第62話 広報部

 目の前の白い奴を檻の中の珍獣ででもあるかのように眺めながら、ボスは首から下げたカメラの裏蓋を指先で弾いていた。白い奴はもうあらかたこちらを向いており、あとは首を270度ほど回せば、完全にボスと向かい合える態勢になっていた。

 広報部では一人の職員がぼんやりとディスプレイの前に座っていた。そこには三つのウインドウが開いていて、一つには社内の平、断面図に赤い点がいくつか明滅している画面、それから、白い男の鮮明な動画が映っている画面、三つ目がプロンプト画面で、そこに文字が打ち出され始めた。

>serch all list about him

 職員は眠たげに椅子を滑らせて隣のPCのキーをいくつか叩き、現れた「検索中」の表示を眺めた。室内の喧騒と熱気は、この一角には無い。

 突然、動画画像が急激にズームアップした。まずは、瞳、そして耳、それから指先。

 真っ白の中に赤く充血した目玉がぎろぎろと動く画像が、職員の眼の端にとらえられると、もう、その目玉から目を背けることが出来なくなった。職員の眼も、ディスプレイからはみ出さんばかりの眼と同じくらい大きく見開かれていた。そこへさらなる指令が打ち出されてきた。

>MOMUS INT mod〔S〕

 このコメントに職員は顔色を変え、引き剥がすように身体を捩じると、背後にいる一人の男を呼んだ。

「揣摩さん!」

 揣摩と呼ばれた男は、コンソールシステムと一体となったヘッドギアを肩まですっぽりと被り、凄まじい速度で流れていく、0と1とアルファベットの羅列を分厚いロイド眼鏡の奥から睨みながら、キーを操作していた。

 先程、営繕準備室からの不法侵入をモニターしていた男である。彼の周囲にもこの部屋の喧騒と熱気は及んではいない。だがそれは、あらゆるものを遮るバリヤのような緊迫感が漲っているためであった。

 案の定、男は職員の呼びかけに全く反応しなかった。職員が纏っていた倦怠はあっけなく吹っ飛ばされ、どうすればよいか分からずもじもじしていると、「そんじゃ、よろしくっ!」と電話の応対を終えた社員が無言で近づいてきた。そして訴えるような目で社員を見上げる職員を完全に無視して、プロンプト画面を一瞥するやいなや、もう一つのウインドウを開き、キーを打った。

***IMC***

 wait for connect

 cannel 0 opened

 ready

> to ID14074 from ID 46101 ”EmE”

 messege

>look con3 any port〔EOF〕

 gone!

 ready

>_

 すると、すぐに反応があった。

 receve from ID14074 to ID46101 ”Re EmE”>gali 〔EOF〕

 そして、何がおこなわれたのかをようやく理解した職員に

 「検索の結果出てるぞ。ぼやぼやするな」

 とだけ言って、電話に戻っていった。職員は肩を落とし、揣摩の方をそっと見た。その背中には何の変化も見られなかった。

 しかし、揣摩の頭の中では多数の要件の順位付けとそれらの評価が、幾度も幾度も組み直されていた。画面に現れる16進数の羅列に反射的に対応し、しかもその対応は二手三手先の展開に適合したものでなくてはならない。

 モニターしているのは、多比地が取り組んでいる不正侵入の進捗状況であり、その到達度に従って、揣摩は開示可能な情報、隠蔽すべき情報、偽データによる回避、ハニーポットへの誘導などを適宜適用していたのである。一気に不正侵入を暴き、多比地の端末を落とす事は簡単な事だ。また、無限ループへと誘いこみ、絶望の淵へ叩き込む事も出来た。そうしなかったのは、ボスから「排除」の命令が出ていなかったからである。

