7.電装王者、見参

 すっかり日が落ち、夜の帳が下りた帝都東京。だが聳え立つ天樹と、その周辺、墨田の中洲から東岸全般に広がる、科学を二〇年先取りしたと言われる鋼と硝子のビル群が眠ることはない。

 まして今宵は、一大喜劇の幕が上がるのである。

「さあさ皆様お立ち会い。これぞ私、犯罪王子アントワーヌの華麗なる計画の幕開けです!」

 地味な顔を華美な化粧と派手な衣装で彩った男、安藤和夫は、隅田公園の広場の中心に設置された石段に登り、大仰に両腕を広げた。左手には火の着けられた葉巻。右手には悪趣味な指輪。

 傍らには電算端末機を正四面体の都市恒常化機構に繋ぎ、目を覆う形の機械を装着した男。名は白川礁二。電気系の技師にありがちな洋風の動きやすい作業着姿の彼は、まるで目に見えない何かを探るように虚空に手を伸ばしている。

 安藤が開幕を宣言した先には数人のやくざ者――地球人がふたりに偽装皮膜で地球人のふりをした異星人がひとり。いずれも洋装だが、シャツ、帽子、ズボンと一点だけ赤いものを身に着けている。いずれも、地球での非合法活動で巨利を貪る異星人と、彼らに便宜を図る地球人が連合した組織犯罪集団、赤星一家レッドスター・ファミリーの幹部だった。

「エゼイド星人と言ったか」人間の方が言った。「そいつらの手綱は万全だな?」

 安藤は葉巻の煙を吸い、吐いた。「もちろん。先日私がこの街の電子網に感染させたエゼイド星人はすでに無限に自己増殖し、電子の世界に彼らの楽園を構築しております。だがその楽園には娯楽が足りない。そこで私が、彼らには無関係の異世界を好き放題に破壊する最高の娯楽を提供するわけです。この白川氏と、エゼイドが外の民との接触を夢見て作った電想機を使ってね」

「なら制御装置とその白川という男を、こちらへ渡してもらおう」皮膜を被った、表情の引きつった異星人の男が一歩、跳ねるように歩み出る。「君はよくやった。我がファミリーは、君を出所させた見返りを十分に受け取った。安藤くん、君はもう、我々とは関係ない」

「それは如何なものか」安藤は仰け反り、見下し、笑う。指先から灰が落ちる。「異星砂礫と人が呼ぶものは、つまるところ電文で制御可能な微小機械だ。適切な符号化電文を送り込めば建物にもなり、他のいかなる形にも変形させることができる。だが焚書防壁ファイヤーウォールが固くてね。エゼイド星人という搦手を使わざるを得なかった。そして彼らに信用されているのは、私だ。君たちではない」

「ならお前の席を用意しよう」もうひとりの人間の幹部が言う。「ファミリーはもとより出自の異なる者が共存する組織だ。お前とて、後ろ盾は欲しいだろう」

 安藤は数秒沈黙する。

 そして糸が切れたように笑った。笑い転げた。腹を抑え、地面を叩き、息が切れるほど笑った。

 そして言った。

。私は王子だ。チンピラ風情が、いきり立ってこの私に命令か?」

 異星人の男が懐から光線銃を取り出し、構える。「面白い男だ。我々を裏切るのか」

「裏切る? 何を言う。君たちは、不幸にも玉座を追われたこの私を助け支える志高き臣下だろう?」

 安藤が指を鳴らした。

 すると、異星砂礫の舗装が瞬く間に変形。巨大な拳となって銃を構えた男を殴り飛ばした。

 ともに銃を抜いて背中合わせになる残りふたり。

 彼らは空中へ目線を向ける。だがその方角へ、やはり舗装から変形した触手が伸びる。

 一瞬。触手は棘となり、不可視化して空中で待機していた彼らの円盤車を貫いた。質量を擬似的に打ち消すオルゴン機構が暴走し、落ちる間もなく轟音を上げて爆発四散する。

「さあ存分に暴れろエゼイドの民よ。人を倒せば一〇点。車は五〇点。建物を崩せば五〇〇点。超電装は一万点。そしてかの忌々しい天樹を崩せば一〇万点だ。数で稼ぐか大物狙いかは君たち次第。さあ諸君、位置について……んん?」

