9.闢光墜つ

 憲兵と警察、消防は混乱の只中にあった。

 事前に定めていた警備計画では、職員と学生を立入禁止にして無人にした帝大内で決着を着ける予定だった。仮に法月八雲が星鋳物を呼んだとしても、すべての門を塞いだ超電装で敷地内に封じ込め、新九郎と〈闢光〉が撃破する手筈だった。

 だが今、〈闢光〉は苦戦を強いられていた。

「あんな人質取られたら手出しできねえだろ、ズルだぜ」と言ったのは、小林剣一である。憲兵の狙撃手を救出した彼だったが、機甲化少年挺身隊に次の指示は下らなかった。超電装が立て続けに撃破されたこともあり、憲兵の指揮系統も乱れに乱れ、組織だった行動が行えない状態にあった。そこで顔見知りを見つけ、寄ってきたのである。

「さすがにあの銃剣には手出しできませんわ」

「こっちが消し炭になっちまう」

 横転した軍の車両の上で言葉を交わす、二ッ森凍と焔の双子姉妹。彼女らの目線の先で、体当たりを受けた〈闢光〉が仰向けに倒れた。

 全身に人質を取った〈殲光〉に近接格闘戦を挑むも、銃剣に刺激を与えまいとするあまり満足に戦えず、単純な出力なら勝るはずの〈闢光〉が弾き飛ばされたのだ。

 街路に並ぶ建物の窓辺には不安気に戦いの行方を見守る市民の姿。軍により屋内待機を命じられた人々が今、伊瀬新九郎の新たな人質になってしまっていた。

 騒然と、半ば呆然となる警官隊と憲兵隊は、あまりの事態に普段の対立も忘れている。その中心に立つ財前剛太郎と門倉駿也もまた、恐慌に陥る寸前だった。

「どうする。市民を逃がすか? だが……」

「次に二体の星鋳物が右に行くか、左に行くかもわかりません。どちらに誘導すれば……」

「残った軍の超電装に袋叩きにさせるにしても、少なからず犠牲が出る」

「にもかかわらず、勝てる保障はないどころか、敗色濃厚」門倉の長過ぎる前髪が収まるところを見失っていた。「くそ。あの探偵め、偉そうに戦闘は僕に任せろと言っておいて……」

「やめろ、駿ちゃん。やつも全力を尽くしている」

「……すみません」

 四方八方で繰り広げられる答えの出ない議論。

 その波の中をすり抜ける、黒い司祭服の大男がいることに、誰も気づかなかった。

 鼻緒が汗染みに汚れた雪駄の足音が軽やかに鳴る。無造作に結ばれた縮れた白髪が、馬の尾のように揺れる。乾いた唇に煙の昇る煙草。年の頃は還暦の少し下だが、日に焼けた赤銅色の肌は年齢を感じさせない。

 そしてその男は、背中に十字に組んだ大小の刀を背負っていた。

 男は、喧騒の中に停められた警邏車に近づき、おもむろに後部座席を開いた。

「やあ、お嬢ちゃん」

「ひっ」

「なんでえ、そんな怖がることねえじゃねえの。俺、聖職者よ。教会には見放されても、主はいつも俺を見てくださってる」

「な、な、なんですか、あなた」お嬢ちゃんと呼ばれた少女は、早坂あかりである。隣には彼女の保護を命じられた交通課の婦警がいたが、大男は婦警の方は意にも介さなかった。

「この近くに、北條の古い屋敷跡があんだろ。公園にしようって話だが、建物を残すの残さないので揉めて立入禁止になってる。そこを使いな」

「使うって……」

「帝大は壊した後の被害が計り知れねえが、お屋敷跡なら文化財が潰れるだけだ。なあに、天樹が寸分違わず元通りにしてくれるさ。お巡りと兵隊ども使って、あそこに〈闢光〉と〈殲光〉を誘き寄せるんだ」

