9.真打登場

 天樹東京。それは終戦直後、焼け野原となった隅田川の中洲に降り立った恒星間航行船の慣用名である。その主は〈光明星の奇跡の一族〉と呼ばれ、汎銀河調停機構という文明間の争いを調停し、未開文明への介入を抑止する権力・科学力・兵力を持った組織の首魁でもある。

 そんな彼らが未開文明の典型であった地球を訪れたのは、一〇〇年の長きに渡り地球人の文明に潜伏、介入し続けた宇宙勢力の発見が遅れ、早期駆逐に失敗し、ついには宇宙勢力間の代理戦争としての世界大戦という最悪の結果を招いたことの後始末が目的だった。既に多数潜入していた宇宙勢力を管理するため、彼らは東京を緩衝区と定め、限られた区域内での宇宙人の居住や経済活動を合法化した。

 いわばこれは、江戸幕府が長崎に築いた出島に等しい、苦肉の策である。

 だが斯様な苦渋の果てに成立した東京緩衝区、帝都八百八町と呼ばれる区域でも、覇権の獲得を目論み非合法活動に精を出す宇宙人が後を絶たない。宇宙文明としての教化が遅れているにもかかわらず長きにわたる多数の宇宙人の潜入工作により歪な技術的発展を遂げた地球は、植民地化の野望を持った侵略者たちにとって格好の的である。科学技術。軍事技術。薬物。香辛料。食料。思想。宗教。彼らは多種多様な甘い罠で地球人を誘惑し、自らの侵略行為の尖兵とする。

 〈奇跡の一族〉が自らこれを取り締まれればよい。だが汎銀河調停機構は、その意思決定機関である星団評議会が定めた星団憲章という原則により、特定の文明に一方的な利益をもたらすことを禁じられている。

 ゆえに言い訳が必要であった。

 地球の平和は地球人が自らの手で守る、という。

 そして星遺物が立つ。

 高次元の意識体である〈奇跡の一族〉にも、低次元で活動するための分身がある。この分身は時限式であり、ある程度の期間活動した後は物言わぬ巨人の抜け殻となり、二度と使用できない。そこで〈奇跡の一族〉は一計を案じた。彼ら自身の抜け殻である巨人を骨格とした強力無比な超電装を建造し、正義の心を持つ地球人に与えるのだ。

 選ばれた地球人は、その証に流星を象った徽章を身に着け、流星徽章の持ち主スターダスターと呼ばれる。徽章はその特別な超電装――星鋳物の起動鍵となり、〈奇跡の一族〉の絶大な力の一端を選ばれた地球人に与える。

 現在帝都で稼働する星鋳物は第七号。名を〈闢光びゃっこう〉。

 操る男の名は伊瀬新九郎。

 稲光とともに空が割れ、虹色の光が燃え盛る街に降り注ぐ。

 憲兵隊の超電装三機を下し、意気揚々と天樹へ歩みを進めていた電装王者エレカイザーII世が、怯む。

 聳える天樹を背にし、エレカイザーの行く手を阻むように、クアンタ・クロークの間隙から降下する黒鋼の超電装。規格外の高出力を持つヴィルヘルム式オルゴン・スチーム・エンジンからの干渉で舗装を形作っていた異星砂礫の結合が解け、着地と同時に巨体を覆い隠すほどの砂埃が上がった。

 電線を揺らしビルの硝子を震わせ、街路樹の葉を落とし、立ちはだかるその姿は、黒鋼の悪鬼。

 肩と胸には、甲冑の大袖と喉輪を象ったような積層装甲。隙間からは断続的にオルゴンの翠光が散る。短い草摺から伸びる大腿部は陸中南部の鉄器のような凸凹した表面の装甲に覆われている。両脚に反り返った燻銀色の脛当。一見すると先へ行くほど細くなっているように見えるが、頼りなさには程遠い。