 意気揚々だった安藤は眉を顰めた。

 周囲から一斉に警笛音と赤色の回転灯。続々侵入する車両。続けて拡声器の大音声が公園中に轟いた。

「警視庁異星犯罪対策課だ! 安藤和夫、貴様は完全に包囲されている、大人しくお縄につけ!」

 警察機動隊の装甲車両を従えて叫ぶのは、警視庁異星犯罪対策課長・財前剛太郎。暴徒鎮圧用盾と防弾仕様の出動服、機関拳銃で武装した機動隊員らが公園内に展開し、無数の銃口が安藤と、事態を飲み込めていない白川を照準する。

 更に隅田川の水中から飛沫を上げて出現する陸軍憲兵隊の超電装、四八式〈兼密〉。お猿の大将は身の丈ほどの刺股を振り翳し、足元に水溜りを作りながら上陸する。芝生に刻まれる巨大な足跡。肩に備えられた投光器が、『御用』の影文字とともに気取ったマントに白塗り化粧の安藤を照らし出した。

「憲兵隊の支援に感謝する! だが君たちは支援に徹してくれたまえ!」代わって怒鳴るのは門倉駿也。警邏車の扉を盾に拳銃を構えつつ、安藤を睨んで彼は続ける。「安藤、公園内は禁煙だ! 直ちに武器を捨て、葉巻の火を消して吸い殻を持ち帰れ!」

 財前の嘆きの呟き――「いや駿ちゃん、そこは大事かい?」

 安藤は声を張り上げる。「ほほう、さては諸君、我が王国の衛兵志望者かね?」

「口を閉じろ、手を頭の後ろで組んで跪け!」と門倉。

「跪け? 口の聞き方に気をつけたまえ」安藤は葉巻を足元に落とした。「エゼイドの諸君、雑魚敵が向こうから来てくれたぞ。改めて位置について……」

「安藤、無駄な抵抗はやめろ!」

 門倉の叫びに舌打ちし、安藤はマントを翻した。

「用意、どん」

 指を鳴らす。

 応えて舗装が次々と変形。異星砂礫の塊が人型となって次から次へと出現する。その数、五、一〇、二〇――見る間に広場を埋め尽くす。警官隊が発砲するも、弾丸は土の塊を少し崩すばかり。そして巨大な蔦植物のように成長した砂礫が見る間に四八式〈兼密〉の四肢に絡みつき、銃声をかき消すほどの轟音を上げて転倒。投降機が割れて御用の影文字が虚しく消えた。

 だが〈兼密〉もさる者。排気オルゴンの翠光を撒き散らしながら蔦を振り払い、刺股を支えに立ち上がる。一方で総崩れになる警官隊の中で、財前が拡声器からなおも怒鳴る。

「よせ安藤、超電装に歯向かうか!?」

「どいつもこいつも……ならばご覧に入れよう。我が麗しの超電装」中指に派手な指輪を嵌めた右手を宙に掲げ、安藤は叫んだ。「出でよ、電装王者エレカイザーⅡ世!」

 虚空に稲妻が走った。

 月のない夜空に亀裂が走り、虹色の光が降り注ぐ。亀裂は広がりやがて中から一体の巨人が姿を現す。青・白・赤、自由・平等・博愛の三色を配し、頭部には金色の兜飾り。箱組の手脚を継ぎ合わせたような姿はしかし、筋肉を鎧とする闘士の輪郭を形作る。遠く希臘ギリシアの彫像のような顔面は無機質だが、戦意に満ちた男の顔を象っていた。

