11.秘剣・蒸奇殺法
意気揚々、気炎万丈の電装王者エレカイザーII世は、倒れ伏したままの〈闢光〉を繰り返し殴り、踏みつける。だが装甲の一枚が歪む気配もなく、次第に安藤の額に焦燥の汗が浮かぶ。
だから気づかなかった。足元に転がした五〇式〈震改〉の襟巻飾りに光が宿っていることに。
隅田公園の直上に炎と氷で描かれた、銀河標準語A種の一語に。
そして〈震改〉と〈闢光〉が電想機を介した通信を交わしていることに。
「ここが貴様の墓場よ、蒸奇探偵!」
安藤が叫んだ、その瞬間だった。
〈震改〉の襟巻飾りが強い光を放った。
本来刀に送り込んで巨大な斬撃を放つためのものであり、指向性がなければ目眩ましにしかならない。だがここには、地上最強の
視界を塞がれた安藤とエレカイザー。その足元で〈闢光〉がやにわに再起動する。
巨体を拘束していた異星砂礫の触手が崩れる。
単に力任せに破られたと勘違いした安藤は、再び白川に作らせた電文を送り込む。だが、途端にエレカイザーの操縦席を警告文が埋め尽くす。
「謀ったか、伊……」
言い終わるより前に、身を返した〈闢光〉の額から一条の光線が放たれた。
鞭のようにしなる光線はエレカイザーの顔面に直撃。着弾点から放射状に拡散し、幾条にも分裂してエレカイザーの全身を包むように奔った。
空に描かれた銀河標準語A種を日本語で表すなら、こうだ。
ぶちのめせ!
全機能が復旧した〈闢光〉が立ち上がり、よろめくエレカイザーに拳を打ち込む。そして脛当を使った右の中段蹴りが、エレカイザーの腹部に命中する。
だがエレカイザーもさるもの。出力に任せて姿勢を制御し、倒れない。
両者の間合いが再び開く。〈震改〉の操縦師が搭乗口をこじ開け、〈闢光〉に敬礼するや否や全力疾走で後退する。
「最後にもう一度だけ警告する」と伊瀬新九郎が言った。「安藤和夫。今すぐ超電装を停止し、治安機関の指示に従え」
「笑止千万!」と叫ぶ安藤。だが外部拡声器は全身に浴びた光線により破損し、電想機を介して通信が繋がった新九郎以外の誰にも、その叫びは届かなかった。「頭が高い、頭が高いぞ探偵風情が!」
そしてエレカイザーが、壊れかけの胸の獅子の前に両手を翳した。
獅子の眼窩と顎内に虹色の光が満ち、中から剣の柄が現れる。
「抜けば玉散る氷の刃……
掲げた大剣から放電光。その名に相応しい稲妻が大通り一面に次々と落着。街路樹が炎上し、車が黒焦げになってビルの屋上ほどの高さまで躍り上がる。受け身を取る〈闢光〉の鎧にも数発が着弾。耳元で火に油が注がれたような破裂音が街中に響き渡った。
だがそれまでだった。
エレカイザーの各部から火花が上がる。ただでさえ〈闢光〉の拳を受けて破損していた獅子の顔面が、量子倉と放電の負荷に耐えかねたのだ。もうもうと上がる黒煙。それでもなお堂に入った構え。
対する〈闢光〉――煙の向こうに爛々と輝く鋭い両眼。頭頂部の偃月飾りを外し、片手に構える。
操縦席の新九郎は、安全装置のスイッチを蹴り上げて押し、解除する。鳴り響く警告音。
すると、空の雲が、渦を巻いた。
帝都の空に晴天なし。それは地上で数々の蒸奇機関が用いられているためだ。
発せられた光の粒は雲散霧消するようでいて、その実、残留したごく小さな力場が微粒子を吸着し、上空で寄せ集まって重苦しい暗雲となるのだ。これを、オルゴンの死骸と喩え、
そのDORが、〈闢光〉へと吸い寄せられていく。そして肩と襟元の鎧の隙間から機体内部へと取り込まれ、装甲の内部を翠の光となって伝い、右手に構えた偃月飾りへと流し込まれる。
〈闢光〉の鎧が持つ防御以外のもうひとつの機能。DORを浄化し自身の力へと変換する能力――それは、晴天のない帝都に満天の星空を取り戻す力だった。
〈闢光〉、またの名を、
暗雲が除かれた空から月光が差し、その月の欠けた部分を我が手にしたような〈闢光〉の偃月飾りを松明にして、翠の炎が燃え上がる。
聳える天樹と月光に、黒鋼の悪鬼が吠える。
エレカイザーが剣を構えたまま無様に後退る。安藤は知っていた。その炎がいかに恐るべきものかを。
「私は王子だ、私は王子だ、来るなら来い、蒸奇探偵!」
