19.幕が上がる

 難民として地球へ流れ着き長期に渡り潜伏の日々を送った被潜脳者は、法月八雲との接触により工作員となった。彼らが入手した指輪に転送用の量子座標として〈雲梯〉の格納庫を入力したのは八雲だ。数は一二人。ひとりにつき一体の超電装が現れる。

 全機操縦師つきでの転送。そして、内数機は兵員輸送コンテナを携えている。

 コンテナの扉が開くと同時に次々と現れては散らばっていく、小型軽量高出力の光線銃で武装した兵士たち。中心となるのは地球人の潜脳者だが、被征服星系人も含まれた。そして多数の小電装。地球側にとって都合が悪いことに、小電装には人間のように見える偽装皮膜が被せられた。本来少数しか存在しないはずの地球人を多人数に見せ、地球側の動きを止めることが目的だった。

 結果として帝都に次々と現れる舞踏会仮面の集団――偽装皮膜による顔面造形の粗を隠し、本物の地球人もその中に紛れる。

 帰還を考慮せず、自らの命を人質にとって行軍する兵士たち。彼らの目的は天樹転覆と〈奇跡の一族〉六号監視官の殺害である。しかし仮に失敗しても、〈奇跡の一族〉本人が文明間紛争に介入したならそれは間接統治の崩壊であり、汎銀河調停機構と星団評議会の正当性を揺るがせるに足る。

 帝都東京の通りは細く入り組んでおり、戦後の区画整理を経ても超電装が通行できる通りは少ない。そしてその多くは、陸軍憲兵隊の超電装により防衛線が築かれていた。しかし、軌道上から降下させると予測していた憲兵の配置思想に反し、チレイン全機が量子倉を経由した転送により帝都に出現した。即ち、少なくない数が、出現時点で防衛線を突破していた。数えて七機である。

 加えて憲兵を混乱させたのは、敵が用いた超電装だった。半数が四八式〈兼密〉だったのである。

 本来、艦載機として蒸奇光線砲ビームレンズの直接防衛・修復作業や、レンズ保護用の砲身の交換、場合によっては敵艦への直接攻撃に用いられる宇宙戦仕様である。だがすべてが姿勢制御用小型推進器を高トルク蒸奇モータに換装し、地上戦仕様になっていた。外観上の見分けがつかないのだ。

 西側では三機が防衛線内側に出現し、隅田川を越えて天樹へ迫る。対装甲体浮遊機とヘリが応戦し、ロケット弾と光線砲により一機の左腕部を破壊することに成功する。しかし自国土を部隊にした戦闘経験に乏しい帝国陸軍の指揮・判断は混乱し、超電装が放り投げた瓦礫でロータを損傷しヘリは全機墜落。浮遊機も接近した超電装の蒸奇機関による干渉のために制御不能に陥り、退避を余儀なくされた。しかし後方から追いついた五〇式〈震改〉の参戦により、防衛線が再構築される。

 二機が錦糸町方面から接近を試みるが、富士から駆り出された自走砲と憲兵隊の超電装による防衛線に押されて転進する。チレイン連合艦隊の制式機・コード66〈蜘蛛蜥蜴〉二機が天樹北東・京島の長屋街周辺に出現し、憲兵の超電装と交戦状態になる。そして両国国技館を背景とするように互いに二機の敵機と憲兵隊機が交戦開始し、もつれ合って隅田川へ転落。文字通りの泥仕合となる。

 いずれの戦場も超電装の性能では互角であり、空陸の戦力が連携した憲兵隊の奮戦により突破は許さない。出現した超電装部隊は次第に押され、憲兵隊の誘導により天樹西方の隅田川沿いへと追い詰められていく。機を見て皇居防衛に配置した部隊を東進させ、挟撃する目論見である。