 広報部は、データのデリケートな部分にまで手を広げる事はあったが、決して保守管理をその任としているわけではないのだ。揣摩はこう考えていた。

「MOMUSの中のいくつかは、まだブラックボックスになっている。ハッキングは魅力的であり広報活動を円滑に進めるためにも有用と評価できるが、社内からの攻撃はリスクが高すぎ、慎重を期するあまり、時間がかかる。今、懸命に侵入を試みているこの男のスキルでは攻略は不可能だが、時折ユニークな方法、新奇なツールを駆使しており、横紙破りではあれ、突破口が開く可能性がある。しかもこの男の侵入ならば広報部にリスクは全く無い。だから、ログを記録すると共に対応能力もテストさせてもらおう。単純なメッセージ送信も、ポートの開閉も出来ずに、暇さえあればインターネットばかり見てる使えない奴よりも骨がありそうだ」

 以上の判断もまたボスの一言、「引き抜いてみるかな」に負っている。

 だが、ボスからの指令でそうも言っていられなくなった。

 揣摩は手順の再評価に入っていた。

「今、MOMUSに侵入すると、こちらの動きを対象にトレースされる恐れがある。いや必ずトレースしてくる筈である。そして、広報部が多くの時間を費やして設置した裏扉を発見されないとも限らない。そうなると、社のシステム管理部に対しておもしろくない借りを作ることになる。負のしがらみを背負うのは部の方針に反する。従って、対象をこのまま放置するわけにはいかない。さらに、これまでの手腕を見る限りにおいて、まだ未知のツールを持っている可能性は0%でなく、精神面は未調査とはいえ、Dosに走る可能性は高い。従って迂回、軟禁では危険である。故に、即刻、対象の端末を使用不能とし、対象が使用した進入路の全てを閉鎖、さらにこちら側で不正侵入検地後対応を実施しつつ、任務を遂行するべきである」

 以上の判断は、端末に転送されてきたボスからの通信を見ると同時に終了していた。さらに、多比地が使用している端末に送り込んでおいたToolの中から、データ消去ツール”kmisesion”と、ハードディスククラッシャー、”bb drive”さらに電圧設定ユーティリティー”eD tune”に対して、起動遅延設定と、キー連動設定をするバッチを送信した。トリガーは、揣摩が用意したおとりフォルダーのプロテクトパスワードである。そして、最後の仕上げとして、偽のディレクトリのプロテクトをクラックしやすいものに変更した。

 すると即座にパスワードが打ち込まれた。揣摩は、ほう、と唸った。数百のプロセスに目配りしているにしては、敏速だったからだ。「能力的には合格だな」と揣摩は思った。その直後、多比地のLAN上での活動は一切消失した。ぼんやりと揣摩の背中を眺めていた職員が、検索データの処理を開始しようと椅子に座った時には、以上の業務が完了していたのである。


 この防御(攻撃?)で、多比地は木っ端みじんになった。

 味覚以外の全てを駆使して、出入りするデータの解析し続ける多比地が得に力を入れていたのが、奇妙に入り組んだ階層構造を持つ巨大なドライブの中で、故意に迷路化してある怪しい区画であった。

 潜入前のマップ作成時に、多比地はこの階層が、クレタ、もしくはミノタウルと呼ばれるスプレッドに酷似している事に気づいていた。

「これは、一か八かの賭になる」

 と、多比地は気を引き締めた。この階層構造はまだ研究段階のもので、その全容は数名の開発者にしか知らされていない筈であった。

 階層は基本的にトゥリ−構造である。だが、このクレタ、もしくはミノタウル階層は、リゾ−ム理論を基礎としており、常に、フォルダの中のフォルダの中のフォルダの中のフォルダが、その階層の最も上位のフォルダになりうる。という奇妙な特徴を持っている。

 この構造そのものが何に使えるかは別として、ともかく世界的な重大機密であり、万が一これが罠だとしたら、超一級品の罠だと、多比地は腹をくくった。そこへ、パスワード解析成功を告げるLEDの明滅である。収集した社員データやプロジェクトデータから抽出、編集した辞書でヒットしたのだと確信した多比地は、興奮を抑えてパスワードを入力した。その直後だった。ハードディスクがカリカリという音を立て始め、一切の入力を受け付けなくなり、やがてコンソール全体が軋んだかと思う間もなく、ディスプレイ、キーボードなどが火花を散らし、本体内部から炎が立ち上がった。室内は埃と残材の山である。多比地は直付けの電源コードを引き抜こうとして感電し、壁の前まで吹っ飛んだ。警報が発報しスプリンクラーが働きはじめた。痺れる身体を引きずって、多比地はそこらにある板切れなどをよせあつめてこしらえた小屋に自前の装備を集め、自身は、黒く焦げたコンピュータの前で、水を被っていた。