 両腕のこれも燻銀色の篭手には刃を阻む超鋼鉄筋が走る。腕もまた、胴に比べて大きい。不均斉な輪郭は、人型をして人ならざるものを見るものに想起させた。

 そして頭部の偃月飾りと、額に光る翠の光球。頬当てに守られた顎部は怒りに歯を食い縛ったよう。そして闇夜に輝く両眼が、不遜な電装王者を睨み据えた。

 星鋳物第七号〈闢光〉。

 対するは電装王者エレカイザーII世。

 その王者の胸中、王子を自称する男――犯罪王子アントワーヌが、拡声器で己の声が街中に轟くことも忘れて叫んだ。

「またも貴様か、蒸奇探偵!」


 遠く隅田公園の桜並木。長煙管を片手にした吉原の女王・紅緒。木々越しに垣間見える悪鬼の姿に、彼女は空いた片手で男の帽子を胸に抱く。

「ようやく真打登場ですね。随分と待たせてくれましたこと」

 一方、防塁越しに銃撃戦を繰り広げる警視庁のふたり組もまた、倒れた電柱と炎の先に、悪の前に立ち塞がる悪鬼の姿を見る。

「遅いっ! 遅すぎる!」門倉駿也は長すぎる前髪を生身の左手で掻き上げる。「あの男はいつもそうだ。我々の苦労も知らないで」

「まあそういきり立つなって、駿ちゃん」財前剛太郎は弾切れの拳銃を収め、刈り上げた白髪頭を撫でる。「まだ俺たちは負けちゃいない。だろう?」

「門倉です!」

 はいはい、と応じる財前。

 更に一挙手一投足ごとに不死の兵隊を蹴散らす疲れ知らずの女ふたりもまた、街路樹の彼方に対峙する二機の超電装を見る。

「ようやくお出ましか、待たせやがって!」上機嫌な二ッ森焔の叫び。右手の巨大な銃から放たれた炎の弾丸が迫り来る不死の兵隊を消し炭にする。

「主役はお譲りしますわ、蒸奇探偵の先生」口元に笑みを絶やさない二ッ森凍。左手の刀から発せられた冷気の刃が、押し寄せる土塊を氷の彫像に変える。「この街の雲を払う光は、あなたですわ」

 そして対話経路の構築に悪戦苦闘する早坂あかりもまた、聳え立つ黒鋼の悪鬼の背中を見た。

 この街に辿り着いて最初に見た超電装。

 禍々しくも頼もしいその姿。弱きを助け強きを挫く、悪を許さぬ正義の味方。

「蒸奇探偵。あなたは一体、何者なの?」


 トグルスイッチを端から順に立ち上げれば既に起動していたカメラ、センサからの情報が次々と操縦席と、眼鏡のレンズ上に重なって表示される。電子機器の冷却用の換気扇が一斉に動き出し、敵性体を識別した電子音の警報が鳴る。カバーつきのスイッチを押し込むと、操縦席は戦闘態勢に切り替わる。

 伊瀬新九郎は袖を襷にかけ、スイッチ操作に呼応して床下から現れた、湾曲した筒のような一対の機構に両腕を通した。挿入を検知した筒が圧縮空気で駆動して腕を締めつける。頭の中の考えを抽出する電想機機構と操縦者の実際の身体の動きを拡張して人型の超電装を操縦する機構を両方搭載し、より操縦者意のままに動かせる一連の操縦系は、今現在地球上では星鋳物にのみ搭載されている。

 そして電想機を介した超電装間限定の無線通信で、蒸奇探偵・伊瀬新九郎は眼前の自称・犯罪王子アントワーヌに呼びかける。

「安藤和夫。お前の行為は異星技術の私的濫用を禁じた星団憲章第六条に違反している。また、第九条に規定された特定侵略行為等に該当する可能性もある。今すぐ超電装を停止し、治安機関の指示に従え」

「断る!」安藤は即答する。精神感応にも近い高度な技術で成立する通信を無視した、街中に轟く拡声器越しだった。「〈奇跡の一族〉の狗どもめ。あの頭が高い天樹を叩き折るまで、私は決して屈しない!」

「参ったな。これが最後の警告だ。僕を働かせないでくれ、安藤」

「アントワーヌと言った!」

 安藤が叫び、エレカイザーが吠える。胸の獅子の両眼に光が宿り、高出力オルゴンに特有の翠白色の光線が奔った。

「受けよ、獅子王光線!」

 だが、〈闢光〉を傷つけるどころか、装甲にすら届かない。

 空中で弾かれ四方八方へ反射する光線。着弾点とその周辺だけ、見えない防壁が可視化された。

 淡い翠光の幾何学文様。二種類の菱形を組み合わせた平面充填のその文様は、ペンローズ・タイルと呼ばれるものだ。知性あるものの介在によってのみ創発するその文様をオルゴンで描くことで、ねじれた次元から物理的な力を招き入れ、オルゴンを用いた攻撃の全てに対する絶対の盾となる。その名も光波防壁ペンローズ・バリアである。

 続いてエレカイザーの、胸の獅子の顎部から放たれる削岩機形のオルゴン砲弾。螺旋爆推弾と名づけられた、憲兵隊の〈兼密〉を一撃で下した必殺武器のひとつ。だがこれも、星鋳物〈闢光〉の光波防壁に阻まれる。光の壁に衝突した砲弾は次第に回転力を失い、地面に落下して砕けて消えた。

 そして今度は〈闢光〉が動く。

 一歩、二歩。異星砂礫の塊を巻き上げながら。両手が拳を結び、肩の高さで構える。

 歩みはやがて走りとなる。衝撃に路上に放置された車が跳ね、自転車が吹き飛んで店舗の硝子を突き破る。

 応じてエレカイザーも動く。まずは姿勢を整える無駄な動き。そして重心をやや前に倒し、軍人たちが式典でやる集団行進のようなぎこちない動きで前進する。一歩ごとに、原色の脚が舗装にめり込む。だが見る間に目前に迫る〈闢光〉。慌てて構えたエレカイザーの右手が旋回し、オルゴンの光が宿った。