 だが雷門前に新たに二機が出現し、状況は一変する。

 うち一機が背負っていた、大型のビームレンズのようなものから翠緑色の光の煙が生じ、集結した敵超電装部隊の一機一機にまとわりつく。

 その様を観察していた憲兵のひとりが、通信機へ向かって叫んだ。

「敵超電装は、破損部が蒸奇で自己修復する。繰り返す、敵は自己修復する!」

 蒸奇亡霊発生装置――星鋳物第A号〈斬光〉から強奪された装備のこの上ない悪用。


「悪いな、駿ちゃん」と財前剛太郎は言った。「お前さんの筋電甲より、まだ俺の生身の方が早えよ」

 機械の右手から銃を取り落しながらその場に倒れる門倉駿也。一方の財前の手には、早坂あかりから渡されていた電撃銃があった。

 しかし非殺傷武器を所持していたのは財前のみ。四方八方から上がる銃声に、不意を突かれた警官らが次々と斃れる。異星犯罪対策課の刑事と重装の機動隊員を合わせて三〇近くいたうち、潜脳された一〇名により六名が一度に銃撃を受け、残された一〇名余りは警邏車や装甲車を盾に味方だった警官らに銃口を向ける。

 鈍色の雲が塞ぐ空の下、普段は商店主や買い物客の活気ある声が飛び交うアメヤ横丁を銃声が埋め尽くす。鎧戸に刻まれる弾痕。割れて飛び散る硝子。

 財前が銃を抜けたのは、ひとえに早坂あかりの警告のためだった。彼女が地下へ向かう直前、財前に「門倉さんに気をつけて」と耳打ちしたのだ。

「確かによ、あいつは新九郎のこと、『先輩』なんて死んでも言わねえよ!」

 財前の電撃銃から放たれた光線が稲妻のように走り、潜脳された警官の肩を掠める。当たれば一撃で昏倒させられる武器だが、至近距離でなければ当てるのが難しいのだ。

 だが不意に、被潜脳者らの銃撃が止んだ。

 財前も残された警官隊に待ての手信号を送る。

 地下階段から街路へと現れる人影――法月八雲と早坂あかり。

 羽交い締めにされたあかり。八雲が手にした拳銃が、あかりの側頭部に突きつけられていた。

 あかりの胸元から飛び出したヘドロン飾りに光はなかった。

「すみません」とあかりが絞り出すように言った。「わたし、駄目でした。また……」

 一方の八雲が声高らかに命じる。「警官諸君。全員武器を捨てて整列したまえ。彼女の命が惜しいならな」

 警官らの目が一斉に現場指揮官の財前を見た。

 遠くで断続的に轟く爆発音。既に超電装同士の戦闘が繰り広げられている証だった。

 財前は弾痕だらけの警邏車の扉に背を預けて言った。「子供を盾に脅迫か? 仮にも帝国軍人のすることじゃねえな」

「彼女は君らの最大の戦力だろう。子供だから殺さないでやっている」

「半分は正しい。だが俺らは、その子だけに頼るつもりはねえ」

「なら頼みの綱は蒸奇探偵か?」

「それも違うな。平穏ってのは、俺ら自身の手で守ってこそ価値がある。ここんとこの俺らは、そういう簡単なことを忘れていた」

「この街の住民は、骨の髄まであの天樹に誑かされているようだな」八雲が一歩進み出る。「君らは家畜だ。自治という幻想を見せられているだけの。今の地球人は、保護区に閉じ込められ、見世物にされる少数民族と変わらない。我々は君らを解放するために、ここに来た」

「バカ言うんじゃねえよ。この街でホトケを拝むやつはいても、天樹を拝むやつはいねえ。みんな強かだからな。お前らより天樹の方がマシだから、従ってやってるだけだ」

「所詮は功利主義か。理念なき主義に、価値はない」

「悪いがこれ以上は、帝大卒同士でやってくれや」財前は大きく嘆息して続けた。「遅えぞ、新九郎」

 金属音が静まり返った街路に響いた。

 オイルライターの蓋を開け締めしながら、ブーツの靴音を鳴らして現れる、人並み外れた長身の男。

 書生じみた立て襟シャツの上に地味な藍色の着物。擦り切れだらけのねずみ色の袴に、これも履き込まれた茶色い革のブーツ。ぼさぼさの髪を中折れ帽で押さえつけた男は、懐から取り出した煙草に火を点ける。

