12.フルメタル・ゾンビとの戦い

「早坂くん。こいつはロバトリック星人の寄生したルーラ壱式に、超高性能偽装皮膜を着せた、偽物だ」と新九郎は言った。「ここの三〇体を行方知れずにし、市内に潜伏させようと考えているのだろうが、そうはいかない」

「やはり最大の障害は貴様か。スターダスター、伊瀬新九郎」

「もう一度訊く。本物の井端彩子さんは、どこだ?」

「直に届く」

「人質か。卑怯な」

「なんとでも言うがいい。すべては我らが宿願がため!」

「ちょっと待って!」あかりは前に進み出る。

 怪訝な顔になる新九郎。

 だが、ここを逃せばきっと、もう二度と機会がなかった。

 戦う以外の道を見出す機会が。

「話をさせてください。あなたの主張なら、わたしが訳します。日本語にはし辛いこともすべて。わたしなら、翻訳によってなくなる部分も……」

「下がれ、異星言語翻訳師」とルーラ壱式は言った。そして言語が変わった。内部に寄生するロバトリック星人から発せられる、甲高い、人間の可聴域を超える金属音。新九郎にはわからない、彼ら自身の言葉だった。「対話と交渉は既に尽くされた。もはや君の出る幕ではない」

「ですが!」

「その志は買う。だが、もはや個体の意志ではやめられぬのだ」

「あなたという個体は、戦いを望まないという意味ですか」

「否。わたしという個体を説得することが無意味、という意味だ。仮にわたしが翻意したとしても、わたしの意志は他の個体と合一した瞬間に塗り潰される。そしてわたしは、決して翻意しない」

「わたしは、あなたと話がしたいです。話せばわかるかもしれないから」

「君のような個体がいるのなら、人類はきっと、銀河文明の一席に列されるに相応しい種族なのだろう」

「わたしと話してくれるなら、あなたも同じです」

「わたしたちは皆戦士だ」と、井端彩子の形をしたルーラ壱式が言った。日本語だった。

 それまでだった。

 腰溜めに構えたルーラ壱式が突進する。表面に電光が走り、偽装皮膜が剥がれ落ちる。

 新九郎が構えた短銃の銃身が僅かに下がる。

 そして、撃った。

 六角形の銃口から稲妻のような不規則光線が放たれ、ルーラ壱式の喉元に命中。破裂音が鳴り、首がもげて宙を舞った。

 新九郎の掌で銃が一回転。すると今度は、逆さ台形の遮光レンズの眼鏡に変形する。

 その眼鏡をかけ、新九郎は言った。

「学びなさい。この広い宇宙は、話してわかる相手だけじゃない」

「なんで……話せもしないのに!」

「冷静になれ」と新九郎。「まだ終わっていない」

 その言葉を合図にしたように、倉庫の木箱が次々と内側から破られる。飛散する木片と梱包材。銀の腕、銀の脚が、卵から雛鳥が孵るがごとく現れる。

 新九郎の手が、あかりの肩に触れた。

「こういうの、見たことあるな」

「いつ」

「ゾンビの活動寫眞。妻が好きだったんだよ」

 新九郎の手が震えていた。

 脳天気な言葉。不器用な慰め。それでわかった。

 彼も、撃ちたくて撃ったわけではないのだ。

「わたしは大丈夫です」とあかりは言った。「それより、逃げた方がいいと思います」

「然り」

 倒れたルーラ壱式の残骸を踏み越え、脱兎のごとく駆け出すふたり。その背中で、すべての木箱が一斉に破裂した。

「先生、体力に自信は?」

 早くも息が乱れ始めた新九郎は叫んだ。「三〇の男に、訊くな!」


 組立加工場まで逃れ、息を合わせて倉庫へ通じる扉を閉める。手近な資材箱や机を引っ張って塞げば、何事かと製造二部長の稲葉幸敏が近づいてくる。

「どうしました。お嬢は……」

「警察と憲兵隊に通報してください。超電装の緊急出動を!」

「一体何事ですか。よりによって、超電装などと……」

 すると、鉄の扉が向こう側から叩かれて歪む。一見してわかる拳の形。

 稲葉は青い顔で社員に何事か命じ、腹を揺らして走っていく。

 扉が猛烈な力で押され、机が吹き飛びそうになる。工員らが一斉に逃げ出す中、数名が新九郎とあかりに並んで鉄の扉に取りついた。

 新九郎は、その勇気ある工員らに言った。「ルーラ壱式が悪質な宇宙人に寄生され、暴走しています。みなさん、無理はなさらず、そこそこで逃げてください」

「どこの異人だ! 社長の渾身の作を、ふざけやがって!」

「大変だあ。制限解除されたら、ルーラは人間じゃ太刀打ちできねえ」

「バカ言え、あれは人を殴る道具じゃない。人を乗せて、人と話すための道具だ」

「お嬢さんはご無事なんですか、探偵さん」

 口々に言う工員らに新九郎は応じる。「僕にお任せください。一応、戦力は手配していますので」そして今度はあかりに言う。「また人外の兵隊だよ。今度は再生しないだけマシかもしれない」