「必殺! 旋条破……」

 安藤が徹夜で考えた技名を言い終わるよりも、交錯の方が早かった。

 高速回転する光の削岩機となったエレカイザーの右拳が、〈闢光〉の顔面めがけて打ち込まれる。だが、〈闢光〉の機体が沈む。真実は上体を捻ったのだが、安藤の凡人の眼には理解できなかった。

 巨大な機械の塊にもかかわらず、凡百の超電装とは比べ物にならないほど滑らかに動く星鋳物。眼鏡の形に変形した流星徽章が新九郎の大脳運動野の活動電位を読み取り、手脚で行う実際の操作と複合して外装されたオルゴン流体駆動装置に伝えるのみならず、小脳による不随意な平衡を取る動作や手脚を滑らかに動かそうとする働きを星鋳物の骨格たる〈奇跡の一族〉の遺体に流し込んでいるのである。

 結果、エレカイザーのオルゴンの光を纏った拳は巧みに軌道を逸らされ、顔面を捉える代わりに、〈闢光〉の肩から左肘までを覆う鎧の曲面を滑る。

 そして〈闢光〉の右の拳が、エレカイザーの胸の獅子を下から打ち上げた。

 破損する獅子の顔。続けざまに左右の拳が打ち込まれ、よろめいたエレカイザーの肩と腰に黒鋼の両腕が回った。

 新九郎が鋭、と気合声を上げる。応えて〈闢光〉の装甲の隙間から翠光が散る。星鋳物の剛力が、力自慢のエレカイザーを肩車のように放り投げた。

 天樹を中心に放射状に切られた通りの一本に叩きつけられて、言問橋方面へ転がるエレカイザー。

 更に追撃。〈闢光〉が拳と拳を胸の前で合わせると、篭手、脛当、両肩と首元の鎧、胴部装甲が左右に展開。内部からレンズが現れ、内部の収束鏡が照準を合わせる。そして一斉に翠白色の光線が放たれた。

 連射、連射、連射。住民が避難した街路に爆煙。安藤の悲鳴が巻き上がる砂塵に覆い隠される。

 数十発ほども射撃し、開いていた装甲が一斉に閉じる。意外にもまだ健在らしい外部拡声器から安藤の呻き声と命乞い。構わず歩みを進めて接近する〈闢光〉。次第に煙が晴れる。

「ひいー、ご勘弁を、もう二度と天下の蒸奇探偵さまに逆らおうなんてしません」

「続きは多摩の川上の別荘で聞いてやる」

「府中だけは、府中だけはお許しくだせえ」

「なら幻王星の無限監獄を薦めておく。今すぐ超電装から降りろ」

「へえ、へえ、只今……」安藤の声音が変わった。「なあんてな」

 煙が一気に晴れる。変形した異星砂礫の壁が崩れ、ほぼ無傷のエレカイザーが両足を揃え、上体を起こし、足裏を接地させて起き上がる。

「忘れたか。この街を統べる力は、今やこの犯罪王子アントワーヌの手にあるのだ!」

「往生際の、悪い……」再び構えて前進する〈闢光〉。

「さあ来い〈闢光〉! 我が電装王者の真の力を見せてやる!」

 拳を振り翳し肉薄する〈闢光〉。

 だがその瞬間、エレカイザーの足元で異星砂礫に覆われていたものが姿を現した。

 片脚と頭部を失い撃破された五〇式〈震改〉の残骸だった。

 寄せ集まった砂礫が柱のように変形し、その残骸はエレカイザーの盾となる。無惨に変形した操縦席の出入口。曲がって開かないと思しき扉の隙間から、助けを求める操縦師の姿が見えた。

 寸前、〈闢光〉の拳が止まった。

 そして同時に、全身から吹き出していたオルゴンの光も消えた。

 駆動音の一切が止み、両腕が力なく垂れる。辛うじて直立していたが、風が吹けばそれも危うい。

 操縦席の伊瀬新九郎も暗闇に包まれる。最低限の動力だけが生き、ありとあらゆる駆動系、火器管制が停止していた。

未来予測に基づく回避可能な殺傷の防止装置ラプラス・セーフティ」朗々たる声で安藤が言った。「おかげさまでその機体のことはよく知っていてね。あくまでそいつは地球の平和を守るための超電装。知的生命体を殺傷する可能性のある挙動には一定の制限がかかる」

 エレカイザーは前腕で〈震改〉の残骸を払い除ける。呼応して砂に還る柱。そして動きを止めたままの〈闢光〉の頭部を掴み、街路のビルへと叩きつけた。

 無抵抗に顔面から建物に突っ込む〈闢光〉。降り注ぐ瓦礫が黒鋼の装甲を叩く。衝撃に大地が揺れ、不安定になった送電のために残された建物の照明が一斉に明滅する。

 そしてその瓦礫が今度は触手のように姿を変え、一体となって〈闢光〉の全身に絡みついた。

「蒸奇探偵、貴様も最早これまで!」

 組んだ両手を高く振り翳すエレカイザー。

 新九郎は呟く。

「……意外と苦戦しているね、早坂くん」

 衝撃が新九郎と〈闢光〉を襲った。

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