12.今日もから騒ぎ

 正午の鐘が鳴った。

 〈震改〉に支えられていた紫電一閃が、馬鹿みたいに巨大な犬に取りつかれて盛大に倒れた。

 騒然となる憲兵。後退する挺身隊の少年たちと入れ替わるように、小銃を構えた陸軍憲兵隊が前進。だが一糸乱れずとはいかず、四方八方から断続的な発砲音が上がる。

 威嚇の吠え声を上げてその兵士らに飛びかかろうとする〈黒星号〉。だがビルの屋上から新九郎が叫んだ。

「待て! ステイ!」

 〈黒星号〉が素直に伏せの構えになる。雨あられと浴びせかけられる弾丸。そして刺股を構えた〈兼密〉が迫る。

「あのー、先生」とあかりが言った。「なんなんですかこれは……」

「犬だ。見てわからないか」新九郎は眼下を見たまま応じた。「超電装には反撃していい! 行け!」

 途端に黒犬が身を翻す。刺股を躱して〈兼密〉に取りつき、灰色の装甲に牙を立てる。

 引き剥がされる装甲。倒れた鉄狒々を踏み台にして、〈黒星号〉は再び〈震改〉へと迫った。

 だが〈震改〉もさる者。抜き放った宇宙超鋼の刀を青眼に構えれば、〈黒星号〉も距離を取って足を止める。

 猛犬の獰猛な唸りと、侍の襟巻から放出されるオルゴンの光。

「面倒なことになるぞ」と沖津が言った。「いくら君とはいえ、軍と事を構えては……」

「それは承知ですが、こうするしかないのです」新九郎は頭上の毒雲を見上げる。「あれに穏便にお帰りいただけるなら、人間同士が多少喧嘩しても大した話ではありません」

「多少……?」あかりが引きつった笑みになる。

 〈震改〉の刀に光が集う。そして大上段から振り下ろせば、打ち込みが光の衝撃波となって放たれた。

 横っ飛びに躱す〈黒星号〉。代わりに斬撃を受けた建物の建材が砕け、兵士たちの上に硝子の破片が降り注ぐ。

「……やりすぎたか」

「ええ、その通りです。スターダスター」新九郎の背後で声がした。

 振り返れば、顔の代わりに銀時計を首に載せた男。

 天樹の遣い、クロックマンだった。

「早かったね」

「あなたがやりすぎるからです」

「始末を頼めるか?」

「私では荷が勝ちます」クロックマンが指を鳴らす。

 丸の内のビル街に、突如として影が落ちた。

 現れたのは、赤く発光する巨大な鉱石だった。陸軍憲兵隊の兵士も、挺身隊の少年たちも、二ッ森姉妹も、そして四機の超電装の頭部もそれを見上げ、武器を収める。

 まるでカットされる前のルビーの原石のような姿。「これって」とあかりが呟く。

 以前、新九郎はあかりをこの鉱石の内部へと連れて行ったことがある。彼女が帝都へやってきた翌日の昼のこと。そしてふたりで、七日につき三分間しか謁見の叶わない支配者に相対した。

 新九郎は空の封瓶を翳す。すると、大人しくお座りの姿勢だった〈黒星号〉が、再び黒い蒸奇へと戻って瓶の中に吸い込まれた。

 新九郎は帽子を取った。

 軍に銃を引かせかつ、伊瀬新九郎に帽子を取らせて頭を垂れさせる存在は、この街にひとつしかない。

 新九郎は瓶を流星徽章の中に収めて言った。

「まさか自らお出ましか。六号監視官」


 午後。伊瀬新九郎と早坂あかりは、再び多くの客を出迎えていた。

 〈純喫茶・熊猫〉に集った友人、知人、仕事仲間。皆が一様に、新九郎とあかりに怪訝な目を向けている。もちろん例外はある。目の代わりに長針と短針がついている、クロックマンである。また、事後処理のために現場に残った軍関係者と、開店準備のために出てこられない〈紅山楼〉の関係者の姿はない。

 それで、と二ッ森凍が沈黙を破った。

「話はわかりました。あれは謎のガス状生命体が操る超電装。これを仮にG星人としましょう。そのG星人はここ、帝都東京に何らかの目的を持って潜伏し、先生とその周辺人物の精神を走査していると考えられる」

