14.登場、合体鋼人クロームキャスター
「ふざけるな」忘れられた煙草から灰が落ちる。「死んだ人間は蘇らない。そいつは、限りなく人間らしく動くだけの、化けの皮を被ったロボットだ!」
「わかってるさ。だがこいつの人工知能は特別製だ」傍らに寄り添う、妻の似姿の肩を抱き、仁は応じた。「身体も。毎日毎日少しずつ、早苗になっていくんだよ」
「だからといって……」
「あんたも!」仁が凄むと、新九郎は言葉を途絶えさせる。「あんたも、奥さんを亡くしてるんだろ、探偵さん」
「そんなまがいもののために、連中と手を組んだのか」
「あいつらと一緒なら、俺はすべてを取り戻せる。左手も、技も、新商品を作る頭も、死んだ妻も全部!」
「そんなまやかしになんの意味がある!」
「知らねえやつにはわからねえ」仁は不敵に、だが少し寂しげに笑った。「あんたの好きな、煙草のようにな」
それが最後だった。
女――井端仁の妻、早苗の似姿たるルーラ壱式は、仁を抱えて跳躍する。
同時に、凍と睨み合っていた〈聞かざる〉がコンテナ内へと飛び込み、中から別の女を抱えて飛び出す。こちらは生身の、井端彩子。
だが、〈聞かざる〉の腕に、氷の刃が触れた。
「そうはさせませんわ」
峰に片手を添えた二ッ森凍の斬撃――〈聞かざる〉の腕が切断され、放り出された彩子を焔が受け止めた。
呼応するように三〇体が蠢く。鋼鉄から染み出した液体金属が寄せ集まり、ルーラ壱式の機体や工房の部品、腕を失った〈聞かざる〉を巻き込み合一する。三〇体だったものが、ひとつの生き物のように。
二体の四八式〈兼密〉が交互に三点発砲。小銃に装填されているのは、三〇粍の徹甲弾である。だが、車両や防塁ならば一発で吹き飛ばせるその弾丸も、液体金属の泥濘へと取り込まれていく。
そして巨人が立ち上がる。
三〇体のルーラ壱式を制御装置として全身に配し、液状化した金属で関節を繋いだ、クロームに輝く超電装。愛嬌のあった目は鋭く尖り、白目を剥いた般若のごとき形相が形作られる。
全員下がれ、と財前が怒鳴り、警官隊が後退。代わりに憲兵隊の超電装が前進する。
あかりは呆然とする新九郎に駆け寄り、袖を引いた。
「先生、先生!」
「ああ、すまない、早坂くん」我に返る新九郎。頭上を見上げて続ける。「これは、面妖な」
「大丈夫ですか。その……」
「妻のことかい?」新九郎は短くなった煙草を捨て、帽子を取った。「そうだね。僕はやつらを許せない」
「お怒りはごもっともです。でも、あなたはあなたです」
「君に励まされるとは、思ってもみなかったな」新九郎の口元に笑みが浮かんだ。「大丈夫。皆殺しにはしないよ。連中、どうも一匹残っていればそこに全員分の情報が残るようだからね。それに」
「それに?」
「こう見えて僕は、快刀乱麻の蒸奇探偵だからね」
遮光レンズ越しの目線があかりを見た。
忘れていた。
伊瀬新九郎は、大人だ。過去に折り合いをつけ、今日まで歩いてきた男だ。
あかりは言った。「じゃあ先生、悪い宇宙人を懲らしめてきてください」
「任せろ。……帽子、預かってくれるか」
「もちろん」
あかりは、あちこちほつれて染みもある、ねずみ色の帽子を受け取る。
一方の新九郎は、焔に膝枕で頬を叩かれている井端彩子に歩み寄った。
薄目を開ける彩子に、新九郎は言った。
「はじめまして。僕は鬼灯探偵事務所の、伊瀬新九郎です」
「探偵さん? あの、これは一体」
「手短に申し上げます。あなたとあなたのお父上が作った小電装が、悪質な宇宙人に乗っ取られてあの有様です。あなたは、どうされたいですか?」
「止めてください」と彩子は即答した。「あれは平和と友好のための道具です。争いや、戦いを求める異星人の手に渡るなど、あってはなりません。父も……本当はそう、望んでいるはずです」
「かしこまりました。しばしお待ちを、お嬢さん」
すると頭上を見上げた焔が叫ぶ。「やべーぞ伊瀬の、〈兼密〉が!」
巨大化したルーラ壱式が、超鋼十手を手にした四八式〈兼密〉と真正面から組み合う。だが液体金属が〈兼密〉の灰色の外装を這い回り、鋼の鉄狒々が全身を痙攣させる。
