀河四方に轟くのだ。

 そして電想通信に、法月八雲の哄笑が響いた。

「禁術ねえ。面白い手品じゃないか、新九郎」

「今度こそ最後の警告だ。八雲、そこで消し炭になりたくなければ投降しろ」

「まったく星鋳物というものは面白い機械だ。星をも滅ぼす超次元の力を持ちながら人の形に押し留められ、法と倫理で運用は雁字搦め。使う人間にまで明文化できない資格を求める。自らの正しさを主張しながら、姿は鬼や悪魔、何か悪しきものを模すのはなぜだ?」

「善き暴力などありはしないからだ。それと、悪しきものではない。畏るべきものだ」

「畏れとは、弱者が悪の存在を受け入れるために作り出した言い訳だ。そして善き暴力は、悪を打倒する」

 〈殲光〉が全身に装備した〈蒸奇爆砕銃剣〉が砂と崩れた。

 代わって装着点の積層装甲が外へと花開き、ひと回り大きく成長する。燦々と輝く左手首の宝玉。格闘戦の構えを取っていた〈闢光〉が一歩後退し、新九郎が目の前に立ち上がった警告を見て舌打ちした。

 宝玉と積層装甲の隙間から噴出した蒸奇が空中で次第に寄せ集まり、樹状の筋を作る。その結節点に、装甲ビルや路面の素材が次々とかき集められていく。

 同じだ。

 新九郎はクロックマンを介して、事前にある程度の〈殲光〉に関する資料を入手していた。もちろん、星鋳物の詳細性能は天樹の中でも最高機密であり、資料も黒塗りだらけで読後焼却しなければ処罰対象になるものだ。そしてその黒塗りの中には、前後の文脈から殲滅戦モードに関すると思われる記述もあった。

 そして眼前に広がる、〈闢光〉の〈禁術・朧諸星〉の発動時によく似た光景。

「そこまで制限を破っていたのか」

「君にできて、私にできないことはない」

 〈闢光〉の両脛の装甲がスライド展開し、内部から蒸奇光線砲を放った。だが二条の光線は〈殲光〉の機動薄膜に弾かれる。

 寄せ集まった蒸奇が〈殲光〉の左手で形を成す。尖端に矢羽のようなものがついた権丈だった。

 そして〈殲光〉が権丈を大地に突き立て、八雲が言った。

禁術・剣郷殲撃ソード・ハムレット

 地面から剣の森が生えた。

 空からは剣の雨。いずれも切先を下にし、地面のものは突き刺さり、空のものはこれから突き刺さる構えだった。材料を奪われた装甲ビルの中から元の建物が次々と顕になる。街そのものが白鋼の星鋳物の武器庫となり、雲より低い空を爆弾が埋め尽くす。剣はすべてが、〈蒸奇爆砕銃剣〉と同じもの。重力落下だけでも、建物に早坂あかりとその朋友の一族たるエゼイド星人が張った装甲を突き破れる。

 広い市街の方々で局所的に真空が発生し、梅雨の雨が嵐に変わる。

 銃剣の数は下に一〇八、上に一〇八、合わせて二一六。再びすべての市民を人質に取った八雲が、乾いた声で言った。

「うっかり何体か乱数化してしまったな。気の毒なことをした」

「殺したか」

「エゼイドと言ったか? なあに、元が不法移民だろう」

「それも命だ!」

「なら止めてみろ」〈殲光〉が権丈を抜き、片手で水平に構えた。「懐かしいな。大空襲のあの炎。あんなことが起こったのも、この星を我が物にせんと異星のクズどもが暗躍したせいだ。あの天樹のようにな」

「外道め。わかっていて、再びこの街を焼くのか」

「燃えれば人は思い知る。争いの元を締め出し、星を閉じることが平和への唯一の道だとね」

「依子ならそうは言わない。すべての知あるものが融和した世界こそが、彼女の願いだった」

「また女の話か。私を見ろ。私と戦え、新九郎!」

 〈殲光〉が手にした権丈を握り潰した。

 それを合図に空から一斉に降り注ぐ銃剣の雨。憲兵隊の超電装が銃口を上に向け、〈闢光〉の全身に配されたビームレンズが一斉に露出する。そして発動する、〈禁術・朧諸星〉。規格外の蒸奇機関が全力で稼働し、異星砂礫の市街が波打つ。市中すべての小規模蒸奇機関が誤作動を起こし、超電装が機能不全に陥る。素材の物質を取り合い、互いに中途半端に生成された銃剣とビームレンズが次々と砂になる。

