電磁波ブロック☆電波アイドル
@udondondon1976
第1話
「みんな~いっくよ~!」
典型的なアニメ声での呼びかけが狭くて低く、暗いステージの上でされる。赤青のカラフルなライトが点くと、可愛らしいピンクの衣装を着た地下アイドル、みみみがまるで浮かび上がるように現れた。すると、ステージの下で、てんでばらばらに目線を下々の愚民のようなファン達が猫背をシャキッと伸ばし真っ黒な眼が一斉にみみみ一点に集中し、ハイテンションなコールを始めた。
「電磁波! ブロック!」
それに合わせてみみみはマイクに手をかけた。
「お兄さんからぁ~電波受信どうしようぉー? 鼓動がおかしくなっちゃう~あぁ~思考が漏れているのかなぁぁぁっ」
異常なまでの緩急がついたリズムで熱唱すると、
「アルミを巻こうぉ~~」
熱いコールが観客からわっとあふれ出す。
「大好きな人からぁ~」
「アルミ! アルミ! アルミ! アルミ!」
観客はアルミ・コールで盛り上がっているのと反してみみみは、奇妙な歌詞をどこか上の空で歌っていた。
ふと盛り上がるファン達の群れからおばさんの頭が飛び出した。他と異なり険しい表情のおばさんは、みみみを睨みつけた。
「死ねッーー! この詐欺師ッダンナの障害年金でのうのうと暮らしやがって」
周りとは層が違う、中年女性特有の高音がしっかり会場に響いた。しかしみみみもファンも全く気にしない。
急にどこかから飛んできた罵倒も涼しい顔でスルー。気にしていたらキリがない。みみみはそう思った。ファンの家族が殴り込んできて、ファンをこの異常空間から引きずりだせず、どうしようもなくなって私をボロカスに言うのはもはや日常と化していた。
その後何曲か歌うと、物販タイムになる。みみみがファンと直に触れ合う時間でもあった。ステージから下りると、早速頭にハデなピンク色のアルミホイルをぐるぐる巻いたファン達が興奮気味に近寄ってきた。
「あなたのおかげでア○政権の監視がなくなりました!」
「あ、あそうなの? よかったわ」
「私もです‼ 電撃反応部隊からの指令がやみました! 全部みみみちゃんのおかげ!」
「うん、うん、よかったね。それよりさ、私とチェキしない?」
しかし女性ファンは手を握ったまま目をキラキラさせたままだ。
「新作の電磁波防止シート、楽しみにしてます‼」
「ありがとー」
訳わからんファン達への対応はこんな棒読みでも問題ない。横目でちらっと物販を見るとチェキ券販売スペースはもう限界まで縮んでいた。代わりに電磁波防止シート、という名の一万円のアルミホイルのスペースは過剰なほど広がっていた。こっちのほうがはるかに売れている。私はなんのためにここに居るのだろう?
数か月前、アイドルとして行き詰ったみみみに、マネージャーが提案してきたのは、丁寧に言えば統合失調症患者向けのアイドルだった。実際のところマネージャーは「キチガイ」と呼んでいたが。とにかく電磁波防止とかテキトーなこと言ってアルミを高く売りつけろ、アルミ販促ソングを歌え、なんだその目。物販で稼ぐのは邪道で嫌か? お前さあ、そんなこと言ってたらずっと田舎に帰れないぞ……などと脅され渋々始めたのだが、これが思った以上に売れた。バイトを三つ掛け持ちしてギリギリだったのが食えるようにまで成長した。ネットのおかげで「(客が)電波系アイドル」とかいう肩書までついた。
でもでも。
確かに、確かに生活は成り立ったよ、でも、こんな人達のアイドルって、ブランド的にどうなの。ライブを終え、化粧をシートで雑に落とすと、鏡にハリと潤いが失われた三十代にそぐわしい顔が現れた。そしてもう限界であろう衣装からジャージに着替えて現実に戻った。週一で通う待ち合わせ場所のファミレスに着くと、マネージャーが既にボックス席にいた。
「遅れてすみません」
「ん」
いかにもなスポーツマン体形で長髪オールバックのマネージャーは、色黒の太い指を組んで待っていた。
「アルミは」
声からは抑えきれない欲が透けて見えた。
「はい、今日もよく売れてたと思います」
厚い茶封筒を少し見せると鳶のようにサッとかすめ取っていった。中身をまじまじ確認して、やっと安堵の笑みを浮かべた。
「よし」
そう心の底から満足そうに言うと冷えたクリームスパゲッティをずるずる口の中に吸い込んでいった。
「やっぱ、キチガイ相手はラクだなー」
ケラケラ笑いながら酒を煽る。
こっちは全然ラクじゃない。ファンの家族が押し掛けてきて騒いだりしたんだから。明らかに変な重症者まで来るんだよ?ここは病院かっつうの。
マネージャーは珍しく私にペペロンチーノを奢ったり上機嫌だ。今がチャンスか。
「今の感じ……止めませんか」
「ん~?」
マネージャーはほんのり赤い顔で酒をぐうっとあおる。
「だから……騙してお金を搾り取るのは止めませんか」
「んん?」
「私、見ていて胸が苦しくて……」
「は⁉」
