8.果し合い

 頭部に脳がある。二本の脚と二本の腕を持つ。〈奇跡の一族〉と地球人類には共通点が多い。感覚器官の数と位置も似通っている。ゆえに、地球人類であれば、電想操作の優先度を高める調整を行えば、さしたる訓練を経なくても熟練のスターダスターと互角以上に戦える。

 特殊な作戦目的のため、〈殲光〉が量子倉を繋いでいたのは〈雲梯〉の格納庫であり、艦には複数の蒸奇技師が同乗していた。彼ら全員がチレイン星人の潜脳を受けたとすれば、全設定の初期化も可能だ。地球人類に合わせた操縦装置の改修も行わずに済む。

 だが、電想運転は操縦師の脳にかかる負荷が大きい。少なくとも、地球製の電想機では、超電装の完全電想運転は不可能だ。憲兵の超電装もそれは同じであり、運転操作の大半を操縦師の技術に依存している。

 つまり、今の〈殲光〉は長期戦になるほど不利になる。

 だが手負いの〈闢光〉とてそれは同じだ。

 鍔迫り合いが解け、〈蒸奇殺刀〉から刃こぼれした蒸奇の切片が舗装に突き刺さった。

 超電装の巨体にはおよそ似つかわしくない速度で繰り広げられる剣の応酬。手数で攻める〈殲光〉と、確実な防御からの逆襲の一刀を狙う〈闢光〉の戦いは伯仲する。軍の飛行禁止も無視して上空を飛ぶ新聞社のヘリ。避難の範囲を拡大しようにも多すぎる住民の誘導先を見つけられない警察。

 〈闢光〉の右肩鎧と左胸部からは煙が上がり、応急処置のみを施された状態で酷使された左腕部からは異常な振動が発生している。対する〈殲光〉は、表面上はほぼ無傷。戦況は守るものが多すぎる新九郎の不利に傾きつつあった。

「もうよせ、八雲」と新九郎が言い、〈闢光〉が刀を霞に構える。「これ以上はお前が壊れてしまう」

「敵に同情か。あの決闘の時もそうだった」八雲が応じ、〈殲光〉が右手を上段、左手を中段に二刀を構える。「君は常に敵を侮る。この街での〈闢光〉の戦いもそうだ。君は追い詰められるまで、決して刀を抜かない」

「その考え方は際限ない軍拡に繋がり、やがて最高意志決定機関は軍部の傀儡に成り果てる」

「勝てばいい。勝ち続けるならば、軍事政権は国家に有益だ」

「勝ち続けることなどできない。文民に統制されない軍は、いつか勝てない戦争を勝てると誤認するからだ」

「ならばチレインの母星を先制攻撃する今の星団評議会は?」

「議論は理想を、行動は現実を見るべきだ」

「懐かしいな、新九郎。昔に戻ったようだ」

「ああそうだ。僕たちはいつでも昔に戻れる」

「いや、戻れんさ。君はもう、三〇になってしまったから」

 〈殲光〉が予備動作なしで加速し、二刀の斬撃が〈闢光〉に迫った。

 突きを捌き、上段からの打ち込みを受け、跳ね返す。返す突きが〈殲光〉の左肩の装甲を抉り取った。

 だが〈殲光〉は突きを受けた勢いを殺さずに独楽のように回転。遠心力をつけた小太刀が、刀を引ききらない〈闢光〉へと繰り出される。

 続けざまの二太刀が、〈闢光〉の右籠手と右肩の鎧に刀傷を刻んだ。〈蒸奇爆砕銃剣〉の表面には強力な光波防壁が展開されており、その光波防壁が弱まった〈闢光〉の翠玉宇宙超鋼なら、傷つけることができるのだ。