 量子倉クアンタ・クローク――伊瀬新九郎が危惧した異星技術により突如隅田公園に出現した超電装・電装王者エレカイザーⅡ世は、黄金の獅子を象った胸中へ主を収めた。

 操縦桿を握る安藤は叫ぶ。

「安藤ではない。アントワーヌだ、愚民ども!」

 鋼の拳が、頼りなく刺股を構えた四八式〈兼密〉を襲った。


 車を降りるなり新九郎は言った。

「一手遅れたか」

 隅田公園に転がる死屍累々。火の手が上がる市街と逃げ惑う人々。実際、大半の警官は負傷しただけで、死者はそう多くない。だがそれでも、暴力に蹂躙された街の姿は、人々の胸にひとつの悪夢を去来させる。かつてこの街を焼いた、大陸間弾道爆撃、通称遊星爆弾の雨である。

 あかりが助け起こした警官もそれは同じのようだった。ヘドロンの光がわなわなと震える彼の呻きを翻訳する。そこには、焼け野原にひとり取り残され、擦り傷と火傷の痛みも忘れ、父と母を呼びながら泣き叫ぶ少年の姿があった。

 片足の足音が違う男が、見る影もない舗装を踏み鳴らしながら近づいてきて言った。

「よお伊瀬の。ご覧の通りだ。せっかくお前さんが警告してくれたのに、このザマだ」

「財前さん。ご無事でよかった。門倉くんは?」

「機動隊の残存を束ねてあの土人形どもを追った」財前は洋装の土埃を何度も払う。「だが、長くは保たんぞ。やつら、天樹を目指していやがる。おまけに安藤の野郎、超電装を呼びやがった」

「憲兵隊は?」

「たった今連絡があった。追加で四八式を二機。それに五〇式〈震改しんかい〉が既に出動した。だが……」

「五分でしょうね」

 ふたりの目線は、片腕を失い頭部を潰され、仰向けに転倒したまま戦闘不能となった〈兼密〉の残骸に注がれていた。

 財前は懐から取り出した紙巻煙草に火を点けた。「俺は憲兵隊の負けに賭けるぜ。お前さんはどうだ、伊瀬の」

「賭けになりませんね」

「陸軍の連中め、それ以上は出せない、の一点張りだ」財前は不味そうに煙を吐く。「偉そうにしていても稼働率が低いんだよ。純国産の〈震改〉は高性能だが、操縦系に癖があるから操縦士の養成も進んでいない。こりゃあ分が悪いな」

「安藤は。例の子供染みた超電装ですか。確かあれは小石川で凍結保管されていたはずですが」

「ああ。軍の若造を締めたら、憲兵隊の証拠保管倉庫から一ヶ月ほど前に他の押収品と一緒に強奪されたって吐いたよ。連中、それも今まで隠していやがった。おまけに、Ⅱ世だそうだ」

 新九郎は、顎に手を当てて少し考えてから言った。「安藤は何か言っていましたか。恐らくやつは、エゼイド星人という電子生命体と共謀し、焚書防壁を突破。異星砂礫を自在に操り、この事態を引き起こしている」

「何かの競争を煽っているようだった」

「競争?」

「ああ。人は一〇点。車は五〇点だそうだ。何がなんだか、さっぱり……」

「そういうことか」新九郎は舌打ちする。「あの土人形は、エゼイド星人です。電子生命体である彼らに、現世を遊び場として提供したんですよ。彼らは彼らの世界から自分の分身たる人形を操り、遊んでいる。その遊び場に我々という知的生命体がいるにもかかわらず。これは明白な侵略行為だ」