 難攻不落のメインフレームに挑み、幾度も跳ね返されるのは恥ではない。だが、この結末は明らかに人手による撃退システムに対する敗北であった。

 タイラカナル商事のシステム管理部門に、こんな対応が出来る職員がいるはずはなかった。そもそも、クレタもしくはミノタウルスを囮に使おうなどと思いつく人材も、実際使える人材もいるはずがなく、またそれだからこそ、多比地はここに賭けたのであった。そして、罠に陥った結末がどうなるのかを考えていなかった多比地にとって、メインコンソールと電源を失うという現実を受け入れるまでには時間が必要だった。

 「きっと、別の機関が、セキュリティ管理を行っているのに違いがない。この社のメインコンピュータがこれまで無数のハッカー、クラッカーの攻撃を凌いできたのは、システム自体の堅牢さのみならず、この名も知らぬセキュリティー部門の働きによるのに違いがない。そうに違いがない。きっとそうに違いがない」

 と多比地は思った。

 プライドまでずぶ濡れになりながら立ち尽くす多比地には、こちらを破滅させた相手の手順を、推察することが出来た。だがそれが何になるだろう。リアルタイムでこの手順を遂行する手腕が、多比地にはなかった。そして、あのクレタもしくはミノタウルス階層の使用… それは敵との絶対的な格差を示していた。完全な敗北である。

 コンピューターが死ぬとこの部屋の閉塞感は耐えられないほど高まっていった。散水はまだ続いていた。

「警備部の警報が鳴動し、担当者がこちらにやってくるだろう…」

 と多比地は考え、はたと手を打った。

「やってきたからといって、一体どうやって入ってくることが出来る? 壁を壊して? だが、狂った座標にあるこの部屋に、誰がどうやって入ってこられるというのだ。俺は確かに敗北した。だがそれは結局、俺の分身を一つ失ったに過ぎない。それは最大最強の分身だったが、俺はまだここにいる。そしてこの部屋にはあらゆる配線が集合しているじゃないか。俺はこの配線の数だけ分身を持てる。まだだ。まだ終わらんよ」

 スプリンクラーの水が止まった。遠くでサイレンも聞こえている。誰かが「誤報だった」といい、調査が始まるだろう。だが、多比地に迷いは無かった。

「この部屋から出る術が無い以上、俺はハッキングをし続けるだけだ」

 水をかき分けながら、手持ちのノウトパソコンとウエアブルPC、そして眼鏡型ディスプレイなどを起動し、バッテリーの状況を確認する。悪い事に、予備のパックは充電に当てていたため、今の過電流で使い物にならなくなっていた。だが、格別失望した様子もなく、多比地は、テスターのような器具を取り出して、派手な鍾乳洞のように絡まっている配線の一本、一本をより分け始めた。この配線が、確実に多比地とタイラカナル商事とを繋げてくれている。そして、繋がっている道は必ず通る事が出来るのだ。

「最後のお土産で、ちっとはやつらも慌てるだろう」

 先程までの死人のような目に光が戻ってきた。だがその光は青く冷たかった。


 揣摩は何事もなかったかのように、指令を遂行しようとした。が、その時にもう一度、「ほう」と唸った。それは、多比地をおびき寄せるために作っておいた階層を削除する際に目に留まった一つのファイルのせいである。そのファイルは、小さな実行ファイルで、不可視属性がついていた。揣摩はその奇妙なファイルをエディタで開き、それが自己修復型のワームで通称”pranaria”の亜種だと判断し、腕を組んだ。