 あかりは目を瞬かせた。「あなた、何者ですか」

「俺がガキの頃に大震災があってな。その時、あそこに避難したことがあるからだよ。お嬢ちゃん知ってっか?」

 呆気に取られている婦警の手をすり抜け、あかりは車を降りた。「教科書で見ました」

「それと、あの坊主も、お巡りどもも、止められるのは〈闢光〉だけと思ってるだろうが……どっちかというとお嬢ちゃんの方だと、俺も思うぜ」

「いや、だからあなたは……」

「ほら行った行った」男はあかりの背を押した。「悪ぃが俺は、万が一に備えなきゃなんねえ。後は任せたぜ」

「ちょっと、あの……」

 あかりは振り返る。

 大男の姿はどこにもなかった。

 今は追っている余裕はなかった。あかりは財前に駆け寄って言った。

「北條の古いお屋敷です! 先生を誘導しましょう!」


 刃渡りを短くした〈蒸奇殺刀〉で四方八方から迫る刃を受ける。ほぼ常時立ち上がるラプラス・セーフティの警告。少しでも太刀筋を誤れば取り込まれた憲兵を殺害しかねず、そして〈殲光〉を操る法月八雲も一角の剣術遣い。追い詰められるのも道理だった。

 〈殲光〉の全身から飛び出す銃剣を捌き切れず、〈闢光〉の黒鋼に次々と刀傷が刻まれる。強力な光波防壁に包まれた刃は、〈斬光〉落下の一件で防壁の弱まった翠玉宇宙超鋼を切り裂くことができる。当然貫くことも可能であり、貫いた状態で爆破されれば、装甲は内側から弾け飛ぶ。ちょうど、〈斬光〉に刻まれていたありえない損傷のように。

 防戦一方。帝大の敷地から表通りに追いやられる。肘や膝に固定された状態で突き出され、振るわれる刃を避け、姿勢が乱れた〈闢光〉。その隙に、〈殲光〉の細い脚から蹴りが繰り出された。

 腹部に直撃。弱々しい見た目とは裏腹に、巨体を飛行させる反重力の乗った一撃は、この上なく重い。蒸奇機関の出力が一時的に低下し、黒鋼の破片が路面に散乱する。

 顔路樹を薙ぎ倒しながら仰向けに転倒する〈闢光〉。路上駐車していた車がひっくり返り、強力なふたつの蒸奇機関から発せられるオルゴン排気の煽りを受けて形を失った異星砂礫が砂埃となる。

 ラプラス・セーフティの警告は次第に発報が遅く、数が少なく、程度が低くなっていた。全身の翠玉宇宙超鋼をパンチカードにする〈闢光〉の電子頭脳も認めつつあった。殺さなければ勝てないと。

 だがそれは、新九郎にとって、最も受け入れてはならない現実だった。

 憲兵と反りが合わないのは事実。しかし犠牲にしていいわけではない。彼らもまたこの街を守る力の一部であり、そして同時に、新九郎が守るべき、この街の市民のひとりだった。