「で、やっこさんは潜伏できているつもりだから……」焔が後を継いだ。「事を荒立てずに帰ってもらうために、攻撃しないべきと」

「頭隠してなんとやら、ってやつか」肩を竦める財前剛太郎。警備の間はきっちり締めていたネクタイの首元が緩んでいる。「じゃあ俺らは、をしてればいいってわけか?」

 一同、再びの沈黙。

 新九郎は肯定するでも否定するでもなく、のんびりと煙草を吹かす。

 時計の秒針が時を刻む音が、静まり返った店内にやけに大きく響いた。

 再度沈黙を破ったのは、給仕服に身を包んだルーラ壱式小電装だった。

「性に合わぬな。侍なら正々堂々と戦うべきだ」

「お前は黙ってろ」胸を張る自称・呂場ろば鳥守理久之進とりのかみりくのしんを肘で突く焔。

 すると、理久之進は「熱い!」と悲鳴を上げ、飛び跳ねるようにして壁際に逃れた。火が苦手な彼にとって、二ッ森焔も天敵のひとりのようだった。

 新九郎は一同を見回し、それからクロックマンを見て言った。

「法解釈を訊きたい」

「法、ですか」

「ああ。あの雲の行為は特定侵略行為に該当するか?」

「微妙ですね」

「どういうことだ」門倉が口を挟む。「また働かない言い訳か」

「その通り、と言いたいところだが」新九郎は灰皿に煙草の灰を落とした。「領土の保全、政治・経済の独立に対する、星団憲章と両立しない武力の行使または武装の教唆、特に発展途上文明に対するものは、これを固く禁ずる」

「星団憲章第九条ですね」とあかり。

「そうだ。思うにこの……G星人か。彼らは、他のどの星団憲章にも違反していない。あるとすれば、不法入星くらいか?」

「その件ですが」とクロックマン。「正規の手続きが踏まれています。ゼベンン星人と名乗っていますね。一応星団評議会も認知するガス状生命体で、超電装は移動用として事前登録されています。書類審査もパスしています。目的は観光とありますね」

「またお得意のザル審査か」

「ですがこれを規制していては小型星人は小電装を市街で用いることができません。正常な経済活動の妨げとなります。実際、移動しているだけですので……」

「つーかよ、書類調べるだけならなんで今までわかんなかったんだよ」焔が不満を滲ませた。「雲。ガス。それっぽいやつの入星手続きが出されてるか、真っ先に調べてもいいだろ」

「調べましたが、漏れていました。何せ申請の日付は一年以上前でしたので」

「……計画的犯行」と門倉が呟く。

 新九郎も煙草を吹かしつつ言った。「遮蔽装置まで手配して隠していた件で攻撃を許可できないか?」

「地球を一歩出れば一般的な品ですので」

「……手に入れるのは難しいんじゃなかったのか」

 すると唯一、新九郎を訪ねてきたのではなく呼び出された側である井ノ内河津が、いつものように手拭で汗を拭きつつ応じた。

「いえ、はい、まあ、わたくしにも商売がございますので。はい。地球上で手に入らないのは事実でございまして、はい、決して広告に偽りありというわけでは……持ち込むのが難しいのは本当でございます。ええ、あ……いえいえ、これは決して、決してわたくしが持ち込んだという意味ではなく、お縄だけはご勘弁を……」

 幾分小さくなったカエルを文字盤でひと睨みしてからクロックマンが続けた。

「このゼベンン星人ですが、資料によりますと面白い習性があります。極めて共感性が強いのです」

「テレパシーでも使うのか」

「もっと自己犠牲的です。物質を半ば解脱した生態のためと考えられておりますが、他の知的生命体の思念に感化されがちなのです」

「今のやつも何者かに感化されていると?」

「ともすれば」

「では僕らはその何者か、を探らなければならないということか」

「ちょっと待ってください」あかりが、悠然と椅子に座ったままの新九郎を見下ろして言った。「あれとはまともな会話が成り立ちませんでした。一〇〇歩譲ってゼベンン星人の人がいるってのはいいとして、その後ろの誰かの意思なんて……」