 これは、ファイルを転送する途中で回線が切れたりすると、切れた部分が自己修復のため、様々な階層を検索して、SYS、DAT,DLL,INI,EXE、VBS、OCX JAVAなどを無闇と取り込んでいくという特徴を持つ。その結果、どのような症状がもたらされるかは不明で、まともに動作したという報告はほんの数例にすぎない。だが、ほんの数bitでも、またプログラムのどの断片からでも修復行為を開始するなどの点が、セキュリティー関係者のみならず、生物学、物理学、哲学、宗教学などのあらゆる分野で注目を集めていたのである。さらにこのワームは同一ネットワーク内部にある同形のプログラムに特に親和性を発揮し、爆発的に増殖を始めるとが確認されている。オリジナルの症状は、主にリモートコントロールサーバーソフトの自動インストールであり、トロイの木馬を仕込む先鞭となるものである。クラッカー達は、侵入に成功したフォルダへ、成功の証としてこのワームを置いていく。途中で、失敗したら、これまでに置いてきたpranariaが総出で、不具合を起こさせるという達の悪いものなのである。その際、ディスプレイのどこかに、小さい文字でkkkと打ち出されるという。

 揣摩は多比地の経路の全てにこのワームが置かれているという事をほとんど確信した。この階層に至る前、多比地はたしかに社のメインフレームの第二幕あたりをうろうろしていたのだが、その影響は未知数であった。製作者不明のこのワームにはまだ完全なワクチンが無いが(亜種が多すぎるためと、ワクチンを模したウイルス亜種もありうるため。)活動地点が社の中枢に近すぎるという点で、対応は急務であった。

 それとは別に、この珍種を扱えるという点で、揣摩の多比地の評価はさらに高まっていた。

 揣摩は検索可能なフォルダの全てのpranariaを検疫区画に収容し、数枚コピーを取り、その一枚を「感染のおそれあり」というメモと共にシステム管理部へ届けさせた。そして、感染したメインフレームと広報部を結ぶラインを制限し、監視を強化した。


 さて、一方、渡り廊下である。

 こちらをむいた白い男を眺めたボスは、吐き気を催した。この世の生き物では無い、という直観が、自然にボスを半身にさせた。だが、小刻みに震える白い男は、ポカンと口を開けて、ゆっくりと左右に首をひねっていた。

「僕が誰か? とお尋ねになりましたか? 僕はあなたを知っているのに。あなたは、以前、密偵講習の講師をなさっていたお方ではないですか? お忘れですか…  いえ、無理もありません。あの頃の私は、今の私とはまるで別人だった…」

 ボスは自分の過去を確かに知っているらしいこの白い奴を、今度は真剣に凝視した。良いタイミングで、広報部からイヤホンに報告がはいる。

「初期検索要旨、該当者アルビヤフミコレ、所属営業二課。定刻通り出社、遂行中のプロジェクト無し」

 ボスは首をひねった。名前に心当たりが無かったからだ。続いて第二報が入る。

「MOMUSU検索要旨、該当2名。ただし一人は労災認定申請中。もう一人は初期検索と同様」

「労災認定手続きの詳細。それと、それはどこの誰かを伝えろ」

 ボスは全く口を動かさずにそう言った。声も外部には洩れていない。ボスが被っている帽子は、口腔内の音を反響拡大しそれを発信することが出来るのである。流石にアルバイトとはいえ、密偵講座の講師を勤めただけのことはある。そうしたやりとりの間も、白い奴はぶつぶつと呟きつづけていた。

「僕が誰かと聞かれるのが、僕は一番困る。昨日から何かおかしいんです。自分が自分ではないような、誰かに乗っ取られていたみたいな、おかしなことばかり起きるし…」

「昨日から? 一体何があったんです、その…」

 ボスは白い奴の言葉に探していた重大な要素が含まれていると思った。奇妙な状況におかれた場合、最も信頼できるのは、人が奇妙だ、と思うその事そのものなのだというのは、ボスのたくさんある信条の一つである。しかも、その奇妙だという感じが、奇妙な状況の発生と時期を近くしているとなれば、相関があるとみるべきである。そこへ第三報が入る。

「追加検索結果要旨、氏名、或日野文之、所属社史編纂室、定時出社、一回ロビーの北トイレで負傷。例の駐車場での騒ぎに巻き込まれたものと断定され、ンリドルホスピタルへ搬送。現在入院中」