 星鋳物の刃は、決して小さく弱い者に向けられてはならない。それが新九郎がこの仕事を天樹から請けた時に定め、決して曲げないと誓った主義なのだ。

 その時、立ち上がろうとした〈闢光〉の頭上に影が差した。

「聴こえるか、蒸奇探偵」

 建物を飛び越えて現れる五〇式〈震改〉。だが頭部がない。他でもない新九郎が兜を落とした一機で、失われた視界を操縦席前面扉を引き千切ることで確保していた。

 さらに四方から四八式〈兼密〉が接近。探信儀に浮かぶ九つの光点。帝大を包囲していた一一機のうち、〈殲光〉に撃破された二機を除く九機が集結しようとしていた。

 九機。

 新九郎は、彼らの狙いに気づいて叫んだ。

「やめろ! 家族を泣かせるな!」

「我らではやつに勝てない」〈兼密〉の操縦師らしき別の声が応じた。「だがあなたに、全力を出させることはできる」

 立ち上がろうとした〈闢光〉の喉元に、蒸奇を放つ〈震改〉の刀が突きつけられた。

「この距離ならば、星鋳物とて無事では済むまい」

「待て! 何か手が……」

 一機目の〈兼密〉が〈殲光〉に到達し、いとも容易く右肘の銃剣で腹部を貫かれる。だが灰色の両手はその刃を抜かれまいと力の限り掴む。

 〈殲光〉の肘から抜ける銃剣――直後に爆散。操縦師ひとりと、銃剣の中に囚われていた憲兵ひとりの命が炎の中に消えた。

 続けて二機目と三機目。一方は右膝、もう一方は左手の銃剣に貫かれる。

 憲兵を人質を取られ、ラプラス・セーフティの影響で〈闢光〉が満足に戦えないのなら、憲兵の超電装で捨て身の攻撃を仕掛け、銃剣を使わせてしまえばいい。

 敵が九つの命を盾にするなら、九機の超電装でその命を使い切らせてしまえばいい。

 侮るなという言葉。即ち、役目のためにならいつ命を落としても構わないという覚悟。

 灰色の鉄狒々が白鋼の悪魔に取りついては爆散し、その命が燃えていく。

「せめて名を教えてくれ」

「名乗るほどの者ではない」

 最後の一機となった〈震改〉が、刀を八相に構えて〈殲光〉へと突撃する。

 一合、刀と銃剣が蒸奇の青い火花を散らし、そして銃剣が爆発する。取り込まれていた憲兵ごと、〈震改〉の刀が折れた。

 次いで〈殲光〉の左手首の宝玉が光り、両手の爪を立てた突きが〈震改〉の装甲を破る。そして灰色の部品が分解され、銃剣へと姿を変えていく。中の操縦師を取り込みながら。

 だが、新たな人質を得たはずの〈殲光〉の動きが止まった。

 名乗りもしなかったその操縦師は、既に懐刀を喉に突き刺し、事切れていた。

 代わりに〈震改〉の背を貫き、翠に輝く蒸奇の刃が〈殲光〉の頭部に迫った。

「蒸奇殺法、兜落とし」

「……見事だ、新九郎!」

 物言わぬ機械の塊を貫いて繰り出された〈蒸奇殺刀〉の切先が、山羊の角の一方を斬り落としていた。

 だが、一手、浅い。

 崩折れる灰色の侍。そして再び対峙する二機の星鋳物。次々に生成される赤錆の刃と光の一刀の応酬に、薄暗い梅雨空の帝都が炎と染まる。

 爆音の中をすり抜けるように、いけ好かない時計男からの電想通信が飛び込んだ。

「スターダスター、聴こえますか。いい知らせです」

「これ以下があるなら知りたいね!」

「湯島天神北の旧北條邸庭園へ後退してください。経路上の市民は憲兵と警察、消防が避難させています。多少、建物を壊しても構いません」

「なるほど、あそこなら」

 投擲された銃剣を叩き落とす。路面に突き刺さり爆発。足元を乱された〈闢光〉が後退する。その背には湯島天神と、北側に開けた庭園と邸宅が見える。

 通りの左右の建物から警察に追い立てられるように逃げ出す市民たち。その中に知った顔を見つけた。学生時代によく通った店の店主夫妻だった。記憶の中にあるより随分と老けていた。

 彼らの名を、新九郎は知らない。

 たった今死んだ憲兵の名も、新九郎は知らない。

 両手の刀を逆手持ちにした〈殲光〉が間合いを詰めてくる。新九郎は眼鏡の上に重なる画面の一点に意識を集中させ、〈蒸奇殺刀〉の固体化度の調整への電想操作介入度を高める。翠の炎から透き通る光の刃へ変わり、銃剣の針鼠のようになった〈殲光〉を受け止める。

