8.雲を払う者たち

 電装王者エレカイザーが最初に帝都に姿を現したのは、四年前のことである。当時から変わったところは二点。まず一点は、額の装飾である。当時はごく簡素な二本角だったものが、現在は兜でしか自己主張できなかった戦国の武将のような派手な飾りにすげ替えられている。そしてもう一点は、両肩に輝く巨大な削岩機だった。

 その特徴は、とにかく圧倒的な出力である。

 陸軍憲兵隊の超電装、四八式〈兼密〉が正面から迫る。片手に超鋼十手、もう片手には超電装の大きさに設えられた小銃。だが仮にも都市警備用。操縦士が受けた命令も撃破ではなく確保。市街への跳弾による被害を恐れ、〈兼密〉は銃を使えない。自然、戦いは近接格闘戦となる。

 〈兼密〉はその身体には不釣り合いな大きさの腕が特徴である。だがあくまで移動の補助を目的としたものであり、調整もそれに準ずる。一歩一歩、見せつけるように進撃するエレカイザーよりも移動自体は高速であり、進路上に回り込むことはできても、対峙すればどちらが優勢かは明らかだった。

 灰鉄色に装甲を跨ぐ白線の引かれた憲兵隊仕様の〈兼密〉が十手の突きを繰り出すも、エレカイザーの右手が真正面から手首を掴んで受け止める。地面からの衝撃を吸収して撥条にする機能には長けていても、力比べには劣る猿の腕が、関節可動の反対向きへと見る間に捻り上げられる。

 その腹中、安藤和夫は高笑いを上げる。エレカイザーの左腕が拳を作って構える。

 叫ぶ――特に意味はなく全身に設置された外部拡声器が、特に意味もなく王子を自称する男の気取った叫びを街中に轟かせた。

「必殺、旋条破岩拳!」

 高速回転する左拳がオルゴンの光を纏う。気体と固体の性質を併せ持った光の削岩機となった左の突きが、〈兼密〉の腹部装甲をただの一撃で突き破った。

 背後から迫る別の〈兼密〉。こちらは銃剣を備えた小銃を腰だめに構えて突撃する。

 そして正面に、同じ憲兵隊仕様の塗装が施された超電装がもう一機。

 板撥条のように細い脛と不釣り合いに太く逞しい大腿部。重量の均衡と奇を衒った挙動を生み出すために棘のように張り出した両肩が逆三角形の輪郭を形作る、憲兵隊の最新型超電装、五〇式〈震改〉が、舗装を砕いて勢いを殺しながら降り立つ。首から襟巻のように伸びる一対の索から放たれるオルゴンの翠光。ここに溜め込んだ動力を、気合一閃解放して無双の一撃を放つことができるのだ。

 武器は、刀がただ一振りのみ。緊急出動のためか、それとも操縦士の力量の現れか。抜き払われた白刃は都市の光を乱反射する。上下のような肩のせいか、あるいは涙滴型の頭部の頂点に備えられた指揮管制用の装置が髷を彷彿とさせるためか、市民はこの機体を「お侍」とよく呼ぶ。

