3.敵は同族

 偃月飾りを懸架した天樹の飛行円盤が低速で錦糸公園の上空に到達。作業員らの誘導に従って荷を下ろし、天樹へと帰投していく。警察、消防、軍、報道、合わせて三〇台以上にもなる車両と、数えて五台の飛行円盤やヘリコプターが、倒れた第A号ナンバーエース〈斬光〉と、主を降ろして仁王立ちする第七号ナンバーセブン〈闢光〉を取り囲んでいた。

 野次馬を追い散らす警察と憲兵隊。しかし一方では、星鋳物に興味津々な様子の軍の技術士官が、身長が倍ほどもある天樹の蒸奇技官に追い払われている。

 消火と冷却のための大量の散水が水溜りを作らずに異星砂礫の下へと染み込んでいく。引かれた規制線の内側で煙草を吹かす男、伊瀬新九郎の耳に、故障寸前の空冷四気筒ボクサーエンジンの立てるばたついた情けない音が聞こえた。

 曲がりなりにも工業大国・独逸ドイツ製だが、あまりにも気の毒な使われ方のために錆と継ぎ接ぎだらけになったボロ車が停まり、運転席から刀を手にした水兵服の女が現れる。そして助手席からは制服の女学生。二ッ森凍と早坂あかりである。

「大活躍でしたわね」と凍。

「君らのおかげさ」

「人命救助なら喜んで。天樹に取りなして下さいな」

「もちろん」と新九郎。訳あって非合法な生体兵器である二ツ森姉妹は、社会貢献活動を点数化したものの合計が一定値に達することをもって生存・生活が天樹に保障され、その社会貢献活動の内多くを占めるのが新九郎を経由した特定侵略行為等監視取締に伴う警備業務の一部委託なのだ。

 そしてあかりが携えていたものを差し出した。

「先生、お帽子です」

「おお、ありがとう」

「ご無事なんですか? 向こうの操縦師の方」

「少なくとも、僕が捕まえる直前までは。緊急事態でも冷静な判断力を失わず、完璧なタイミングでペンローズ・バリアを解除していた。こちらの光線砲の射線に軌道を合わせるような調整もしていた。優秀だよ」

「乗降口は開きましたの?」と凍。

「ちょいと見に行こうか」

 新九郎が帽子を被る。すると目の前に一陣の旋風が吹いた。

「危ないじゃないか」

「そこで見ていましたので、大丈夫です」空間を切り取りながら出現したクロックマンは悪びれる様子もなかった。「ご案内しましょう」

 クロックマンが先に立ち、新九郎とあかりがその後。凍は念のための護衛役である。焔はどうしたのかと新九郎が訊くと、凍は「お助けしたご老人を一時避難先まで送りに行っています」と応えた。「そういうことはお姉さまの方が得意なのですわ」とも。

 倒れ伏した星鋳物第A号〈斬光〉は、第七号と同じ星鋳物といえども見た目も装備もまるで違った。

「頭巾とマント型の装備が特徴です」とクロックマン。「切れ込みの先端に、ビームレンズのようなものが見えますか? 数えて七つ。あれが〈蒸奇亡霊〉の発生装置です」

「亡霊?」

「分身するのですよ」

「そりゃすごい」新九郎は口笛を吹く。「しかしいいのか。機密だろう」

「オフレコで、と言いたいところですが」クロックマンは文字盤を左右へ向ける。「この見通しの良さでは、機密も何もありません。それに我が主は、信頼は情報公開からのみ生まれるという考えの持ち主です」

 するとあかりが口を挟む。「……六つしかないですよ? その、オルゴン・ゴーストでしたっけ、の発生装置」

「破壊されたのでしょう」

「そうでしょうか」と今度は凍。鞘の先で、〈斬光〉のマントの裾を指した。「基部から切断されていますわ。機密の塊が、機能を保ったまま、宇宙のどこかを漂流しているかもしれませんわよ」

「あるいは強奪されたか」新九郎は煙草に火を点ける。「教えてくれてもいいだろう。まさか星鋳物ともあろうものが、この地球というデリケートな星に、事故で落下してくるわけがない。こいつは一体、何と戦ったんだ?」