「なあ八雲。このへんに定食屋があったの、覚えているか」

「君は餃子ひと皿で飯を丼二杯も食べていた」

「金がなくてなあ。ニラレバ炒めとビールが贅沢だった」

「酒については経済的だったじゃないか、君は」

 銃剣の一本が爆発し、装甲を削り取られた〈闢光〉が後退する。ビルの屋上で二ッ森凍が刀を振り回している。湯島天神の方向を指し示している。

 三四郎池のほとりで夜の虫が鳴き始めると、決まって続きは近くの定食屋で、となった。脂と煙草の臭いが染み付いた、飲み屋と定食屋の間の子のような店で、夜は酒も出した。当時から下戸だった新九郎はビールをグラスに一杯飲めばろれつが回らなくなり、それで八雲との議論はいつも決着が着かずに終わっていた。一番奥のテーブルが新九郎たちの指定席だった。ふたりだけの時もあれば、武志や雪枝が顔を出すこともあった。もちろん依子も。そんな日々が続いたある日、いつものように飲めない酒で前後不覚になった新九郎が池之端の下宿で目覚めると、隣に依子が眠っていた。互いに裸だった。それで夜の出来事を思い出した。特に、ニラレバ臭いよ、と理不尽に怒られたことを。その日は講義を欠席して続きをした。新九郎はとっくの昔に、聡明だが気安く、行動力はあるが危なっかしく、縁もゆかりもない人のためにも必死になれる彼女に惹かれていた。それはかつて母とふたり暮らした家をよく訪れていた母のかつての仕事仲間や、母を慕う後輩たちの中にはないものだった。

 なぜこんなことをしたのかと訊くと、依子は「気づいてなかったの?」と応じた。それからばつが悪そうに目を伏せ、「実は、法月くんにつきあって欲しいって言われた」と続けた。それで彼女は、曖昧な三人組の中で、一方の男のことを密かに好きでいることをやめた。やめざるを得なくなった。そして新九郎と八雲の間には、見えない溝が生まれた。女ひとりと男ふたり。男と女が愛し合うことで、共通の友を失った。そして新九郎と八雲が互いを認め、いがみ合わず、普通の友達同士になって欲しいという依子の願いは、決して叶わなくなった。

「あの店で潰れた君を介抱するのは、いつの間にか私ではなく、依子の役目になっていた。だから私は焦ったんだ」

 気づいていた。

 八雲が依子に惹かれていることも、その依子から助けを求めるような、何かを期待するような目線を向けられていることも。三人でいる時にいつも飲めないと知っている酒を飲んだのは、三人の間で行き交う感情のもつれを忘れ、いつか来る終わりから目を背けるためだった。

 〈殲光〉が次々と投擲する銃剣を叩き落とすこと十数度。ついに〈闢光〉の左腕が音を上げた。特大の警報音とともに関節部から異音が鳴り、小爆発を起こすと力を失う。星鋳物はみな、外装した蒸奇電装によって〈奇跡の一族〉の遺体を刺激し、意識が上位世界へ旅立ったが肉体としては滅んでいない彼らの力を引き出している。その蒸奇電装が、応急処置状態での度重なる衝撃に耐えかねて破損したのだ。

 そして続けて投擲された一本が、〈闢光〉の左肩鎧に突き刺さった。

 もしもペンローズ・バリアに十分な出力があれば、投擲程度では貫けない。接近して突き刺したとしても、切先が少し潜り込むのが関の山だ。だがそれでさえ、〈斬光〉の装甲を破った。そして〈闢光〉の左腕部は機能停止によりペンローズ・バリアが消失しており、蒸奇兵器や蒸奇獣の攻撃ならば容易く破れる状態だった。

 赤錆色の刀身が赤熱する。咄嗟に鎧を切り離すと同時に蒸奇爆発し、決して砕けないはずの翠玉宇宙超鋼が内側から爆破されて真っ二つになる。落下した破片の一方が、湯島天神の銅鳥居を無惨に倒壊させた。

 だが、足場は整った。

「もう終わりにしよう、八雲」と新九郎は言った。

 湯島天神から通り一本隔てた向かい。北條財閥が売りに出し、今は国が管理しているが再開発と文化財保存の間で揉めて立入禁止の国有地になっている、旧北條邸庭園。雑草が生い茂り見る影もなくなった芝生を、黒鋼の足が踏んだ。