「なんでこんなんがしょっちゅうなんですか! おかしいです、帝都!」

「ごもっとも」新九郎は頭上を見上げる。「さて、キネマなら大体こういうときは……」

 またゾンビですか、とあかりが応じかけたときだった。

 新九郎の見上げた先。扉の上に設けられた通気口から、銀色の腕が覗いていた。

「これは参った」と新九郎。

「せーの、で逃げましょう」とあかり。

「ではみなさんも、そのように」と工員らに言う新九郎。

 頭上から這い出す銀色。揺さぶられる扉。

 全員に目配せし、あかりは言った。

「せーの!」

 一斉に扉から離れて全力疾走。やや遅れて扉が破れ、三〇体のルーラ壱式が組立加工場に雪崩込んだ。


 速度を上げる輸送車。咄嗟にコンテナから手を離す小林少年だが、左脚で蹴り損ねる。

 眼前に迫るルーラ壱式。親しみやすさを意図して設計された愛嬌のある顔面が、邪悪な笑みに歪んだ気がする。見ざる、言わざる、聞かざる。ならこの一体は、〈スマイル〉である。

 南無三。せめて受け身を取ろうと、小林が覚悟を決めた、その時だった。

 湿った空気が唐突に乾いた。

 後方から飛来した火球がルーラ壱式〈スマイル〉に命中。銀の怪物がくの字になって吹き飛んだ。

 そして後方から轟く六〇度V型発動機の爆音。炎の装飾が施された米国式の単車と、それに跨る歌舞いた服装の赤毛の女が、回転計を振り切るような大声で怒鳴った。

「待たせたな、クソガキ!」

 エフ・アンド・エフ警備保障の二ッ森焔――右手の巨大な銃を収めて単車のスロットルを全開に。

 新たな敵の襲来に気づいた〈見ざる〉が挺身隊の上着を引き千切り、〈言わざる〉がブロック塀と車の隙間から這い出す。

 地面を突進する〈見ざる〉と、塀の上から屋根伝いに迫る〈言わざる〉。

 だが〈見ざる〉の方が足を取られて転倒。身を起こそうとするも、突如出現した氷が機械の身体を地面に磔にする。

 そして焔が再び銃を抜き、撃鉄代わりの歯車を親指で回した。

 連射、連射、連射。着弾、着弾、着弾――この世ならざる炎に全身を焼かれたロバトリック星人の絶叫が通りに響き、絶命と同時に単車と、今にも煙を吹きそうなおんぼろの白い独逸車が、〈見ざる〉の残骸のすぐ脇を走り抜けた。