 クロックマンはすぐには応じず、黙って歩みを進める。

 だが手を伸ばせば翠玉宇宙超鋼に触れられるところまで近づいたところで、渋々といった様子で秒針を震わせた。

「恐らくは、星鋳物です」

「星鋳物同士が?」

「〈斬光〉は、度重なる侵略行為により星団評議会の非難決議を受け、それでも尚周辺星系への侵攻を止めなかったとある星人の星系へ、調査に赴いていました。チレイン星人といいます。名前はご存知でしょう」

「潜脳者の集団か。聞いたことがある」

「潜脳?」とあかりが首を傾げる。

「知的活動を行う生物の意識に同化し、乗っ取ることで自己の版図を広げる、厄介な連中さ。彼らはそれを正当な播種活動、要は僕らが子を産み、育てることと同じ、生物として当たり前の活動だと主張している。汎銀河調停機構が主導した経済制裁により人的交流を断ち、封じ込めを行っていると聞いたが」

「詳しいですね」

「いや、僕は一応、特定侵略行為等監視取締官だからね」風下へ向けて煙を吐き、新九郎はクロックマンを見た。「そんな連中の支配宙域に単機で向かわせたのか。いくら星鋳物といえど、物量で攻められたらスターダスターが保たないぞ」

「当初は単機ではなかったのです。〈斬光〉の派遣前に、星団評議会は極秘裏に少数の精鋭部隊を派遣していました。目的は、チレイン星人の母星攻撃です」

「それは……先制攻撃を?」

「ええ。ですから、極秘裏です。銀河四方、宇宙八方の平和と安全を乱す存在、ですが精鋭部隊を潜行させ、首都と星の指導者層を壊滅させれば、一時的にでも彼らの言う播種活動を中断させることができる。その間に包囲網を再構築し、チレイン星を封鎖。外交手段により侵略行為の放棄を認めさせる。強引ですが、すでに一〇の文明が彼らに征服され、自由意志を失って隷属を余儀なくされているのです。もはや猶予はありませんでした。ですが……皆様、少し跳んでいただいても?」

 クロックマンは上を指差している。全員、その言葉に従い息を合わせて跳ぶと、次の瞬間、足元は碧鋼色。地面から〈斬光〉の膝の上へと空間を飛び越えていた。

「……便利ですねえ」とあかり。

「何事も、楽できるのはいいことですわね」と凍。彼女なら自分の脚でも容易に飛び移れる。

「ですが、の続きは?」

 新九郎が促すと、クロックマンは煤けた碧鋼色の装甲の上を胸部へ向かって歩き始める。

「その精鋭部隊からの連絡が途絶えました。二日前のことです。星団評議会は事態を重く見ました。部隊には、星鋳物第J号ナンバージャック〈殲光〉が帯同していたためです。そして派遣されていたのは、星団評議会平和維持軍、第三〇三特務隊。ご存知でしょう、スターダスター」

「……我らが帝国宇宙軍からの出向組か」

「出向って……地球人がそんな、極秘任務に?」

 色をなくしたあかりに、新九郎は言った。「戦闘単位として、地球人と地球の武器は極めて優秀なんだよ。だから超光速通信網の敷設許可がグモ星人から降りていない状態にもかかわらず、平和維持軍に組み込まれた。何せ〈雲梯くものはしだて〉の戦術決戦砲の威力は蒸奇殺砲に匹敵するからね。ほら、この前巨大メカ小林くんに使ったやつ。覚えているだろう」

「夢の中だけじゃなかったんですか、あれ。ていうかなんでちょっと楽しそうなんですか」

「楽しくはないよ……」

「男の人は幾つになっても超電装スーパーロボットがお好きなのですわ。大めに見てあげなさいな」凍が至って冷たく言った。「〈雲梯〉の主砲……旋条波動蒸奇二連砲Twin Rifling Orgon Wave Cannon、ですわね。戦後にあんなものを建造したのは、如何なものかと思いますわ」

