第129話 砂に書いたラブレター(の・ようなもの)

 「まず、これを見てくれ」

 砂に描いた顔が流し目をくれた。するとその先に散り敷かれた砂はあたかも砂鉄で、その砂粒一つ分ずつのサイズの磁石を裏側から当てられて、それらの磁石が完璧に同期した日体大の全体行動のように一斉に動いて、結果、表面の砂粒の一粒一粒も迷いなく自らのポジションへ移動して、一糸乱れぬフォーメーションダンスを完成さえた結果、書類状を成した。以下がその内容だ。


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いづれ、三階社史編纂室の壁から侵入しつづける砂に社内は飽和するだろう。


気密室であるところの勤怠管理室にも、エアコンダクトのフィルターを通過した砂が積もり始め、地媚(型端末)は、機能を停止するとともに、十分に積もった砂が、その欲求をかなえ、再び人間の姿に戻るのだ。

だが、彼女を抱きしめることは、誰にもできない。砂でできたもの以外には。


電気が消えると真っ暗になり、砂は白く輝きはじめる。まばゆい光の中、或日野は、砂と同化し、光と同化し、砂に埋もれて消える。不適な笑みか、半眼の笑みか、ほくそ笑みか、まだ決めかねているが、ともかく、不安など微塵も感じさせない笑みをうかべて、或日野のは白い砂と一体となる。⇒ 三原色の砂


いや、砂は外部から侵入しているのではなかった。まさに沙漠が投影されているスクリーンから零れ落ちているのであり、壁からも天井からも、こぼれおちてくる。つまり、この砂はタイラカナル商事そのものを構築している物質が砂へと還元されていくことにより現れているのである。


「なぁに。明るくなればすぐに見つかるさ」

と隊毛か、工辞基か、真名は、簡単に言うが、電気が点って黒くなった砂の中にも、或日野の姿は見つからない。

或日野は、砂になったのだ。そして砂のあるところならばどこにでも或日野は存在するのだ。


凪の砂漠。そう、「喫茶凪」の世界を映し出すのがこの砂漠なのだとしたら、砂漠の民は、凪で遭難した連中だった。


ここは、考えどころだ。


この砂漠の出現には、釜名見の力が働いているのか?


プラナリアは、MOMUSを止めるのだが、それはどちらの味方になる?

MOMUSは、砂による空想の物質化を増長するが、その際、空想にバイアスをかけている。すなわち、ファシズム的な装置なのであって、プラナリアは自由を獲得するため、その規制と戦っているのであるが、結果、この世を砂へと還元させる作用を、陰画的には発揮してしまう。


グリッドシステムの放棄は、空想技術の完成なのか、挫折なのか。⇒ 釜名見による空想力の奪回。砂が空想を物質化するように、物質は空想によって砂に還元されうる。

沙漠の民が、すべてが具現化可能な沙漠において、ただ沙漠の風景のみを想像していたのは、人の欲望を恐れていたからであると同時に、物質に捕らわれた空想を純粋空想へと解き放つための呪詛だ。沙漠の民は、純粋空想の世界に住み、物質によって汚染された人類の空想を浄化しようとしている。

⇒釜名見はその末裔であるか? 否。「血」こそが、物質的空想力を連鎖させる源だ。それゆえ、釜名見は、血縁を求めない。子供は砂を固めたゴーレムでよい。それが、或日野である。

⇒ 沙漠から出ると、機能を失うという描写は間違いではない。空想は物質の制限を受けないから、逆をいうと、物理法則が強い区域では、機構に無理が生じるたのだ。或日野や、キメトが沙漠の外でも活動できるのは、その造形が、物理法則に則って構成されているからである。

⇒或日野が二つの名前を行き来する理由は、沙漠の浸潤によって、物理的結合が揺さぶられ、何らかの空想による改変がおきているためである。それは、だれの望みなのか?

⇒或日野の父だろうか。それとも釜名見自身ではないのか?

⇒或日野に父は存在しない。ンリドルホスピタルに長期入院しているのは課長であり、課長は氷見によって、脳標本と化している。今回の計画に、課長は「純粋空想」を得るための実験として、脳を、身体各器官から解放する試みに躰を提供したのである。


或日野こそが、やはり、釜名見ナンバーズの最新作なのであった。そして、キメトは、釜名見をとめる(つまりこの世の砂へと還元することを阻止する)


社屋から溢れた砂が、この街を飲み込み世界を覆うだろう。⇒ 世界は砂に戻りそれは元通りの世界として認知される。


⇒ニルヴァーナ曼陀羅へ 


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 ボスは眉を寄せて足元の砂紋を読んだ。それは現状によく似た状況を検討したメモのように読み取れた。現状に似ているという事実が、ボスを苛立たせもしていた。この状況の収束の兆候となる道しるべは、類似に、ではなく、差異、にしかないと考えていたからだった。分析対象が現実に似たものである場合、その分析は、現象の大部分を説明しうるために誤解されやすく、その分性質が悪い。似たもの、というのは、いかに検閲を強化したところで容易く関門を抜けて浸潤してくるからだ。たとえばその浸潤経路は、むきだしのまま、門扉の隙間をすり抜けるとか、システムの脆弱性を突破してくるなどといった不自然な自然さを装うような低俗なものではなく、それに触れた精神を侵食し、その器ごと、つまり人間の脳によって自然な自然さで越境してくるものである。現にボスの脳には、このメモを読む以前のボスとは異なる思考経路がいくつも現れており、それによって、過去に新たな解釈がいくつも生じていた。それらをボスは「トラップ」と呼ぶ。「奇門遁甲八陣の図」と呼ぶ。それらは、あたかも解決にいたる道筋の可能性を広げるかのように選択肢を増すことで、かえってバッドエンドへいたる確率を増やすのだ。


クイズミリオネア。

ライフライン使いますか?