マネージャーの大きな拳骨が激しくテーブルを叩きつけた。今回ばかりは引かないと固く決めていた体が後退する。
「で、でも」
「綺麗ごと言うんじゃねーブスブターーッ! ブスはブスらしくキチガイ相手にキチガイグッズ売ってりゃいいんだよッ」
んぐんぐんぐっと一際醜い喉音を鳴らしてジョッキを拳骨と同じように叩きつけた。実際マネージャーの言い分もまあまあ正しい。今の私に電波系アイドルみみみは人生の命綱同然なのに、大事な統合失調症向け要素を抜いたらただのアイドルもどきな女の抜け殻と化して、また底辺生活が待ち受ける。
結局みみみはアルミのためにステージ上で歌って踊っていた。人の頭がけ怠く揺れ、アルミ、アルミとブツブツ繰り返す中、一人だけ隅のほうでじっとこっちを睨みつける丸眼鏡の新顔の男が混じっていた。あのアルミは病人だけじゃなくただ面倒な興味本位の人も連れてきてしまう。そして多分あれは興味のほうだ。まともな男の責めるような鋭い目線が訴えている気がする。アルミ、アルミってなんだ。バカだろ、このアイドルもファンも。そう思っていると脳内はある一点に集中していく。終わらせる、早く終わらせる、早く早く! 目線をなるべく合わせないようにして、夢中で歌った。
やけに長く感じたライブが終わった。ゾンビみたいなファンの声を振り切り逃げるように控え室へ戻ろうとしたところ、腕を掴まれた。あの男だ。
「お話いいですか、みみみさん」
この口ぶり! もう何度もコイツのような週刊誌の記者みたいな奴が面白おかしく書く「現代の闇 地下アイドル」みたいなやつにはウンザリなの! しかし間近で見た男はいつものインチキ臭さは全くなかった。森のくまさんみたいで何となく信頼できそうな感じがする。
「私はこういう者でして」
出された名刺には「メンヘラ専門ライター 藤原 辰」と印刷されていた。「メンヘラ」の文字に何となく察しがついた。
「……もしかして、私じゃなくてファンの取材ですか」
「ここじゃなんですし隣のファミスで話しません? 謝礼はもちろんありますし」
「でも、マネージャーが……」
藤原の背後に、何事かと集まったファンの塊が見えた。
「あ、あ、あ、みみみちゃんにッひどいことしてるッ」
プギーーッと鳴きだしそうなデブが怒り出すと、周りへ一気に怒りが拡散していく。
「待って、大丈夫ですから、ライターの人です」
「じゃ、あとで」
藤原はそう言い残し器用に集団と壁の隙間を通って去っていった。
みみみの心に小さな希望の光と喜びが射しこみ、すぐ疑いの影が覆った。藤原の身元が信用できるかどうかまでは判断できないけど、もしかしたらファン達を受診につなげられるかも。そしたら、私は綺麗なアイドルになれるきっかけになるかも。前回はめちゃくちゃに書かれて大変だったけど、今回はむしろ受けるべきなのでは。
興奮気味のファンをなだめて引っ込むとジャージに着替えた。そういえばあのファミレスにマネージャー以外と一緒に行くのは初だった。マネージャーは今日サッカー観戦だし大丈夫。病気のファンのため自分のアイドル人生のためにも行かなくては。店の明かりと街頭の白熱電球が混じっている席に藤原が背を向けて座っていた。
「来ましたよ」
そう声をかけると藤原はのっそり振り返って愛想よく笑った。
「ああ! 良かったですほんと」
藤原の目の前に座りクリームスパゲティを注文すると、藤原は待ってましたとばかりにメモとレコーダーを用意した。
「じゃみみみさん……よろしくお願いします。まず統合失調症向けアイドルを始めたきっかけを教えて下さい」
みみみは頷いた。水をぐうっと飲んで、アイドル人生を賭ける準備を終えた。
「最初は普通にアイドルしてたんですけど、売れなくて。生活に困って……そしたらマネージャーが統合失調症向けに絞るぞ!って言い始めて。そしたら食えるようになりました」
「つまり、マネージャーの提案であのアルミホイルを売り始めたと」
「そうです、そう」
そう言うと藤原は頷きながらメモに短く書き込んでいく。
「というか、私から質問したいんですけど。そもそもメンヘラ専門ライターって何ですか」
「私はメンヘラの問題を広く扱うサイトの記事を書いているんですね。そしてよく被害を聞くのが、統合失調症向けビジネス。私からすれば敵みたいなものですけど、今回は敵の正体を暴いて注意を促すのが目的ですね。今まで色んな業者を見てきましたが、みみみさんは何というか、善良な気がします。罪悪感などは?」
きた、嫌な質問。ここからはよく考えて話さなければ。みみみは脳みそを意識して、ゆっくり発声し始めた。
「……ありましたけど、生活のためだったので」
「なるほど?」
英語の疑問形のように過剰なまでに上がった語尾に己のミスを感じる。もっと慎重にしゃべらなくては。
「わ、私は、ファンの人達を、受診につなげたいんです、でも」
「マネージャーのことと、無収入になるのが怖いんでしょう」