言葉と裏腹に、エレカイザーは刀の間合いから腰砕けで遠ざかる。
対する〈闢光〉が偃月飾りを片手青眼に構えれば、炎は凝り固まって刀を成す。翠に輝く光の刃。
新九郎が言った。
「くたばれ、クソ野郎」
「はっは、この距離では……」
〈闢光〉が刀を振り被り、振り下ろした。
刀身が炎となり、延びた。
安藤が悲鳴を上げ、一〇〇米ほども延びた光の刃がエレカイザーを真っ向唐竹割りにする。そして〈闢光〉が刀を返す。
その場で独楽のように機体を捌きながらの一閃、横一文字。建物を躱して自在に伸縮した刀は、正確無比にエレカイザーへ二度目の刀痕を刻んだ。
帝都八百八町の夜景に流星のごとく閃いた二筋の刀跡。
その名も、蒸奇殺法、十文字斬り。
「斬り捨て御免」
光の刃が砕け、偃月飾りが再び〈闢光〉の頭頂部に収まる。
時を同じくして、エレカイザーの機体が十文字に別れて崩れた。
愛機・電装王者エレカイザーII世から放り出された安藤和夫は、駆けつけたエフ・アンド・エフ警備保障の二名により、辛くも墜落死を免れた。しかし追って警察が現れるまで炎と氷で散々いたぶられた彼が拘置所にたどり着く頃には、見る人見る人に「幻王星だけは勘弁してください」「府中最高」「私は地球が好き」「幻王星だけは」「君は王子を無限監獄へ送るのか」と繰り返すばかりだったという。あわよくば再起を狙うその一事で、彼が全く懲りていないことが知れた。
そのエフ・アンド・エフ警備保障の二名は、今回の一件で、本人たち曰く「半年遊んで暮らせる」ほどの莫大な社会貢献点を稼いだ。彼らは、異星人に改造された人間兵器であり、存在自体が星団憲章違反である。ゆえに生活保障、あるいは生存と引き換えに、武力による社会奉仕活動を行うことが義務づけられており、蒸奇探偵が持ち込む仕事や治安機関への協力、要人警護などが生活の糧である。中でも人命救助は貢献点が高く設定されており、警官や市民らの命を救ったことが高く評価されたのだ。
警視庁異星犯罪対策課は、稀代の犯罪活動家・安藤和夫に加えてレッドスター・ファミリーの幹部格三名を今回の事件に関係したとして逮捕。指揮を執った財前剛太郎とその片腕として働いた門倉駿也は、警視総監直々に表彰を受けた。それには、警察官に相応しい行いをしたという称賛の一方、超電装を保有する陸軍憲兵隊の鼻を明かしてやったという、警察全体が感じた清々しさが投影されていたという。しかし警察としては裏でレッドスター・ファミリーと通じることである程度市中での非合法活動の囲い込みを図っていたところもあり、今回の一件を機に、ヤミ社会の勢力図が大きく塗り替わることが予見された。
その陸軍憲兵隊は、超電装三機を失いながら電装王者を止められなかったとして、激しい非難に晒された。元来、陸軍内部には天樹による異星人管理政策を内政干渉であるとして快く思わない勢力がおり、この勢力からの圧力により、天樹の失態ともいえる大規模な異星人犯罪には知らぬ存ぜぬを決め込もうとする傾向があったのだ。
だが当然、そんな上の意向に末端は反発する。圧力により刀一本での出撃を余儀なくされながらも善戦し、撃破されながらも〈闢光〉に反撃の機会を与えた五〇式〈震改〉の操縦師には、陰からの惜しみない賛辞が贈られた。そして独自の判断で出動し、結果的には事態収集の最大の功労者である異星言語翻訳師・早坂あかりを救った機甲化少年挺身隊二番隊もまた、市民の英雄となった。もちろん、二番隊隊長・小林剣一少年や彼の仲間たちの独断ではなく、彼に出動を命じた上役の男気が呼び寄せた結果であったが、それは市民や新聞社の知り及ぶところではなかった。
一方、撃破されたエレカイザーの残骸は、東京近郊の陸軍施設四ヶ所に分割されて凍結保管されることになった。ただし、部品三点の例外があった。両肩の巨大な削岩機と、額の兜飾りである。憲兵隊との戦いはともかく蒸奇探偵操る〈闢光〉の前には虚仮威しの役にも立たなかったこれら部品は、一切の使用が禁じられている知性金属を催眠状態にして鋳造したものと後に明らかになった。地球上への持ち込みも厳禁であり、判明次第即日、天樹の遣いによって回収。星の彼方へと移送されていった。なお、この事実を弁護士との接見で知った安藤は大いに嘆き、記者の言葉を借りるなら「墨田の橋を流すほど」号泣したという。