「正攻法が駄目なら搦手だ」新九郎は煙草を消して立ち上がった。「井ノ内さん。今日中に急いで用意して欲しい物があります」

 カエルの鼻先がぴくりと震えた。「ええ、なんなりとお申しつけください、はい。できればそれでお縄の方は、帳消しということで……」

「それと、早坂くん」

「はい」

「……は?」

 目が点になるあかり。

 そのあかりの目をじっと見ている新九郎。

 一同静止。そしてややあってから、カウンターでずっと大人しくしていた大熊武志が言った。

「お前、いつの間にそんな年下趣味に……」

 そして時が動き出した。

 二ッ森焔の銃口が新九郎の側頭部に、凍の刃が喉元に突きつけられる。門倉が手錠を取り出し、配管から炎が吹き出して虎の形になる。給仕服の小電装も同じく両手を虎の構え。

 壁際に追い詰められた新九郎は両手を挙げて言った。

「ちょっと待て。違う。話を聞け。誤解だ!」


 夜。人気の薄れた鬼灯探偵事務所。

 新九郎は応接机に置いた、頭部に装着する装置を指差して言った。

「ご覧の通りの電想機だ」

「人の意識活動というものはつまるところ電気信号に置き換えられるわけでして、その電気信号を抽出することで、身体を持つ知的生命体は自らの似姿である巨大な超電装スーパーロボットを操縦する助けとします。もちろん、〈闢光〉を初めとする星鋳物に用いられている天樹製のものに比べればこいつはかなり原始的でして、素材は憲兵隊の超電装に使われているものをちょろまかしまして……」一日もかからずにそれを用意してみせた井ノ内河津が、いつものように手拭を片手に続ける。「しかしある部分においては天樹のものを上回っています。電子的に作られた感覚の再現です。これはウラメヤの悪い娯楽に用いられている技術の流用ですが……つまりですね、これの目的は、伊瀬の旦那がご覧になっている夢を、電気信号として吸い出して、これを早坂さんの脳に送り込む。一方で早坂さんの感覚を伊瀬の旦那へと逆流もさせることで、おふたりに同じ夢を一緒にご覧いただくことなわけです。はい」

「それはわかったんですけど」あかりはひと組の電想機の一方を取り上げる。するともう一方も持ち上がる。「……この信号線、もう少し長くできないんですか」

「通信規格が独特でして。すぐに用意できるのはその長さしか……」

「でもこれ頭に着けるんですよね。この長さじゃ……」あかりは電想機を見、次いで新九郎を見、露骨に嫌そうな顔になる。

 長さ、おおよそ二〇糎。自然、同じ寝台を使うことになる。寝返りを打てば頭がぶつかる距離になってしまうのだ。

「困ったな」腕組みになる新九郎。「昼間に手を尽くしてもゼベンン星人とやらと会話が成り立たないなら、夜、少なくともやつが僕の意識に接続していることが明らかな時に話しかけてみるのが一番の近道だ。そのためには早坂くんが僕の見せられている妙な夢に入ってくる必要がある。異存あるかい?」

「それはないですけど」

「なら駄々をこねないでくれ。もう一五だろう」

「だから嫌なんです!」

 井ノ内が心なしか萎みながら言った。「いやねえ、旦那。しかしねえ、早坂さんの仰ることもわかりますよ。いくら大義名分があるとはいえ、年頃の娘さんとひとつ布団でお休みになるってえのは、ちょっと……」

「まだ一五の娘に何をする気にもならんよ」

「舌の根も! 乾かぬうちに!」

 すると通りに面した窓が引き千切れんばかりの勢いで外側から開いた。現れたのは二ッ森凍。さも当然のように抜き身の刀を手にしている。

「あかりちゃん! 大丈夫?」

「大丈夫です、取り乱しました」

「何かあったらすぐ叫んでね」

 続けて同じ窓から二ッ森焔が顔を出す。「俺が二秒でそのクソ野郎を灰にしてやるからな」

「わたくしなら一秒で氷漬けにして差し上げますわ」

「なら俺は〇.五秒で……」

「君ら、建造物侵入罪だぞ」煙草片手に新九郎は言った。「というか、どこにいたんだ……」

「改造人間にそれを訊くのは野暮ってもんだぜ」

「ではまた後ほど」

 ひらひらと手を振る凍。そしてふたり揃ってまた窓の外へと消えた。

 井ノ内が喉を鳴らした。人間でいうところの、肩を竦める仕草である。「次は何が出るんですか、伊瀬の旦那」

「あんなものがいくつも出てたまるか」

「そいではわたくしはここらで」どっこいしょ、と今度は嫌に人間じみた仕草で立ち上がる井ノ内。「明日の朝、一式回収に参ります」

「なんだ、くれるんじゃないのか」

「勘弁してくだせえ。商品です。貸出ですよ。それもタダで。これも地球の平和のためでございますから、はい。わたくしにもね、生活がございまして、はい」

 最後まで手拭を手放さず、井ノ内は扉の向こうに消えた。

 残された新九郎はあかりと顔を見合わせる。

「それじゃあ、地球の平和を守るとしようか」

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