 ボスは、目を見開いた。その名前は心当たりがあった。以前の講座では総合評価ではごく平均的でありながら、得意課目と不得意課目があまりにも明確だったので、印象に残っているのである。その後タイラカナル商事へ入社したというのは知っていたが、目立った成果も無く、言葉を交わす機会も無かったのだ。

「社史編纂室?  辞令詳細」

 ボスは再び指令を出しておいて、

「覚えていますよ」と微笑んだ。

「昔の事を思い出せるというのは、いいものです。今が違って見えてきますからね。或日野文之くん」

 或日野は、満面に笑顔を浮かべた。結果、顔は白い皺だけになった。それはおぞましい造形だったが、ボスはこらえて笑顔のまま歩み寄っていった。

「一体、何があったのかゆっくりお話を聞かせてもらえませんか?」

 或日野の顔から笑顔が消え、ゆっくりと後ずさりを始めた。

「きっと誰にも信じてはもらえません。私だって信じられないんです。でも私がこんな風にされたのは事実です。あなたは、私が誰だかどうして分かったんです?」

「私は一度見た顔は忘れません。それは密偵の特質です。あなたは何かよからぬ事に巻き込まれているに違いないのですよ、或日野くん。君はこの社ではどこに属していましたか?」

「営業二課です」

 ボスの元に報告が入る。

「詳細要旨二。社員章を二枚所持。記載、或日野文之、同アルビヤフミコレ。指紋、声紋、虹彩認証では区分出来ず」

「アルビヤフミコレ名義の社員章を詳細分析」

 ボスは状況に応じて巧みに二つの声を使い分けていた。或日野は、目の前の男の指揮の下で、自分が走査されているなどとは考えもしなかった。

「分かりました。君がどんな状況に陥っているのか、常ならぬ状況だという事が私には分かっています。君の話を聞かせてください。そうですね。厚生部でなら、君の証言が真実だという裏付けも取れると思いますが、どうですか?」

 ボスとしては、それ以外に、或日野らしいこの男をもっと詳細に調査してみたいと思ってそう持ちかけてみたのだが、或日野は、「厚生部」と聞いた途端にへなへなとその場に座り込んでしまった。

「勘弁してください。あそこは怖い。何か、とてつもなく恐ろしい事が、あああああ…」

 目と口を大きく見開き、自然と大きく開いた鼻の穴二つと合わせて五つの穴が白い丸の中に開いた。全てを吸い込んでしまいそうな穴だった。ボスは慌てて或日野にかけより、懐から錠剤を取り出し、或日野の口に含ませた。

「落ちついて。あそこへ行くのはやめましょう。私もどうもああいった機械仕掛けは好きではないんだ。耳鳴りがするし、だいたい偉そうなところがある。そうだな。君が落ちつくところ、営業二課はどうです。そこなら慣れているから、気を落ちつけて話す事が出来るんじゃないですか?」

「社員章詳細分析要旨、偽造確率53% 辞令検索要旨、異動辞令受領者 現営業部統括部長 室田六郎 尚、申請は即時受理」

「偽造可能性項目列挙」

「そ、そうですね。でも、お、お、お茶、お茶を飲んでは駄目です。あのお茶をををを…」

「分かりましたよ。お茶は飲みません。そこでコーヒーでも買っていきましょう。何、社はこんな状況ですから、今日は業務なんて出来ませんよ。さあ」

 ボスは優しく或日野を促し、営業二課へゆっくりと歩きだした。或日野はボスの肩と腰に手を回し、まるで服にかかった白ペンキのように、ボスに頼りきりである。

「偽造可能性項目列挙上位のみ 主素材塩基配列 バーコード一部破損 人事部DBとの一部不整合 但しいずれも誤差範囲内」

「引き続き、この一週間の勤怠管理グリッドログの収集解析。とくに営業二課の業務。営業部統括部長室田六郎に関する全てのデータ検索、うち十日以内に異動もしくは欠勤など動きのあった人間に関する同様のデータ収拾。他全て継続」

 ボスはぬめぬめする或日野の頭から顔を背けながら歩いた。時々、自分の手や、服を眺め、何か白い塗料がついていはしないかと確認せずにはいられなかったが、探している種類の人間が思いの外早く見つかった事をまずは良しとした。

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