はい ワンハンドレッドワンハンドレットで。

選択肢が100×100増えます。


 というようなラジオの投稿をボスは思い出していた。また、ある漫才師のネタで三択から二十択になって「よけ、ややこしなってるやないかい!」と突っ込まれるも、正解以外の選択肢がひじょうに簡単だったため、その条件を飲み、正解の選択肢が出たところで嬉々としてその正解を叫んだ回答者にむかって、司会者が一言。

「ハマダさん。番号でいってくれないと……」


 が、今はそんな思い出は関係がなかったし、そもそもボスのいる時空には、そんなラジオ番組も漫才師も存在しないはずではなかっただろうか?(作者)


「土師君。といったね。君は魔術師か?」


 ボスは、厚生部の床一面に同じ砂が敷き詰められていることと、自らの衣服の繊維の隙間にまでみっちりと砂粒が詰まっていること、そしておそらく体内にも相当量の砂を吸入しているであろうことを考え、たとえばこの「サンドフェイス土師」が、床の上にではなく直接ボスの体内に発生することすら可能であったことを思い慄然とした。土師はそのボスの動揺を感じ取ったのか、クスクスと笑った。


「大丈夫。あなたとは手を組みたいと思っていたのですから。それよりも、もう一枚の資料を用意しましたので、こちらもどうぞ」


 先ほどのメモとは反対側に、別の文書が現れた。


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10章 俯瞰図 

1 キメトのナレーションによる 沙漠の記録映画=空想技師集団のPR映画となっている。

 沙漠の民の歴史。

   白い塔の成立(ネイトン二世の話)

    塔の説明(バベルは神への対抗の説をとる。逆鱗に触れ、言葉を乱された後、ムンバイ沈黙の塔)

   透明な砂粒の発見

    白と黒と透明による純粋さの説明

 コロニーについての簡潔な説明

  コロニーの発生:釜名見が沙漠に現れること

  コロニーの終焉:釜名見が消え、赤い塔が成立すること


MOMUSU,勤怠管理グリッドのPR、喫茶「凪」⇒凪沙漠のレポート


そして、沙漠の浸潤と沙漠化のなか砂に消滅するアルヒノ


2 ボスが到達し、観想にとじこめられたこと

  氷見の関与と、平喇香鳴がキーパーソンであること

  フラッシュバックがとまらない防犯カメラの映像検証

  ボス、モノに出会うことなく、堂々巡りに陥り、退場すること(解決編にて再登場か?)


3 中庭での完成披露パーティー

  広大な白い沙漠における、工辞基我陣のマジック(人体移動やら人体交換やら、読唇術やら、アポーツやら) アシスタント キメト

  土師無明による砂の造形展(平喇香鳴の詳細な解説付き)

  キオラ画廊主の口上

  そして、釜名見ナンバー18がお披露目されること。巨大な砂丘には、PR映画を上映中

  飛行機から、真名刑事登場 この事件を、現実界において解決しようとする唯一の存在者として。

  カムナビ作動。凪沙漠を召喚し、砂の中から行方不明者が現れること。

  一見、大団円


4 

右手を失った男。両瞼は閉じたまま血の流れた跡がある。(⇒砂男)

沙漠の描写 砂の惑星とソラリス

三原色の砂の説明(ラカン界)

昼と夜の違い

その砂が持つ作用の実証(男が望むものが現れる・ゴーレム=アダム説)


ここまで


次は、均一な沙漠と貸したタイラカナル商事の面々

人間の姿を取り戻した地媚(ただしそれはゴーレムとして)


言葉の次は座標軸の転換 入れ子となるンリドルホスピタル。

ボスが裏返る


結界1 精神科(香鳴) 或日野の父も、課長も、釜名見症例者とする

結界2 脳外科(氷見)

結界破り 釜名見のバイブレーション(しかし本体は?)


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ボスは、サンドフェイスの左右の書類を見比べる過程で、土師と名乗った砂の顔の眼耳鼻口に砂一粒分の厚みしかないことをも何度も確認し、強烈な射光もないこのリノリウムの床の上に、これほど複雑な陰影を描いたリアルな面貌の記されていることを不思議だと思っていた。砂粒一つがその位置におかれているか否かによって、室内全体の陰影が決定付けられてしまうような気がした。それは、ほとんど「囲碁」の宇宙感であると、ボスは思った。そして「囲碁」の世界観こそが今回の騒動の源泉にはあるのだという確信めいた着想が、ボス自身を一段高いステップに押し上げたような気がした。

「土師君。君は、亡霊なのか?」

 ボスは、内ポケットからシガーケースを取り出し、そこから美しい模様の施された細まきのタバコを取り出すと、同じ模様の刻印された金属製のライターをジャケットの右ポケットから取り出して点火した。タバコにも砂がみっちりと詰まっているだろう。だが、ボスはもう砂を恐れなかった。

 強いメンソールの香りが厚生部に広がった。

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