15.真打登場 其の2

 亜音速電磁抜刀装置・紫電一閃。五〇式〈震改〉専用として北條重工が開発した、対超電装用近接格闘装備である。

 外観は、鞘にしては大きすぎる、長方形の箱である。その本体同様の塗装が施された左右の外板が切り離され、冷却機構と電磁加速機構、そして内部で浮くように収まった宇宙超鋼の刀身が姿を見せる。先日の電装王者エレカイザーⅡ世戦では内部の刀のみでの出撃だったが、完膚なきまでの敗北と世論の非難を受けて、今回は使用が許可されたのである。

 その〈震改〉の正面に、乗っ取られた〈兼密・銀〉が迫った。

 健在の〈兼密〉が刺股を手に立ち塞がる。すると、後方の合体鋼人クロームキャスターが右腕を振り被る。

 十分な間合い。だが、振り下ろした右腕が、ゴムのように伸びる。

 関節部の液体金属が伸長して〈兼密〉を殴打したのだ。

 姿勢を乱したところに操られた〈兼密・銀〉が迫り、刺股を奪う。そして今度はクロームキャスターから平手の右手が伸び、頭部を掴んでもぎ取った。

 更に〈兼密・銀〉により刺股を腹部に突き立てられ、機能停止し横転。

 だが、時間稼ぎとしては十分だった。

 起動してから初回使用までに数分の充填時間を要するのが、紫電一閃の特徴であり、弱点でもある。だが一度充填してしまえば、この刃に砕けぬものはない。

 二機を向こうに回し、〈震改〉が板撥条の脚を踏み出す。

 その時、〈震改〉の操縦師の男は、遥か下方の地上にあるものを見た。

 逃げ惑う工場の従業員や地域住民。そして脆い木造家屋の数々。ここは天樹の魔法が届かなぬ地。壊しても一昼夜のうちに元通りになる帝都八百八町からは、荒川を挟んで対岸である。

 だが、操縦師の男は、上官より必ず敵を仕留めよ、手段は問わんとの厳命を受けていた。

 かくして刃は抜き放たれる。

 クロームキャスターが再び伸びる腕の拳撃を放ったのと、全く同時。

 宇宙超鋼の刀が超電磁コイルにより一瞬で音速の〇.八倍まで加速。その名の通りの紫電を散らして、〈震改〉が必殺の居合斬りを放った。

 一閃――右腕への反動が駆動体の流体オルゴンを伝搬し、光混じりの蒸奇となって、侍の裃のように尖った右肩背面のスリットから放出される。そして超高速で巨大な刀が抜き放たれたために生じた衝撃波と、過熱した宇宙超鋼の周辺に発生したプラズマが一迅の暴風となって吹き荒れた。

 覚束ない足取りで接近していた〈兼密〉と、その背後から伸びていたクロームキャスターの腕が切り裂かれる。屋根瓦が吹き飛び、街路樹の葉が灰に変わり、野鳥が次々と地面に落ちる。

 だが、足元の人々や建物自体は無事だった。

 彼らの頭上に、空を塞ぐように発生した泡のような構造物が、衝撃波を寸でのところで防いだのだ。

 泡が蒸発すれば、停止した四輪車と単車の上に女がひとりずつ。共に中指を立てた手を〈震改〉へと向けていた。

 だが、彼女らの威勢もそこまでのようだった。

 車の屋根に乗った銀髪の女、二ッ森凍は膝を屈し、左手の刀を支えにどうにか倒れずにいる。単車に乗った赤毛の女、二ッ森焔は、転げ落ちそうなところを相伴する少年に抱きとめられていた。