 車の方の屋根に飛び乗り、小林は叫んだ。

「遅いんだよ、改造人間!」

「てめーだって似たようなもんだろうが!」

「あらお姉さま。機械の手足を着けただけの常人と、一緒にしないでいただきたいですわ」

 応じた車の運転席の女は、女学生風の水兵服に濃紺の羽織、開けた窓から吹き込む風に人並み外れた長い銀髪をたなびかせる。

 エフ・アンド・エフ警備保障の二ッ森凍――左手に鯉口を切った日本刀が一振り。

「おいガキ、敵はあと何体だ!」

「三体。運転手一、お前が一発かましたのが一、すばしっこいのが……」

 すばしっこいの。

 〈言わざる〉が、小林の目の前、おんぼろ独逸車のボンネットに着地する。

 舌打ちする小林。〈言わざる〉は車の屋根に両手を着きながら、曲芸師のような蹴りを繰り出す。

 一撃、回避。二撃、回避。姿勢を正転させながらの三撃は躱しきれず、筋電甲の左脚の蹴りを合わせる。

 その時、小林の頬を刺すような冷気が撫でた。

「人の頭の上で、騒がしいですわ」

 咄嗟に逃れる小林。

 一分の情けもない抜き打ちの一閃。

 凍の刃が〈言わざる〉の右脚を屋根ごと切り裂いた。

 その刀身に、かつて魔水銀だったものが張りつく。

 だが、寄生できない。

 触れた瞬間に乗り移ろうとするも、刀身が発する絶対零度の冷気が、それを阻んだのである。

 かつて宇宙人に拉致され人間兵器となった二ッ森凍が体内から発する冷気に指向性を与える妖刀・氷星。その刃は、魔水銀の邪気さえも跳ね除ける。

 主を失い崩れる〈言わざる〉。

 そして血糊を払うがごとく振り落とされた剥き出しのロバトリック星人に、焔の銃から放たれた超常の炎が襲いかかった。

 かつて宇宙人に拉致され人間兵器となった二ッ森焔が体内から発する熱気に指向性を与える霊銃・炎星。その弾丸は、魔水銀の怨念さえも灰燼に帰した。

 怒られない程度にぶちのめす――裏を返せば、怒られないなら徹底的に。これがエフ・アンド・エフ警備保障の信条なのだ。

 星団評議会が積極的な駆除を認めるほどの相手。だが仕留めたのはこれで二体。残るは二体。

 焔の腕に銅色の配管が飲み込まれ、銃を収めて空いた右手が再びスロットルを開く。爆音を上げて再加速した米国式の単車が、重い荷物を屋根に載せたおんぼろてんとう虫に追いつき並走する。

「助かったぜ、姉さん方」

「お礼なら蒸奇探偵の先生にお願いしますわ」と凍。「また車が壊れてしまいました」

「お前が壊したんだろ! だからお前も単車にしろっての」と焔。「探偵に言っとけ、俺らは蕎麦屋の出前じゃねえってよ。あの野郎、電話一本で呼び出しやがって」

 凍の独逸車がおんぼろな理由はただひとつ。自分で壊しているのである。

 その凍は、見事に一直線な刀痕が刻まれた愛車の屋根を撫でて言った。「嫌ですわ。単車なんて、危ない乗り物」

「お前の方がよっぽど危ねえよ」焔も愛車のタンクを撫でる。「なー、お前はいい子だもんな」

「お姉さまにだけは言われたくありませんわ」言い捨て、凍は窓から顔を出し、屋根の上の小林を見る「小林くん、お怪我は?」

「今の所は問題ねえ。でも、連中、筋電甲に寄生するんだろ。俺じゃ分が悪いんだよ」

「なら俺らが五分にしてやるよ」言うが早いが、焔が銃を抜き、小林の右腕を撃った。

「今日のわたくしたちは、前座に甘んじるといたしますわ」凍が器用に刀を抜き、屋根をひと突き。切先が小林の左脚に触れる。

 右腕に渦巻く炎、左脚に凍てつく氷。一時、帝都最強の女たちの力を宿した小林少年――その眼前に、一度不覚を取った、井端の護衛役と思しき〈スマイル〉が待ち受けていた。

 往来の中央に仁王立ち。先を行く輸送車を背に、ここから先は通さぬとばかりの闘気を発する〈スマイル〉。右脇腹の、焔の弾丸を受けて焼け爛れた外板を破り捨て、あどけない機械の両目が迫る独逸車と米国式単車を見定める。

 工房街の入り口の交差点。

 炎の拳を握り締め、氷の脚で、小林は跳んだ。

 同じく跳躍した〈スマイル〉と空中の激突。生身の部分を露骨に狙った突きを、炎を纏った右手でいなす。

 すると、〈スマイル〉の機体が、肩に仕込まれた球体関節を軸に天地逆転する。

 あざ笑うような鳴き声とともに、人間ではありえない角度の、〈スマイル〉から見て後ろ向きへ繰り出される蹴り。

 だがそれも、読んでいた。

 炎を篭手とした右腕で蹴りを受け、左腕で抱える。そして氷の左脚で、踏み降ろすように、〈スマイル〉の右脚の根本を蹴りつけた。

 対筋電甲戦闘の基本は、まず第一に、生身の部分を狙うこと。そして第二に、相手の筋電甲と生身の接続部を破壊することである。いかに鋼の筋電甲といえど、生体部品は脆弱になる。そしていずれも通用しない場合の第三は、関節部を狙うこと。機械の人間でも、人間を模している以上、戦い方は同じである。単に力が強すぎるだけなのだ。

 そして今の小林少年の左脚には、帝都最強の女の力が宿っている。

 靴底から発せられた冷気が〈スマイル〉の股関節へと一瞬のうちに浸透。低温脆化した金属が分離破断――即ち、股関節が、折れた。

 そして炎の拳が、〈スマイル〉の顔面を捉えた。

「五分なら、てめえなんざに、負けるか!」

 寄生で逃れることも叶わず、顔面を歪めて吹き飛ぶ〈スマイル〉。先を行く輸送車のコンテナに叩きつけられ、屋根に脚の一本欠けた人の刻印を打って機能停止した。

 街灯を蹴って再び凍の車の屋根に降りる小林。その目が目的地の看板を捉えた。

 井端鉄工所だった。

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