 数合打ち合いまた距離を取る。その間に、〈殲光〉の傷口が修復されていく。

 このままでは不利になる一方。新九郎が歯噛みした、その時。

 地鳴りとともに憲兵の超電装が現れる。刺股を背負った灰色の機械の狒々、四八式〈兼密〉が三機に、刀を携えた裃の侍、五〇式〈震改〉が二機。

 うち〈震改〉の一機から無線通信が入った。

「助太刀させていただく、伊瀬新九郎どの」

「よせ! 君らの機体では……」

「我々にも挟持がある」言うが早いが〈震改〉の刀に蒸奇の光が宿った。「あなたが天樹を守るなら、陛下の御膝元を守るのは我らの御役目。加えてあれは、身内の恥!」

 後方に陣取った〈兼密〉二機の小銃射撃に援護されながら、前衛の〈兼密〉が走行姿勢から直立へ移行。背負った刺股を構えて突進する。そしてもう一機の〈震改〉が、抜身の刀を手に帝大図書館の上から飛び降りる。

 帝国陸軍でも最精鋭の集う超電装部隊による連携攻撃。

 だが、その全てが無為に終わった。

 対超電装用の大口径徹甲弾は、翠玉宇宙超鋼に易々と弾かれる。

 刺股の突撃は〈殲光〉の踊るような動きに軽々と躱される。

 飛び降りの蒸奇斬撃も空を切る。

 そしてすれ違いざまの一閃。〈殲光〉の刃が、〈兼密〉の胸部操縦席を深々と貫いた。

 通信に乗る、操縦師の名と階級を呼ぶ叫び。痙攣する〈兼密〉。

 さらに銃剣が赤熱。〈殲光〉が手を離して機体を引く。

 銃剣が爆発し、轟音とともに〈兼密〉の上半身が粉々になって四散した。

 周辺の物質を分解して無理矢理取り込み、再構築して光波防壁で固めたものが、〈殲光〉の銃剣だ。その光波防壁が消滅すれば、押し留める力を失った構成物質は元に戻ろうとし、結果として爆散する。ゆえに〈蒸奇爆砕銃剣オルゴン・ベイオネット〉。そして失った刀は、何度でも再構築することができる。

 仇を取らんと刀を振り下ろす〈震改〉。だが〈殲光〉の二刀が容易く受け止める。そして赤熱、爆散。宇宙超鋼の刀が折れ、即座に再構築された二刀が〈震改〉の裃を模した両肩を刺し貫いて、帝大図書館の外壁に磔にする。直後に爆散し、外壁を巻き添えにして〈震改〉の両腕が肩から落ちた。

 一瞬の迷いもなく、後方の〈兼密〉二機と、指揮官らしき〈震改〉が進み出る。

「仇は取ってくれ、蒸奇探偵」

「よせと言った!」

 〈闢光〉の一太刀――〈震改〉の頭部が斬り落とされて芝生に落ちた。

 右胸部からの蒸奇光線を連射しながら、〈闢光〉が灰色の残骸を踏み分けて前進する。数秒置きに跳ね返される光線を斬り払い、悪鬼の左右に炎が上がる。

 爆発の煽りを受け、図書館に火の手が回る。

 よく、本を借りた。金銭的に裕福とは言い難かった新九郎は、高価な書物を買い揃えることができず、課題や討論会の度に図書館の一席に根を張った。いつしか新九郎のふたつ隣の、互いの姿は見えるが言葉は交わせない場所に、八雲が陣取るようになった。そして新九郎の斜向いには、依子が座るようになった。八雲は家が裕福だから本でもなんでも不自由せずに買えるが、その環境の差を言い訳にはしたくないから自分も図書館に通うようにしたのだと、新九郎は依子から聞いた。依子が潜め声で何か言い、それに新九郎が応じると、八雲はこれ見よがしに舌打ちした。図書館は静粛に。正しいのはいつも八雲の方だった。