 胸元に輝く流星徽章は、この街を守る特定侵略行為等監視取締官の証。

 蒸奇探偵、伊瀬新九郎だった。

「遅くなりました。ちょいと野暮用でね」煙を吐きつつ新九郎は言った。「厄介なことになってますね」

「悪いな。またお前さんの出番になりそうだ」

「頼ってくださいよ。僕とあんたの仲じゃありませんか。……苦労をかけるね、早坂くん」

 あかりはまた消え入りそうな声で応じる。「すみません、先生。わたしじゃ無理でした」

「いや、これからさ」おもむろに一歩踏み出す新九郎。「八雲。彼女を解放しろ」

「従う理由がどこにある?」銃口をあかりに押しつける八雲。

「お前の目的は、僕と戦うことだろう」

「ああそうだ。私は君と戦うために、ここに来た」

「僕もだ」新九郎の煙草の先が赤々と光る。「お前の目的は果たされた。違うか?」

「だが、私は我が朋友たるチレインのために、この街の欺瞞を……」

「それはお前の本心じゃない、八雲」

 探偵と助手が目配せを交わした。

 財前も、沈黙を保つ敵味方に分かたれた警官たちも、そして法月八雲でさえも気づかない、一瞬の交錯だった。

「お前の本心は、僕と戦うことだ。それ以外はどうでもいいんだ」

「君はどうなんだ、新九郎」

「同じだよ。お前が一番大事なんだと」新九郎は火の着いた煙草を捨てた。「……気づくのが遅すぎた」

「あの女さえいなければ」

「彼女はもういない」

「私は」銃口があかりの頭を離れる。「君に負けたくなかった。だが勝ちたくもなかった」

「僕もさ。僕らは正反対だった。でも、だからこそ、似ていた。認めたくないほどに」

「互いさえあればいいのが、君と私だったんだ」

 八雲が天を仰ぎ、あかりが戒めを解いて走り出す。その胸元のヘドロン飾りが仄かな光を放ちつつ変形を繰り返す。

 新九郎ひとりの説得は届かない。

 そしてあかりひとりの潜脳解除も届かない。

 それでも、ふたりなら届く。

 新九郎が作り出した小波を、あかりの思念が大きなうねりへと変える。

 八雲が俯き、目を伏せる。新九郎の傍らへと辿り着くあかり。固唾を呑んで見守る警官隊。

「お前が望むなら僕は戦う。だが星鋳物は要らない」新九郎はあかりを背に庇う。「八雲。その流星徽章を捨てろ。それは、僕らには必要ないものだ」

「そうだな」と八雲。左の指先が流星徽章に触れた。「君の言うことはいつも正しかった」

「八雲」

「だから、腹が立つ」八雲が顔を上げた。

 徽章が滑らかに変形し、左手首を彩る腕輪になった。

「……ここまでか!」

 新九郎の右手が同じく流星徽章に触れ、変形して現れた黒縁の眼鏡をかけた。

「先生。諦めないでください、先生!」

「君はよくやった。だが相手が悪い。天秤がどちらに傾いても、あいつは戦いを望んでいる」新九郎は帽子を取り、あかりの頭に被せた。「預かっていてくれ」

「そうだ! 勝ちもせず、負けもせぬなら戦い続けるしかない! 私と君は、そういう星の下に生まれた!」

 八雲が左腕を掲げる。

 新九郎の指先が眼鏡に触れる。

 被せられた帽子を片手で確かめ、あかりが言った。

「無事のお帰りを」

「誓おう」

 そして男と男が互いに歩み寄る。

 法月八雲――口元に笑み。

 伊瀬新九郎――眦に嘆き。

星鋳物ホーリーレリクス第J号ナンバージャック殲光アナイアレイター〉」

星鋳物ホーリーレリクス第七号ナンバーセブン闢光クラウドバスター〉」

「剣よ来たれ!」

「鎧よ来たれ!」

 そして降臨する黒白の悪鬼と悪魔。ありえざる虹の光が暗い茜の曇り空を裂いた。

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