 猿の岡っ引きたちを率いる侍。まるで江戸の大捕物のような光景だが、いずれも三〇米を優に越える巨体であった。

 その〈震改〉が、予断なき正眼の構えから一足飛びの接近。突撃する〈兼密〉との挟み撃ちになる。

 万策尽きたかに見えたエレカイザー。だが不意に、その上体が力を失って崩れる。

 構わずに突っ込む〈震改〉と〈兼密〉。すると力を取り戻したエレカイザーが、上体を大きく捻った。同時に高速回転する両肩の削岩機。

 岩をも砕く宇宙超鋼が火花を上げ、ふた振りの刃を弾いた。

 〈兼密〉の銃剣が無惨に砕け、一瞬早く引かれた〈震改〉の刀が刃毀れする。両者ともに間合いを開くが、エレカイザーは追撃の手を緩めない。

 胸の獅子の顎内に光が宿り、高速回転しこれも削岩機を象る。異星砂礫の地面を踏み締め、その先端が狼狽える〈兼密〉を照準した。

「必殺、螺旋爆推弾!」

 高速回転する光の削岩機が噴煙を上げて発射。躱す間もなく、〈兼密〉の頭部を打ち砕いた。

 振り向きざまに更に数発。だが〈震改〉は見切り、刀で弾き、建物の陰へと逃れる。

 するとエレカイザーの操縦席に、けたたましい警報音が鳴り響く。目の前の敵のためではない。後方、エゼイド星人の住まう電脳空間への予期しない接続を知らせるものだった。

 安藤は白川に多数の定形符号化電文を作成させ、エレカイザーに搭載された電想機と呼ばれる人機接続装置を介してエゼイド星人へ思考送信。技術を持つ白川の関与なしでエゼイド星人を自在に操る仕組みを構築していた。だがその一対一を想定した仮想通信回路に、何者かが最上位に定義された割り込み処理をかけたのだ。

 エゼイド星人が混乱し、新たな発信者の位置を安藤へ知らせる。

 隅田公園、都市恒常化機構の制御端末。にわか兵法の安藤はもちろん、本職の白川をも凌駕する猛烈な速度で生成される電文に、安藤の額に汗が伝う。

 慌てて定型文を送信。エゼイド星人の分身たる兵士たちの半数の目標を隅田公園へ変更する。破壊得点は天樹と同等の一〇万に設定。

 噂だけは安藤の耳にも届いていた――この街に新たな異星言語翻訳師が現れたという。

 八百八町の平面地図上に表示した異星砂礫の不死兵たちが次々と隅田公園へ進路を変えたのを確認し、安堵するのもつかの間。新たな警報が操縦席に響く。

 〈震改〉が刀を霞に構えて肉薄していた。


「たぶんですけど、この制御端末の内部に、感染したエゼイド星人を外部から操るための対話機能部品が組み込まれています」

 即席の防塁が築かれた隅田公園。次々と搬送される負傷者の一方、傷の浅い者や幸運にも無傷の警官たちが武器を受け取り隊列を組む。

 市民の避難完了報告と敵勢力の展開情報が無数の赤色灯とともに錯綜する簡易陣地の中心に、場違いな女学生がひとり。誰もが言い交わす。あれは誰だ、どうして逃げないんだ、いや彼女こそが特級異星言語翻訳師、あの不死の軍団に立ち向かう鍵なのだ――。

「あ、部品と言っても仮想のものです」変形したヘドロン飾りを正四面体の制御端末の側面にある接続口に繋いだ早坂あかりは、背後から注がれる期待と不安に急かされた早口で言った。「エゼイド星人の方は既に大規模に拡散していて、捕まえるのはちょっと無理です。感染した機能電文を単位ごとに隔離しようにも、全部壊していちから再構築しないとですね」

「じゃあどうするんだ。そのエゼイドってのを、駆除しなきゃどうしようもないんだろ」応じる財前剛太郎だが、半分も理解していなかった。

「駆除って、それ知的生命体の大虐殺じゃないですか。そんなの駄目です。できますけど」

「できるのか」

「彼らは言葉でできています。言葉でできているなら、消せます。特級異星言語翻訳師は、特級未満とは違って、ただ言葉を翻訳する技能じゃありません。言葉でできているものすべてを、己の精神を媒介に乗りこなす技能です。普通の人にはあんまり伝わらないんですけど」

「さっぱりわからんが」財前は腕を組む。「殺さずに済むならそれが何よりだ。暴力によらない解決こそが最善であると、我々は第三帝国との戦争で学んだはずだからな。空中戦艦武蔵の単艦突撃で我々は勝利したが、伯林は火の海と化した。遊星爆弾を浴びた帝都と同じように。かの勝利の虚しさを……」

「それは知りませんけど、わたし、言葉遣い師リンガフランカーになるためにここに来たんです」

 異なる文明間の対立に際し、伊瀬新九郎が語ったふたつの解決策。

 うち一方である、争いによる解決は、あくまで次善だ。

 そして新九郎の言葉を思い出すにつれ、わかったことがひとつ。

 彼は、自分でできないから、任せたのだ。

 深呼吸で弱気を押し込めあかりは続ける。「問題は、その安藤というひとが使っている仮想部品です。エゼイドはこれを信用しきっています。暗号鍵を交わして通信が秘匿化されているんです。これを破ります」