「あの、先生」

「なんだ、早坂くん」

「それ、違うと思います」あかりは、苦しむ警官を横たえてから立ち上がる。

 財前が目を丸くする。「へえ。そりゃどういうこった、お嬢ちゃん」

「わたし、彼らの声を聞きました」

 あかりは深呼吸する。

 絶対の自信があるわけではなかった。伊瀬新九郎も財前剛太郎も、明らかに経験豊富で年長者。彼らの言葉に真っ向から異を唱えられる身ではなかった。

 お嬢ちゃん。

 ただ資格を持っているだけ。特級異星言語翻訳師であるというだけ。ヘドロン飾りを持っているというだけ。言葉遣い師リンガフランカー、という呼び名に相応しくない、今日上京したばかりの一五の小娘。

 だが、上野駅前の都市恒常化機構が暴走した現場で、あかりは何者かの声を聞いた。

 そしてセミとザリガニを足して二で割ったような姿の宇宙人は、こう言っていた。

 ――誰かに認められたければ、まず自分を信じることです。

 あかりは意を決した。うっかり仙台弁が出ないように。

「エゼイド星人に邪気はありません。彼らは、ここにわたしたちがいることを、知らないんです」

 沈黙が降りた。

 遠くに超電装の歩行が刻む地鳴りと、警察車両の警笛。傷の浅い警官が傷ついた仲間を助け起こし、別の警官は拡声器を片手に逃げ遅れた市民を墨田の西岸へと誘導していた。

「一理あるな」と新九郎が言った。「私の言葉が彼らには世界、と安藤は言っていた。やつはエゼイド星人と共闘しているんじゃない。エゼイドを騙し、利用しているんだ」

「ふむ。筋は通るな」深く頷く財前。「さっきもやつは似たような御高説を垂れていたな。寝言と思って聞き流したが」

「そうです。そうですよ! だからエゼイド星人を説得すれば、この事態を止められます。わたしたちがここにいることを、彼らに知らせるんです」

「いいだろう」新九郎は数秒目を閉じ、開いた。あかりを見ていた。「早坂くん、君に任せる」

「なぬ?」

「しかし財前さん、問題があります」

「なんだ。都市恒常化機構は健在だ。もしも事態が彼女の言う通りで、彼女が特級ならなんの問題もない」

「妨害ですよ。安藤と彼らがどのような手段で連絡を取り合っているにせよ、別方面から彼らに接触すれば、恐らく安藤は察知する。そうなれば、不死の軍隊がここを再び襲うでしょう。彼女を亡き者にするために」

「あの先生、ちょっと、わたし」

「なあに。警視庁には元軍属も多い。甘く見てもらっちゃ困る」言うが早いが財前は拡声器を手にして叫ぶ。「全員、体制を立て直せ! さっきの土人形どもがまた来るぞ、一体たりとも通すな! こちらのお嬢さんは異星言語翻訳師だ。彼女が連中を止めるまで、死んでもお守りしろ!」

「いやいや、でもおら、今日来たばーりで」

 さっそく方々へ指示を出す財前に代わって新九郎が応じる。「君が今日来てくれてよかった」

「で、でも、そういうのはもっと慣れた、財閥のお雇いの方とか」

「今からでは間に合わない。ここには君がいる。君にしかできないことだ」

「わたしだけ……」

 すると、あかりの足元で先刻の警官が身を起こした。「お話は伺いました。どうかやつらを止めてください。……もう戦争はこりごりです」

「じゃあ早坂くん、後は任せる」と新九郎。その口元には不思議な笑みが浮かんでいた。「僕は白川を追う。彼も安藤に利用されたなら、この事態に困惑しているはず。遠くへ行ってはいないだろう」

 それだけ言い残すと、新九郎も公園の奥へと走り去る。

 残されたあかり。その袖口から一枚の紙片が風を受けて舞い上がる。

 姉からの手紙。その文言を思い出し、あかりは唇を結んだ。

「モダンガール五つの誓い、その五。……あなただけの方法で輝くこと!」

 あかりは胸元からヘドロン飾りを取り出し、不気味に光る正四面体へと駆け出した。

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