戦闘で破壊された建物のうち、白く輝く天樹の到来直後に異星砂礫で瞬時建設されたものについては、財閥系企業に雇われた電文書きたちの尽力で半日経たずに元の姿を取り戻した。しかし従来工法の建物はそうもいかず、工事の受注や土地の整理を巡って神林組が大いに暗躍したという。レッドスター・ファミリーが幹部を失い弱体化した隙を突いたものだった。
そしてもちろん、元に戻るのは建物だけである。多くの住居や職場がその機能の基盤を失っており、すなわち家財道具を法外な高値で被害者に売りつけようとするあくどい商売人が都内各所に出没。警察はその対応に追われた。
さて、時を一旦差し戻し、〈闢光〉とその電装王者エレカイザーII世が激突した日。
墨東玉ノ井のとある脱法私娼館から、遊女一名が行方を晦ました。まだ若く客の評判も上々な遊女だったため楼主は激怒して捜索を命じたが、不自然なことにものの数日で、その一件について語るものはいなくなった。一説にはその夜、娼館周辺で黒装束の忍の集団が目撃されたというが、真相は定かではない。またその遊女によく似た女が、大見世〈紅山楼〉の系列にあたる吉原の小さな見世に上がっているとの情報が好事家らの間で駆け巡ったが、やはり噂の域を出なかった。
そして一躍時の人となった異星言語翻訳師、早坂あかりは、上野入谷の〈純喫茶・熊猫〉二階に寝床を得た。到着するや否や上野界隈を引き回され、帝都を揺るがす一大事変に巻き込まれた彼女は、住まいはもちろん一夜の宿を探す間もなく、見かねた熊猫の店主・大熊武志とその妻・雪枝が、店の二階の空き部屋を都合したのである。
同じ屋根の下には、「働きたくない」が口癖の、男やもめの貧乏探偵・伊瀬新九郎のねぐらもある。不安な一夜となるかと思いきや、彼は「小娘に手を出すほど飢えちゃいない」とひと言し、事務所と板一枚で仕切られた寝床に潜ってしまった。思い出されるのは、吉原の若き楼主・紅緒と交わされていた秘密めいた目線。安心は安心でも、それはそれでなんだか腹が立つあかりであった。
熊猫の建物は風呂や便所、台所も整えられており、生活に不便はなかった。その上朝晩は外の底冷えを忘れるほどに温かい。なぜかと店主夫妻に問うてみると、太陽風に乗って地球へやってきて配管に寄生した活力生命体のおかげなのだという。
そして武志は、思いもよらぬことを口にした。
「この建物、持ち主は新九郎なんだよ」
そしてもうひとつ。
「二階は元々、あいつと依子さんの自宅兼事務所だった。一階の店は俺たち夫妻が間借りしてるんだよ」
てっきり新九郎の方が居候していると思いこんでいたあかりにとって、これは驚きだった。
そして夜具や調度が妙に整っていて、それも男の感性ではないものが揃っていた理由にも察しがついた。
すべて、亡くなった栗山、もとい伊瀬依子の揃えたものだったのだ。
そんなこんなで釈然としない夜を、内鍵をしっかり閉じた部屋で過ごしたあかり。
翌朝、まだ営業前の〈純喫茶・熊猫〉を訪れる、小さな人影があった。
ちょうど身支度を整えたところだったあかりは、起きる気配のない主、伊瀬新九郎に代わって応対に出た。
「おはようございます、早坂さま」
そう言って折り目正しく頭を下げたのは、〈紅山楼〉の禿、紗知だった。
彼女は包みと封筒を携えており、その中身は、新九郎のくたびれた帽子だった。封筒の裏には紅緒、とふた文字筆書されていた。
お茶を出そうにも勝手がわからず困ってしまったあかりだったが、紗知は「どうぞお構いなく」と言って、また頭を下げた。表には覚えのある白塗りのオルゴン車が停まっており、運転席には、これも覚えもある寡黙な運転手。彼もまた、運転席からあかりへ会釈してみせた。
ふたりを見送れば、澄み切った青空から陽光が差す。
長続きしないがこの上なく美しい、帝都の朝だった。
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