「安藤とエゼイドの間の秘密の合言葉を破るってことか?」

「非対称っぽいのでもう少しややこしいですけど、そう理解してくださって大丈夫です」

「好きにしてくれ……」苦笑いで両掌を宙に向ける財前。

「三段構えです。まず安藤とエゼイドの通信を暗号化する鍵を解読する。そしてエゼイドにこちらから語りかけ、わたしとの間に暗号化通信を構築する。そして安藤が使う仮想部品を排除する。あとはわたしがうまく説得すれば、感染したエゼイド星人を駆除することなく事態を収集できます」

 そこへ音を立てて機動隊の装甲車両が侵入する。中から雪崩を打って現れる警官と機動隊員たち。先頭の、トカゲのような鋭い目の男が駆け寄ってくる。門倉駿也だ。仕立てのいい洋装は血と埃で汚れて見る陰もなかった。

 彼は息を整える間もなく言った。

「怪物どもが来ます。憲兵隊の超電装は〈兼密〉二体がやられました。〈震改〉はさすがにまだ健在ですが、劣勢です。時間の問題でしょう」

「敵集団の現在地は」

「説明不要ですね」

 皮肉な応答の直後、擱座した車両と〈兼密〉の残骸で築いた防塁に弾丸が的中して火花が散った。

 そして炎の向こうから押し寄せる影――一〇〇体は下らない、異星砂礫が変形した不死の土人形。銃や弓矢、思い思いの武器を手にした後衛が射撃を開始するとともに、大鎚や剣を手にした前衛が接近する。

 歩みが緩慢なのが幸いだったが、警官隊に緊張が走る。そして敵陣後方から、花火のようなものが上がった。迫撃砲だった。

 陣地後方へ着弾。飛び散った砂礫があかりにも降り注ぐ。

「お嬢ちゃん、あとどれくらいだ!?」一斉に上がった怒号と銃撃音、それに爆音に負けじと財前が叫ぶ。

「一五……いえ、五分ください」

 門倉が叫ぶ。「保たないぞ! あの男は何をしている!」

「あれにはあれのすべきことがある」と財前。「俺たちが今すべきは、全力で彼女を守ることだ」

「死んだら化けて出てやるぞ、蒸奇探偵!」

 それだけ言い捨て、門倉は倒れた機動隊員から機関拳銃を取り前線へと加わる。

 代わって別の警官が駆け寄ってくる。「財前警部! 前方の隊員から報告。〈震改〉、撃破さる!」

「確かか」

「はい。安藤の超電装は身の丈ほどの巨大な剣を使ったとのこと!」

「わかった」財前は拳銃を抜き、あかりを見た。「全力でとは言ったが、ちと厳しいな」

「急ぎます」

「君がこの一件の回顧録を書くなら、俺のことはとびきり格好良く書いてくれよ」

「急ぎますから、そんなこと言わないで!」

「達者でな……おっと」ふたりの頭上に放物落下する砲弾。

 南無三、と呟く財前。目を閉じるあかり。

 爆音。だが痛みも衝撃もなかった。

 恐る恐る目を開けると、空中に広がる巨大な雪の結晶のようなものが、砲弾の到来を阻んでいた。

 そして遠くから轟く排気音。六〇度V型発動機を搭載した米国式の単車と、それに跨る歌舞いた服装の赤毛の女。右手の銃から放たれた巨大な火の玉が、不死の軍団の一角を吹き飛ばす。

 やや遅れて、こちらは今にも故障しそうな不規則音を上げながら、てんとう虫のような形の白い独逸車が現れる。扉を開けて現れた銀髪の女は水兵服に黒の羽織。左手に提げた刀を一振りすれば、氷の刃が敵陣を薙ぎ払う。

