第8話 過酷過ぎる選択

 しかし、それが浅はかな気休めだということが、私にはすぐに分かりました。考え始めると、とことん突き詰めなければ気の済まない私の悪い癖は、時として、残酷な最後通告を、自らに突きつけずにはいられないのです。


 私の服、私の毛はどうなったのでしょうか?


 あのパーティー会場で、私が作品18に仕立てられたのだとしたら、そこには私の服と大量の毛が残されているのではないでしょうか。

 丸坊主で、真っ白な全裸男が目撃されていて、現場には大量の毛と脱ぎ捨てられた服一式が残されていて、DNAも一致する。そしたら、重要参考人への任意出頭願いという名目での実質的緊急逮捕となるのは、火を見るよりも明らかです。あとは、事件と私とを結びつける物証の、出血大サービスの大盤振る舞いです。

 上着には財布があり、名刺入れがあり、社員手帳があり、ネーム入りの眼鏡ケースがあり、他にも様々な私に関わる物で、パンパンに膨らんでいるでしょう。髪は私の髪である、服も私の服である、あらゆる物証は、私の名前を持っている。顔の無い女の体から検出された体液は、私の体液である。指紋だってとれとれピチピチでしょうよ。

 ハイ、認めます。確かにそれらは全て私のものであります。

 しかし、しかし、私は作品18だったのですよ。私は一切の自由を奪われて、慰み者にされていただけなのですよ。確かに、現場にいました。でも私はずっと台座に固定され「展示」されていたのです! あ、体液……

 やっぱり、駄目です。事件は全て、私の身体が自由を取り戻してから起こったのでした。私は二つの死体が出来あがる過程の目撃者であり、誰一人助けようとしなかった臆病者であり、屍姦者だったのだ!

 絶望的でした。回転し続けた脳髄の軸受けの辺りから、焦げ臭い匂いが漂ってきていました。どの方面から検討しても、私が置かれている状況は、限りなくどん詰まりに近いということを認めなければならないようですネ。ハァ……

「明朝、アポ無しで画廊へ出向き、何としても釜名見煙氏か、画廊のナンバー2の人物に面会して、仔細を聞き出しつつ、『あの、御手洗いはどちらでしょう』からの『すみません、道に迷ってしまって』のコンボで、画廊内に服と毛が残っているかどうかを確認する。そして、警察を出し抜いて「つむじ風野郎(仮)」を捕らえ、私の無実を証言させるための、あらゆる努力を惜しまない。以上」

 それは悲しい結論でした。みんなから「お坊ちゃん」と呼ばれる幼少時代を過ごした私には、過酷過ぎる選択でした。煙を噴き上げている脳髄の塔が見える河原の土手で、「これしか無い」という認識と、「ほとんど無理」という省察が、並んで体育座りをしていました。

 さらに追い討ちをかけて悲しいのは、この肌と、この頭で、奔走しなければならないという点でした。

 私は、全身剃毛白塗りのまま、生活しなければならないのです。


 東の空が白みはじめました。考えている時間はありません。日の出と共に、警察が踏み込んでくるかもしれないのです。私は歯を磨いて、床に入りました。数分だけでも、暖かな安らぎを感じておきたかったからです。

 この先、こんな風に布団に包まって、「あと3分」の幸せを堪能できる日が戻ってくるのかどうか、分からないのですから。

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