とげが混じった言い方で、意地悪く心を見透かされたような気になった。精一杯の強がりが揺れる。
「でも」
藤原の口調が強くなった。
「でも、あなたにも患者を騙した責任が確かにありますよね。一回呼び掛けてみたらどうです」
「え」
「言うんです! 『病院へ行ってくれ』と……!」
一瞬、森のくまさんがキバを見せた気がした。それは本当に気のせいだったはずだが藤原は口元を掌で隠した。このクマ男、本当は『言え!』と言いたかったんじゃない。隠したわりに未だ鋭い両眼をこっちに向けた。
「そんなすぐには……マネージャーと相談を」
何も感じなかったふりで答えると藤原もくまさんに戻った。
「ま、そうですよねぇ」
なめているのか緊張が解れたのか分からない。だがすっかり砕けた口調になった。藤原は真顔に戻ってペンを動かしていく。私もつられ笑う。グラスに積みあがったブロック氷をストローでつついて緊張を紛らわした。確かに、私がファンへ促せばいいのかもしれない。あとは自分のアイドル人生をかなり強引に終わらせる勇気を持つだけかも。
一万円のアルミを崇める行き場を間違えた病人。その家族。ひたすら搾り取ることしか考えない、私への扱いもぞんざいなマネージャー。ファンへの愛。
もう、いいのかもしれない。私の全てが限界に達した気になった。
「みみみさんが言って下されば、患者さん達へのきっかけになるかと思ったんですけど。あ、話ズレてま……」
「やります」
「は」
「こんなアイドル、消えてなくなったほうがいいし。次のライブはサプライズでみんな病院へ行こうの歌やりますから! 来てください、絶対に!」
みみみは一息であっという間に言うと席を勢いよく立ち上がって駆け足で出ていった。
そう啖呵を切ったが実のところみみみに考えなどなかった。狭い部屋でスマホをいじってすっかりぼんやりしていた。歌って。どんな歌。ファンには治療してまともになってほしい。私はまともなファン層のアイドルをしたい。それを両立させるための歌。というか呼びかけ。素晴らしいセリフを作る自信もないしやっぱシンプルに連呼が一番効果がある気がする。よし。連呼。
そのときドアの鍵が乱暴に回された音がした。嫌だ泥棒? 迎撃の準備を整える間もなく現れたのはマネージャーと首根っこを掴まれた藤原だった。
「なんで!」
「てめえ! 話は聞いたからな!」
真っ赤なユニフォームを着たままのマネージャーは藤原の髪の毛を引っ張って床に転がした。藤原はいててて、と情けない声をあげる。見た目のわりには弱い。
「おめえよ、止めるのか? 男に頼ったって、そんなことは許さねえからな」
試合結果は負けだったのか普段より荒くなっていた。
「うるさいッッ」
女の金切り声に大声のフル威嚇で叫ぶとマネージャーがたじろいだ。
「藤原! 押さえて」
体だけは立派な男が起き上がって反撃ののしかかりを炸裂させる。その隙に体を充電コードで縛り上げた。形勢逆転。
「せいぜい落ちるとこまで落ちやがれ、このカス共ぉ」
そして当日。
ネットカフェで寝たせいか体が痛い。でもやらなきゃ。
狭いステージ上できらめくライトが点くと可愛いピンクの衣装を着たアイドル、みみみがいつもと同じふりをして現れた。てんでばらばらな下々の愚民のように猫背でモノトーンな観客の眼はいつも通り一斉にみみみ一点に集中し、コールを始め……ようとする前に、みみみの声のほうが早かった。
「皆さん! 精神科に行きましょう! 精神科へ!」
時が止まった。流れ出すはずの音楽も流れず、ライトもチカチカ点滅しない。藤原だけが隅でひっそり落ち着いていた。体が拘縮する。こわい。ファンはコールを出そうした口をパクパク。そんな間抜けの動作を機械的に繰り返していた。それでもみみみはマイクを握り、叫び続ける。
「病院へ、いこーーーう!病院、病院、病院、びょういーーん!さ、みんな病院コール!」
しーんとした空気を裂ける凛とした声が発せられることにこの時初めて気づいた。奇跡的な声に揺さぶられ、ポツ、ポツと沸騰しかけのぬるま湯のように病院コールが湧きあがり始めた。
「病院、病院、びょーいん、びょういん!」
「病院~!」
みみみが叫ぶとファンも叫ぶ。ポップな音楽がなぜか流れ出し、さらに盛り上がる。ファンもみみみも生まれて初めて一体になった気がした。最後だからそう感じるのかもしれない。解放感に身を任せ、ステージ上からエビ反りジャンプで飛び降りた。そして、病院、病院、と笑顔でファンと一緒にもみくちゃになってマイクで叫び続けた。最高に気持ちよくて楽しい。
「みんなが、病院に行って、元気になるまで、みみみはお休みします! みんな、ありがとう‼」
電磁波ブロック☆電波アイドル @udondondon1976
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