 赤毛の女、二ッ森焔が、その名の如く炎の装飾が施された単車を降り、警官隊の前に出て言った。

「エフ・アンド・エフ警備保障だ! 敵はあっちで合ってるか?」

「もう、お姉さまったら馬鹿なんだから。見ればわかるでしょ」刀の露を払って二ッ森凍が言った。「わたくしたち、わけあって世のため人のために戦う身の上でして。ところでお巡りさん、あれ、死にますの?」

 土人形の群れに切っ先を向ける凍に警官がとにかく首を横に振ると、焔の方が満足気に続けた。「じゃあ全力でいいな」

「ええ。向こうがただの土なら遠慮は無用」

怒られない程度にぶちのめすLegal and Non-Lethal。いくぜ凍」

「ええ、お姉さま」

 エフ・アンド・エフ――フォレストがふたつと、フレイムフロストをかけた名前。

 伊瀬新九郎が帝都最強の女たちと評した同じ顔のふたりが、痛みを知らぬ土人形の軍団に襲いかかった。


 葉桜の季節だった。

 春には百花繚乱に咲く隅田川沿いの桜並木を走る伊瀬新九郎。遠くへ行っていまいという彼の予想は、少し違う形で的中した。

 桜を背にして腰を落とした白川礁二。その足元には電想機が転がっている。そして傍らに女と老人。

「粂さんに……紅緒さん」

「遅うございましたね、先生」と番傘を片手にした吉原の若き女王が応じた。「騒がしいから出てきてみれば、えらいことになってるじゃありませんか。念のため、手勢を連れてきて正解でした」

「ご迷惑をおかけしたようで」

「いえいえ」粂八が深々と頭を下げて応じる。「我ら吉原隠密衆といえど、時には働かねば腕が鈍りますゆえ」

 桜に隠れた無数の気配――紅緒の私兵にして、商売柄敵を作ることも多い吉原の店主らが組織した諜報・戦闘集団が続々と姿を現す。

 青色牡丹の着物に下駄履きの紅緒が言った。「白川さん。ご事情は存じております。あんたの娘さんは、うちと付き合いのある店で預かります。ちぃと金子が入用ですが……」ちらと新九郎を窺う。「そちらの先生が都合してくれましょう」

 勝手に決められても困る新九郎だが、何か言う前に紅緒の目線が制した。

「私は」白川は憔悴しきった様子で応じる。「とんでもないことをしてしまいました。あの男が、安藤が、借金を帳消しにできるから、娘も取り戻せるからと、それで……」

「しかしあんたも因業なことをなさいましたもので」紅緒が長煙管を出すと、すかさず粂八が葉を詰め火を点ける。それを美味そうに吸ってから、紅緒は続けた。「神林に借金こさえて、今度はレッドスターの手先になって神林の貸金業者の事務所潰して。まあ、あちらさんにはあたしらも伝手がございます。借りたものは仕方ない。諸々はあたしらも口を噤みますから、気質に働いて返されることです。まさか、娘だけに返させるつもりじゃございませんね?」

「滅相もない!」

「よろしい。手打ちにしましょか」紅緒の目が、今度は新九郎を向いた。「そいじゃあ、あとは先生の出番ですね」

 その新九郎は深々とため息をつく。「上役への言い訳を考えないといけません」

「それは後でも、よろしいんじゃありませんか」

「あなたは僕を働かせるのが上手い」

「ですがあのエレカイザーとやらを止められるのは、星鋳物を置いて他にありませんでしょう」

「仕方ない」新九郎は帽子を取った。「異星人との戦いを止めてくれるひとが来た。なら人間同士の戦いは、僕の管轄だ」

「お帽子、お預かりしますよ」

「頼む」

「今回だけですからね」

 新九郎は帽子を紅緒に手渡す。いつの間にか、粂八を含む隠密たちの姿は消えている。

 番傘を閉じ、数歩下がる紅緒。新九郎は懐から小箱を取り出した。開けば、中には流星を模した形の徽章がある。新九郎の指が触れると、それは見る間に形を変え、手の上で遮光レンズの眼鏡になった。

 その眼鏡をかけ、新九郎は言った。

星鋳物第七号ホーリーレリクス・ナンバーセブン闢光クラウドバスター。……鎧よ、来たれ!」

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