 〈蒸奇爆砕銃剣〉の二本を地面から抜き、〈殲光〉が街路を突進する。

 右手に構えた偃月飾りから〈蒸奇殺刀〉を生成し、〈闢光〉が霞に構える。

「いい加減で目を覚ませ、八雲!」

「夢を見ているのは君だ、新九郎!」

 再び激突する二体の星鋳物。銃剣が唸り、光の刃が閃く――その頭上で飛び交う禁術対禁術。降り注ぐ無数の銃剣と網目のように放たれた無数の光線が踊り狂う。煙越しの朧な星空と、剣の町に降り注ぐ殲撃。禁じられた力同士の激突を嘆くように夕焼けが闇に落ち、太陽が西の空に沈む。

 爆炎が両者の姿を隠した。


 降ったり止んだりの雨が急に上がり、代わりに暴風が吹き荒れる。降り注ぐ無数の剣を撃ち落とし続ける無数の光線で空が半ば埋まる。風に袖を取られながら、早坂あかりは激突する二体の星鋳物と、無惨に装甲を剥ぎ取られた市街をビルの屋上から見た。

「三二〇個体消された」

「消されたって何が」隣の小林剣一が怪訝な顔になる。

「死んだ」

「人間がか?」

「違うよ。エゼイド星人。彼らの身体は信号のパターンなの。異星砂礫の電文書き換えなら影響はないし、〈闢光〉はラプラス・セーフティで知的な信号を避けてビームレンズを作ってる。でもあの〈殲光〉は、そんなのお構いなし。こんなのってないよ」

「泣くなよ? 泣いてる場合じゃねえからな」

「何それ! これ、虐殺だよ!? みんなには見えないかもしれないけど……」

「伏せろ!」

 背後に異様な気配を感じ、あかりはその場に屈む。頭上で小林の鋼鉄の拳が唸り、気配の主を打った。

 軍用筋電甲の剛力に頭部を破壊されて吹き飛ぶ銀色の小電装がいた。舞踏会仮面と安物の偽装皮膜が暴風に巻かれて飛んでいく。

 まさか、と呟き屋上の縁に取りつく小林。

「やべえ」

 遅れて追いつき、小林の目線を追うあかり。

 宵闇に沈もうとする眼下の街路に雲霞のごとく、大量の小電装が出現していた。

「どういうことだよ。こんな数、さっき超電装と一緒に出てきたにしちゃ……」

「複製したんだ。大半は実体のない蒸奇亡霊だけど……」

「殴られりゃ痛いし斬られりゃやられる」

「狙いはわたしたち?」

「違えよ、馬鹿」小林が機械の拳を開いて閉じた。「お前だ。お前がいなくなれば、帝都の盾が消えるからだ。エゼイドの兵隊は呼べねえのかよ」

「無理だよ! あれは遊戯用の分身だから、エゼイドのひとりに一体だし」

「よりによって俺だけか、ちきしょう」

 見下ろすふたり。見上げる無数の小電装。両者の目線が重なる。

 一秒。小電装の群れがけたたましい電子音を鳴らして蜘蛛のように装甲ビルの外壁を這い上る。

「どうするの?」

「やるしかねえだろ」小林が口の端で笑った。「俺が守る。お前には、指一本触れさせねえ」

「小林くん」

「なんだよ。お前も肚を括れよ。くそ、今のうちに言っとくけど、俺、お前のこと……」

「腕! 腕! 脚も!」

 直後、小林の身体が平衡を失って倒れた。

 右腕と左脚の筋電甲が砂になって分解されていく。そして砂は筋を描き、寄せ集まり、ふたりの前で再び凝集して形を成す。銀色の、装飾のない小電装。もはや人間に偽装すらしていない単純無機質な戦闘単位が、片膝立ちから身を起こす。

 手脚を服ごと失った小林の身体を支え、屋上の中心部へとあかりは後退する。

「おいおいおい、これどういうこったよ」と小林。

「わたしに訊かないでよ! 衣服も筋電甲も、知性体に深く結びついてる物質だから、そう簡単に転換できないはずだし……」

「そうじゃねえって」

「じゃあ何!?」

 四方から次々と現れる銀の小電装――獲物を前に手ぐすね。

 抱えられた小林が乾いた笑い声を上げた。

「これ、絶体絶命じゃねえか?」

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