第5話 キオラ画廊

 私はいつまでこうしていればいいのでしょう。一体、いつからこうしているのでしょう。この基本的な疑念を解くのは存外容易い事のように思われました。一つ一つ思い出せば良いだけの筈だったのです。しかし、

「空想技師集団」

 私はいきなりこの言葉に打ち当たりました。そしてこの言葉の持つ不可思議な響きに捉えられてしまったのです。

 「空想技師集団」とは一体なんなのでしょうか。「空想」「技師」「集団」こう考えれば、分からない単語はありません。「空想」は絵空事を思い描くことだし、「技師」は技術を実際に応用する専門職人でしょう。「技術集団」なら職人の集まりだと分かります。私の自宅周辺も近年、土地開発をして、先端技術を持つ会社を集めていたりしますから、何の不思議もないのですが、そこに「空想」がどう絡むというのでしょうか。

 そうです。問題は、「空想」と「技師」とのつながりなのでした。

 「技師」というからには理論に裏打ちされた技術を持っている訳です。では「空想」の理論に裏打ちされた技術とは何事でしょう。

 空想する技術?

 SFのような物でしょうか。私はそういった類の話は嫌いです。現実を生きるので精一杯の人間が誇大妄想的な空論を弄んで何になるでしょう。予言とか未来への警鐘なんかは、言いっぱなしで恐怖感をあおり、寄付をしろだの備え有れば憂い無しだのといって、インチキ商売の手先になるばかりじゃありませんか。私は広告代理店に勤めていますが、そんなイメージ本位の宣伝をしたことはありません。

 課長補佐は、そんな私を「夢」が無い男だと言いました。でも「夢」っていうのは「現実からの逃避」を目的としているのではありませんし、ましてや潜在的恐怖を捏造して購買意欲を刺激しようというのは詐欺です。いやいや、今はこんな事を考えているのではなかったのです。しかし「空想技師」というのは何かしらペテン師の匂いが感じられるのでした。

 「空想の方法を技術体系として確立し、それに習熟した人々の集まり」という解釈が最も普通なのではないかと、私は頭を整理しました。結構頭を使ったのです。その証拠には確実に私の体温は上昇していたのですから。特に頭が… いえ、この上にのっている箱のような物が熱を持ってヴーンと唸っているのです。

 時折、思い出したかのように人がきました。そして気まぐれに私の性器を弄び、擦りたてては中途半端に止めらて、もう疲労困憊です。

 さらに気がかりなのは私の考えていた事が奇妙に誤解されながらも、周辺の人々に筒抜けであるような雰囲気が、漏れ聞こえる会話の端々から伝わってくることでした。

「最近は夢を見なくなってね」「十八の子供じゃないんだよ。この間株で設けてね」「自分の顔を鏡で見る暇のある人間だからそういうことを言うんだよ」「素敵。こんなに大きくなってきたわ」などと言う声は、私の気持ちと微妙に絡み合ってくるのです。しかし、それがどこかずれていて、どうにも歯がゆいのです。一体この箱は何なのでしょう。何かが映し出されているのでしょうか。

「我思う。ゆえに我有り、は根拠の無い言葉でしかない」

 一人の女性の声が鮮明に聞こえました。何かを読んでいるような、平坦な口調でした。そう、明朝体活字縦書きの活字で組まれた文字を読むような抑揚です。そんな文句が今頭の上に映し出されているのかもしれない、そう思った矢先、何やらしなやかで冷たい物が私の股の下をするするとうごめき始めたのです。十の先端を持つそれは、十の脳を持っているかのように自在に、私の底を点検していました。私を、いえ、作品18を真下から裏側にかけて触れたのは彼女が始めてでした。執拗に、そしてとうとう一本の指が私の尻の間に入り込み、さらに奥へと侵入しようとし始めたのです。と私は生暖かで柔らかく湿った物に性器が包み込まれるのを感じました。股下の冷たくしなやかな感触とは正反対の、軟体生物の巻きつくような感覚が、私を引き抜かんばかりに吸い上げ、そして尻へは二本めの指が侵入し前後は機械的な正確さで連動して蠢いたのです。私は始めての感覚に全てを忘れました。そしてとうとう声を上げてしまったのです。

 周囲に喧騒が戻りつつありました。ざわめきは波紋のように広がり何十という注視を私は肌で感じ、恥じ入りました。しかし、彼女の運動は休まず、いつしか私はさらなる快美へと引きずり込まれて行ったのです。

「お嬢様。素晴らしい。この作品が音声を持つという事を、私も今始めて知りました。皆様、このようにこの作品18は、実にさまざまな可能性を秘めておりますぞ。釜名見煙氏の追及したインタラクティブアートはまさに『このようにある』という判断の固定を許さない程、底知れないものとして完成いたしました。視覚だけでない、聴覚的にも楽しめるということは、他のあらゆる感覚にとって双方向性を持つという可能性があるという事ですし、もちろんそうあるはずなのですぞ。皆様。求めるのです。この作品18は私達の求めに応じていかようにも返答をする新しいアートなのです。お嬢様。素晴らしい。脱帽です。貴方がここで、私どもの誰とも違う欲求をぶつけられたことで、私達は改めてこの作品の偉大さを知ることができたのです。さあ、盛大な拍手を。皆様。どうか盛大な乾杯を!」

 キオラ画廊主宰。骸骨煎藻のだみ声が響き、会場は拍手と歓声、そしてガラスのぶつかり合う音とがこだましました。これまで希薄だった香水や白粉の匂いが濃厚な渦となって私の周りに充満しました。しかし、彼女の運動は片時も調子を外さず、喧騒は次第に静まりはじめました。再び彼女の一挙手一投足に注目が集まり始めたのです。

 運動は前後だけでなく回転をも加わり、前後の連動はますます複雑さを増して行きました。私はもはや幾百もの線香花火が出鱈目に弾けているようなイメージしか見えず、ただただ喘ぐばかりとなりました。そして、とうとうその時が来たのです。あれほど中途半端に擦りたてられていた性器が、たけり狂ったように爆発したのです。それは未だかつてなかったほど熱く、濃く、長いものでした。一体何が放出されたのか分からぬまま、私は没我の境地に入りました。

「5分と43秒。ふふん」

 頭の後ろが燃えるように熱く、何かがごろりと転がったような振動を受けました。彼女のつぶやきは、そんな真っ白な私の頭の中に、いつまでも反響していました。

 周囲からどよめきがおこり、それから「火事よ!」という声が聞こえたことは覚えています。それからしばらくの間、私は再び意識を失いました。

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