 もちろん時には、文学や通俗小説の類も読んだ。多くは依子の影響だった。本の貸出人欄には、法月八雲と伊瀬新九郎の名前が並んだ。

 いつまでも張り合ってないで、素直になりなよ、と依子は言っていた。君ら、結構馬が合うと思うよ、とも。

 一番正しいのは依子だった。

 〈殲光〉が銃剣を投擲する。新九郎が見切り、電子頭脳がその見切りを動きに変え、光の刀が飛来する銃剣を叩き落とす。次々と上がる爆炎。その影を背負った〈闢光〉が、大上段からの刀を振り下ろす。

 激烈な一太刀。〈殲光〉の二刀の防御ごと振り抜き、浮遊する白い悪魔が後退する。

 さらに進み出て一太刀。蒸奇の青い火花が散る。

 三度上段――新九郎が言った。

「蒸奇殺法、鬼ノ爪」

 太刀筋が空を斬った。

 割れた雨筋を再び雨が埋め、落ちた雫が水溜りに跳ねた。

 そして一秒。

 〈殲光〉の機体が突如として後方へ吹き飛び、二刀を取り落しながら帝大の敷地外壁に背中から衝突して突き破った。

 崩れた瓦礫が白い悪魔の姿を半ば埋め、吹き飛んだ残骸で敷地外で待機していた憲兵の車両が横転する。

「刀傷を作らない暗殺剣を元に、刃を通さない相手を斬るための技に作り変えたものだ」新九郎の言葉に合わせて〈闢光〉が歩みを進める。「ここまでだ、八雲。星鋳物を捨てて投降しろ」

 外壁まで歩み寄り、仰向けに倒れた〈殲光〉に光の刀を突きつける。

 新九郎は勝利を確信しなかった。ただ、これで終わることを祈っていた。

 だが、聞こえたのは高笑いだった。

「やっと遣ったな、新九郎」

「動くな。ラプラス・セーフティはお前を生かさない。だが投降するなら、命は取らない」

「蒸奇殺法。そのまやかしのような剣術。生身の人間相手に遣ったのは、師を除けば私が初めてだと言っていたな」

「あの一度きりだ」

 瓦礫を跳ね上げ、〈殲光〉の右手が〈蒸奇殺刀〉の刀身を掴んだ。

「なら二度目を遣わせてやる」

「妙な真似はやめろ、八雲!」

 刀を引き、突き入れようとする。全く同時に、〈殲光〉の左手首の腕輪が目が眩むほどの輝きを放った。

 再び、周辺の物質が分解されて再構築される。

 かくなる上は致し方なし。今度こそ斬り捨てるつもりで、〈闢光〉が刀を振り被った。

 だが、その動きが止まった。

 新九郎の眼前を埋め尽くしたのは、ラプラス・セーフティの発動警告。咄嗟に刀を引く。

 光が収まる。

 立ち上がった〈殲光〉の全身に、錆びた鉄の色をした〈蒸奇爆砕銃剣〉が再び生成されていた。両膝、両肘、両肩、腰の後ろに尻尾のようにひとつ。そして両手に二刀。数えて九つ。奇しくも、〈闢光〉の全身に配された蒸奇光線砲と同じ数。

 そして全ての銃剣の中に、たった今まで地上にいた憲兵が生きたまま取り込まれていた。

 九つの叫び。九つの目線。その全てが、星鋳物〈闢光〉と、この街を守る快刀乱麻の蒸奇探偵に助けを求めていた。

「命を盾に取られれば苦戦していたな。記録で見た。あの合体鋼人クロームキャスターとやらだ」

「畜生道に堕ちたか」

「君に出会ったあの日からな」八雲は鼻で笑う。「なあに。自己の保全が脅かされるなら、ラプラス・セーフティは解除されるのだろう?」

「もう黙れ」

「さあ新九郎、私を存分に斬ってみたまえ。君の自慢の蒸奇殺法で」

「黙れと言った!」

 〈蒸奇殺刀〉の刀身が翠の炎に転じた。

 怒れる悪鬼と嗤う悪魔。両者の放つ蒸奇オルゴンの風が、帝都の空に嵐を呼ぶ。

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