 左肩の鎧を失い、左腕が垂れ下がり、全身に刀傷と爆破痕。左頬が煤けて焼けた〈闢光〉の姿は、これまで帝都の市民が目にしたことがないほど、傷ついていた。

 それでも右手の刀は輝きを失わず、震えひとつなく片手正眼に構えられている。

 一方の〈殲光〉は無傷。だが新九郎だけにわかる異変があった。

 呻き声と、呼吸だ。

 電想通信越しの八雲の呼吸は明らかに乱れていた。そして通信に苦しむような呻き声が乗っていた。電想運転の副作用による脳負荷の影響がようやく現れたのだ。

 つまり、互いに傷を負いながらも、戦力は未だに伯仲。

 浮遊する〈殲光〉の両手に二刀が生成される。

 睨み合う両者は言葉なしに悟る。次の一合で勝負は決すると。

「ひとつ、教えろ」と八雲が言った。「?」

「守ってみせる。お前からも、お前の後ろにいるチレインとかいう……」

「違う。依子だ。君は守ると約束した。私が軍に入隊する日。君らは四人揃って見送りに来た。私は君らから逃げ出したかったというのに。私は依子を幸せにしろと言った。君は彼女は僕が必ず守ると言った。なぜ守れなかった? なぜ死んだ? なぜ彼女はここにいない? 想像しなかったか? 超光速通信が敷設されて、私はこの八年の出来事に翻弄された。その中で一番大きかったことは、蒸奇探偵と〈闢光〉の大活躍などではない。栗山依子の死だ。彼女は死んで、君はのうのうと生きさばらえて、快刀乱麻の蒸奇探偵などと新聞に持て囃されていい気分か? 女を売った女の子に、女が守れるか? そうだ。もう終わりだ、新九郎」

 八雲は、新九郎の生まれのことを、荒川の決闘を最後に決して口にしなかった。むしろ、成績優秀で教授にも目をかけられていた新九郎に後ろ指差す学生を叩きのめそうとして、依子や武志に止められたこともあったほどだった。生まれや環境に理由を求めることを許さない誇り高さを持っていたのが、法月八雲という男だった。

 だが、これもまた八雲だ。

 八雲ではないが、八雲だ。

 そして二体の星鋳物が同時に動く。


 〈闢光〉が刀を振り被る――/――〈殲光〉の機体が四五度前傾する。

 翠の炎に転じた刃が一〇〇米ほども伸びる――/――左右の腕を交叉し、切先が背中に隠れる。

 天から落ちる雷のような初の太刀――/――弓から放たれた矢のような突撃。


「蒸奇殺法、十文字斬り!」

「死ね、売女の子め!」


 炎から翠の刃へと転じる一刀――/――二刀をX字に斬り上げる。

 爆圧に弾き返される〈蒸奇殺刀〉――/――爆散し消滅する二刀。

 大地を踏み締め刀を返して背を向けながら一回転する〈闢光〉――/――速度を上げて懐へと飛び込む〈殲光〉。

 再び炎から刃へ形を変えながら横薙ぎの二の太刀――/――二刀を再構築し左右から再びX字の二の太刀。


 最大出力で駆動した規格外の蒸奇機関から発せられた蒸奇が、降り注いでいた雨を散らす。旧北條邸の窓硝子が砕け、化粧スレートが屋根から吹き飛ばされる。周囲に詰めていた警察車両が横転し、千切れた電線が死に際の蛇のように暴れ回る。

 腕を交叉し肘が地面に触れるほど前傾した姿勢で静止する〈殲光〉。

 刀を横に薙いだ姿勢で静止する〈闢光〉。

 〈殲光〉の銃剣が崩れ、〈闢光〉の刀が砕けた。

 固唾を呑む警官たち。憲兵。二ッ森姉妹。市民。彼らの願いはひとつだった。

 だが裏切られた。

 姿勢を戻した〈殲光〉が手を伸ばし、爪の先で〈闢光〉の胸元を軽く押した。

 何物をも通さない黒鋼が四つに割れた。

 胸部から腹部にかけての翠玉宇宙超鋼の装甲板が切断され、次々とぬかるんだ芝生に落ちた。そして直立していた〈闢光〉の巨体が次第に後ろに傾き、力尽きて仰向けに倒れた。

 斬り裂かれた装甲板と蒸奇電装の下から、揺れ動く虹色を纏った銀色の軟体が露出していた。星鋳物の骨格たる、〈奇跡の一族〉の遺体だった。その鳩尾辺りに埋め込まれた操縦席の内扉を押し開け、帽子を被った書生服姿の長身の男が這い出し、頭上の白鋼を見上げる。伊瀬新九郎だった。

 〈殲光〉が降り注ぐ雨に天を仰いだ。そして外部拡声器越しに八雲が宣する。

「蒸奇殺法、敗れたり!」

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