「あれは、乗っ取られますわね」刀を納めた凍が言った。「やはり真打はあなたですわ、先生」
そして、屋根の上からは小林が大声で怒鳴る。
「おら! 喋ってねーでなんとかしろよ、クソ探偵!」
彼は彼で、屋根の上からでも構わず彩子に駆け寄ろうとする稲葉を抑えるのに手一杯のようだった。
新九郎は嘆息する。
「揃いも揃って、僕を働かせるのが上手い」
そして眼鏡に触れ、言った。
「
「合体鋼人クロームキャスター、ってとこか?」警邏車の助手席に飛び込み、財前剛太郎が言った。「こりゃさすがに想定外だ。新九郎に任せて、逃げるぞ駿ちゃん」
「門倉です!」運転席の門倉駿也は、扉も締まりきらないうちから車を発進させる。「でも〈闢光〉が加われば四対一です。今度は楽勝でしょう」
「そうでもないみたいだぜ」
財前の目線の先で、〈兼密〉の一機が回れ右して味方に正対した。灰色の装甲を跨ぐように白線の引かれた憲兵隊仕様の塗装が剥がれ、代わりにクロームの鏡面があらわになる。
ロバトリック星人に乗っ取られた〈兼密〉――走行補助用に太く逞しい腕が、味方であるはずのもう一機の〈兼密〉の顔面を殴った。
殴られた〈兼密〉が転倒。電線が切断され、泥を跳ね上げ、街灯と電柱が巻き添えに倒れる。
門倉が警邏車のサイレンを鳴らし、拡声器へ大声で言った。
「超電装が戦っています。住民の皆さんは今すぐ警察の指示に従い避難してください。繰り返します。住民の皆さんは今すぐ警察の指示に従い――」
超電装同士が激突する轟音の中に、金属音の高笑いが響く。だがそれを高笑いと認識できるのは、特級異星言語翻訳師・早坂あかりだけだ。
「巻き込まれる前に逃げんぞ!」と愛車に跨った二ッ森焔が声を張り上げる。「小林、お前はこっち」
「恩に着る」と小林。無茶な機動を繰り返したためか、彼の筋電甲の左膝から異音が鳴っていた。
足元が覚束ない井端彩子と、慌てふためく稲葉幸敏を凍の車に載せ、あかりは助手席へ。
一斉に発進――土塊を巻き上げながら格闘戦を演じる二機の〈兼密〉の足元を、おんぼろの独逸車と米国式単車がすり抜ける。
やれやれ、とひと息つく一同。だが並走する単車で焔にしがみつく小林が、頭上を指差し声を上げた。
「おい! あの〈震改〉、紫電一閃を使うぞ!」
「馬鹿か、こんなところで!」焔が単車を急転回させて銃を抜き、ハンドルバーの上に器用に立った。「小林、運転代われ」
「免許持ってねえ」
「いいから右ハンドルを手前に回して加速しとけ!」
「前が見えねえ」
「こうすりゃいいだろ」
自分の股の間に小林の頭を押し込む焔。
「今日は厄日だ、ちきしょう……」悄気げた小林は前だけを睨んでいる。
焔が銃を向けた先――侍の姿を持つ憲兵隊の最新型超電装、五〇式〈震改〉である。
だが、その〈震改〉は苦戦する味方の援護に加わる様子はない。腰を低く、携えた箱を鞘か何かのように構え、右手で刀の柄を掴んでいる。居合を繰り出す凍の姿を思い出した。
すると、車が急制動をかける。シフトレバーの上を凍の手が踊り、一八〇度転回して再発進。
「凍さん、あれって……」
「亜音速電磁抜刀」と凍は言った。「あかりちゃん、ハンドルをお願い!」
「なぬ」
「ペダルはわたくしが。ハンドルだけ持っていてください」
「わたしだって、免許持ってないですよお!」
「習うより慣れろですわ」
言うが早いが凍は車の扉を開き、愛刀を片手に屋根に飛び乗った。
とにかくハンドルを支えるあかり。後席の井端彩子が、半身を起こして言った。
「なんてこと。あれは、刀を電磁加速して、超電装の腕力を超える斬撃を放つ武装です」
「使うと、どうなるんですか?」
「凄まじい衝撃波が出ます。それに、あれをもし乗っ取られたら……」
「大丈夫です」両腕を運転席に伸ばし、その姿勢のまま無理矢理後部座席を振り返り、筋が攣りそうになりながらあかりは言った。「焔さんと凍さん、それに先生と〈闢光〉なら、きっと大丈夫です!」
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