 クロックマンが咳払いとばかりに時計の針を忙しなく鳴らした。「……〈斬光〉の派遣は、連絡が途絶えた〈殲光〉と三〇三特務隊の調査のためでした。いざとなれば一対多の戦闘もこなすことができ、操縦師も熟達者。物量で押されても、蒸気亡霊があれば離脱可能。彼と〈斬光〉以上の適任はありませんでした。しかしご覧の有様。〈斬光〉とあなたの〈闢光〉が真正面から戦えば、恐らくは〈闢光〉が勝るでしょう。しかし〈斬光〉は搦手が得意で、逃げ足も優れている。それがこの有様です。ただの蒸奇兵器が相手とは考えられません」

「最悪ですわね」と凍が舌打ちする。

「ああ。状況から言って、〈殲光〉が敵に奪取され、反撃されたとしか考えられない」

「その通りです。しかもその奪取した何者かは、熟達者が操る〈斬光〉をこうも無惨に撃破するほどの手練です。それ自体が、本来ありえないのです」

「ありえるぞ。最悪の中の最悪を想定すればね」新九郎は二本目の煙草を取り出した。「操縦系は本来の操縦師に合わせて調整されていたはずだ。だから基本的には、身体の構造が異なり身体認識が違う別種族には扱えない。J号のスターダスターはどんな星人だった?」

「やじろべえのような姿です。脚が退化した種族ですので、〈殲光〉も脚を使いません。重力下では浮遊します。ですから似た形態の種族でなければ、本来は指一本動かすこともできないはずです。それが〈斬光〉を下すとすれば……」

 閃いたらしきあかりが言った。「直立二足歩行で腕が二本ある種族」

 新九郎は煙を吐く。「そう。操縦系を初期化すれば、〈奇跡の一族〉と同じく直立二足歩行で腕が二本ある種族には、電想制御で扱える。即ち」

「敵は地球人、ということですわね」凍が吐き捨てるように言い、足を止めた。「確かに最悪」

 ちょうど〈斬光〉の喉元だった。

 天樹の生まれも姿も様々な蒸奇技官らが、乗降口周辺でクロックマンを待ち受けていた。銀河標準語C種で交わされる会話の内容は、新九郎にはわからなかった。

「翠玉宇宙超鋼があちこちで破られてるそうです」とあかりが新九郎に耳打ちする。「爆発物を中に仕込まれたみたいだ、って言ってます」

「ピンからキリまでありえない尽くめだね」新九郎は煙と共に深呼吸した。「参ったな。これは確かに、阿呆は僕の方かもしれない」

 凍が整った眉根を寄せた。「どういうことですの」

「中の人に聞こう」新九郎は煙草を捨てた。

 技官と話していたクロックマンが新九郎を見た。「開きます」

 凍が刀を居合に構え、あかりが一歩下がる。新九郎は流星徽章を叩き、内部から現れた蒸奇封瓶を割った。

 黒い煙が形を成し、足元に現れる〈黒星号〉。唸り声を上げて、〈斬光〉の乗降口を睨む。

「うわ、この子普通の犬の大きさにもなるんですか」

「あまり大きさに意味はないからねえ」と新九郎。

 気密が解放されて扉が開き、ボンベや医療機器を抱えた医官が操縦席内部から一体の生物を抱え上げた。

 その生物は、形を見定められぬほどの一瞬の間に姿を変える。

 青い肌の人間だった。

「不定形擬態生物か」新九郎は〈黒星号〉の鼻先に手を差し出して制し、前へ進み出る。「炭素系かケイ素系か、酸素を交換するのか窒素か知らないが、呼吸は問題ないようだね。話せるか?」

「お前は」とあろうことか日本語で、青い肌の男が言った。

「伊瀬新九郎と覚えていただこう」

「ならお前が」

「この星の特定侵略行為等監視取締官だ」

「愚か者め」男は医官らを振り払い、新九郎に掴みかかった。

 刀を抜きそうになる凍と飛びかかろうとする〈黒星号〉を制し、新九郎は言った。

「事情を聞かせてくれるか」

「〈殲光〉が来る」

 それだけ言うと、男の手から力が抜けてその場に崩折れた。

 医官に任せて新九郎は場所を空け、煙草に火を点ける。

 何者かに奪取され、手練が操る〈斬光〉を下すほどの脅威となった星鋳物第J号〈殲光〉。

 そしてこの星で唯一にして最大の対抗手段である〈闢光〉は今、深く傷ついていた。

 夕陽の代わりに再び空から落ちた雨粒が、新九郎の手にした煙草の火を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る