 刀筋に沿って切断されて崩れる〈兼密・銀〉。

 一方のクロームキャスターは、切り落とされた自身の腕を億劫そうに拾った。

 そして切断面同士を押しつける。すると、見る間に成長した液体金属が腕を接いだ。

 右手を握って開くことを繰り返し、銀色般若の顔が、〈震改〉を睨み据えた。

 焦った操縦師は抜き放ったままの刀を納める。今度は胴体を両断すべく、〈震改〉が歩みを進める。一度充填すれば、紫電一閃は三回までの連続発動が可能なのだ。

 接近。クロームキャスターが左右の腕を力こぶを作るように構える。

 〈震改〉の右手が柄を握り締める。

 放たれれば再び衝撃波が地上を襲う。二ッ森焔が歯軋りし、二ッ森凍が無理に立ち上がろうとして姿勢を崩す。

 その時だった。

 ニの太刀を放とうとしていた〈震改〉の頭上から虹色の光が降り注ぎ、稲光が散った。空間が裂け、星虹の彼方から降下する黒鋼の悪鬼――その名も星鋳物第七号・〈闢光〉。

 人々が口々に叫ぶ。あれこそ〈闢光〉。電装王者を打ち倒した帝都の守護神。蒸奇探偵。そして――「ぶつかる!」

 量子倉が閉じて自然落下した〈闢光〉は、刀を抜き放とうとする〈震改〉をその巨体で情け容赦なく踏み倒した。


 〈闢光〉の腹中、袖を襷にかけて戦闘態勢の伊瀬新九郎。四方の画面と眼鏡の上に戦況と武装の準備状況、識別された敵性体との距離が次々と表示される。

 一応〈震改〉と通信回線を繋ぎ、「すまんが弁えたまえ」と一言。回線を切断し、紫電一閃を踏み潰す。

 外部カメラが地上の様子を捉える。二ッ森焔と二ッ森凍が、激しく消耗しながらも親指を立てた拳を掲げていた。

 新九郎は安堵の息をつくと、眼前の合体鋼人クロームキャスターへ通信回線を繋いだ。

「答えろ、井端仁。そこにいるんだろう」

 雑音の嵐が次第に晴れ、仁の声が応じた。「ああ、俺だよ。探偵さん」

「奥さんの人形もそこにいるのか」

「いかにも」と今度は井端早苗――ルーラ壱式の合成音声が応じた。「あんたは私らに勝てないよ、蒸奇探偵」

「黙れ。亡き妻の姿で実直だった男を誘惑し、自らの尖兵とする。のみならず、貴様らはルーラ壱式の本来あるべき理想、地球人類が内に秘めた気高さまで歪め、愚弄した」〈闢光〉が拳を構えた。「まさに鬼畜の所業。天が許しても、この僕が許さん」

 仁の声が応じた。「へえ。星団憲章何条とやらはいいのかい」

「それはもう済んだ」

 〈闢光〉の両眼に搭載された知性体センサが、あらゆる電波や放射線を遮蔽するクロームキャスターの全身を走査。操縦席の位置を知らせた。胸部である。

 地響きを上げて、翠の怒りを燃やした黒鋼の悪鬼が吠えた。

 応えて伸長する銀の両腕を鞭のように使った打撃を繰り出すクロームキャスター。

 だが、〈闢光〉は止まらない。

 何度打たれても止まらない。

 装甲に傷ひとつ刻まれることもなく、黒鋼の拳がクロームキャスターの銀塗り般若の顔面を殴打した。

 姿勢を乱すクロームキャスター。するとその右腕が今度は〈闢光〉の左前腕に巻きつく。

 魔水銀の侵食――だがこれも〈闢光〉は跳ね除ける。

 装甲表面に展開された光波防壁ペンローズ・バリアが、ありとあらゆる知性あるものの侵入を阻んだのだ。

 すると巻きついた液体金属紐の締めつけが強まる。だがそれを物ともせず、〈闢光〉の左篭手が展開する。

 締めつけとスライド機構の力比べ。火花の散るせめぎ合いに勝利したのは、〈闢光〉だった。

 ビームレンズが露出。そして敢えて収束させない翠白色の光線が、扇のように広域放射された。

 切断されるクロームキャスターの右腕。接ぐ間も与えず〈闢光〉が接近する。

 工場の鋼材や建物の建材を寄せ集めた外殻に、〈闢光〉の拳がめり込んだ。右の直拳が液体金属でしなる左腕の防御ごとクロームキャスターの肩部を叩き、左の曲拳が脇腹を捉える。

 そして腰溜めに引いた黒鋼の拳が、クロームキャスターの腹部を打ち上げようとした時だった。

 〈闢光〉の操縦席に警報音が鳴り響いた。

 新九郎の眼鏡に映し出されたもの――未来予測に基づく回避可能な殺傷の防止装置ラプラス・セーフティの作動を知らせる表示。

 咄嗟に拳を引き、知性体センサが銀に包まれた巨体を再走査する。

「貴様ら」と新九郎が呟いた。

 胸部にあったはずの操縦席が、腹部へと移動していた。そして、腹部周辺の外殻が取り除かれていた。

 〈闢光〉の豪腕で殴れば、井端仁を殺害してしまう。

「悪いが探偵さん、こいつの操縦席は変幻自在だ」と仁が言った。「本当は彩子を使うつもりだったんだよ。あんたも男だ。顔も頭もいい二六の女を殴るのは躊躇うだろうて」

「星鋳物第一の弱点、ラプラス・セーフティ。第二の弱点、伊瀬新九郎」井端早苗を騙る魔水銀が言葉を継いだ。「あたしらがあの子を鬼灯探偵事務所に送り込んだのは、あんたをあの子に思い入れさせるためさ。そっちは失敗しちまったみたいだけど、第一だけで十分さあ!」

「おかしいと思わなかったか? なぜ、人質のはずの彩子をわざわざ現場へ連れてくるのか」

「外道め」

「なんとでも言いな、天樹の狗め!」半ば偽装が解けた早苗の声。

 クロームキャスターの左腕が、〈闢光〉の顔面を強かに打った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る