帰宅

 自分とは直接関係が無いとはいえ、相手は周りが敬意を払う龍王。緊張をせずにはいられなかった。


 玉座に座す龍王と思われる圧倒的な存在感を放つ存在。そしてその周囲に立つ側近と思われるものたちの好奇の視線に晒されていた。


「うむ」


 誰も一言も話していないはずなのに、龍王は急にうむとか言い出す。つい、その場で立っていた僕たちは目を見開いてしまった。


「お主、名を何と言う。唯一の男に聞いておる」

「冬春と申します」

「お前、どんだけ実力隠してんの? そこが全然見えないんだけど。まぁ、そこの女子二人の片方もなかなかだけどさ」


 急に態度が緩くなった。これが執事さんに敬意は払わなくていいと言った龍王の本心か。だったら、慣れない敬語を使うのは愚行だな。


「大したことはないですよ」

「そうかぁ? じゃあ、そっちの女子の名前を教えてもらえるか?」

「私はかぐやです」

「茉優です」

「すっごく好みなんだけど、側室とかにならない?」

「「はあっ?」」


 僕が言うのも何だが、彼女たちが僕に向けてくれる好意はすごい。笑顔の絶えない表情、触れられることへの躊躇の無さ、距離感などどれを取ってもそれはすごい。だからこそ、龍王といえど、さらに冗談だとしても、その一言は言ってはいけないと分かる。


「龍王様に向かってなんだその態度は! これだから下賤な猿は!」


 かぐやと茉優の反応によりいったんは硬直した空間を動かしたのは無言でいた側近の一人だった。


「いや、俺許してい」

「そうだ! なんたる厚顔無恥。到底許せるものではないぞ!」


 次の瞬間、玉座の間、いや王城中に尋常ではなく、質量すらも伴いそうな威圧、最早殺気と呼べるものが漂った。それは、気の弱い側近の意識を刈り、発言した側近を青ざめさせるには十分なものだった。


「お前ら、かぐやと茉優に向かって何ほざいてやがる」


 自分の心の中が海であるとすれば、これでもかと波立ち、渦巻き、全てを藻屑にしそうなほどに荒れているのが分かる。


 かぐやと茉優が大切だ。特別な存在だ。だから、この怒りを治めるわけにはいかない。


「この世から完全に消し去るからな」


 怒りは煮えたぎっているが、怒鳴ることはせず、ドスを利かせた声で言った。


 怒鳴ったら、止まることがなりそうだ。きっと、かぐやたちにまで迷惑をかけてしまう。


「それはやめてもらえないかな?」


 場に似合わない、明るい口調でそう言ったのは龍王だった。


「多分俺が全力出しても止められるか分からないからさ」


 そう言われたからといって、すぐに今の状態をどうこうというのは出来そうにない。というか、侮辱した奴らの謝罪が無ければ行動に出る。そういう僕の心境を読んだのか、龍王は言った。


「お前らさ。俺を大切にしてくれるのはいいけど、俺と同格の相手の連れに無礼を働いてるんだから地に手ついて謝って」


 いや、龍王も大概だと思う。あなたの発言で引き起こった事件だし。


「も、」

「も?」

「「申し訳ありませんでした!」」


 龍王に言われた通り、土下座して謝った。いかにもプライドが高そうな奴がこうしたんだから許すしかないな。


「かぐやと茉優はもういい?」

「お詫びに、今すぐ私たちを帰して下さい」

「茉優! 名案だよ!」

「うーん、本当はまだいて欲しいけど。仕方が無いかー」


 悩んでいる。明らかに龍王は悩んでいる。うーんと唸り声まで聞こえてくる。何をしようとしているかは分からないが、かれこれ意外に長く待たされている。


 さっきは茉優の考えに賛同したけど、この世界を堪能したいという気持ちもあるんだよね。


「そうだ! じゃあ、もう一回ここに呼んでもいいかな?」

「私たちが全員揃っていて、許可すれば…」

「分かった、それじゃあ今から帰すよけど準備は、大丈夫そうだね」


 僕たちはこの世界でほとんど何もやっていないのだ。準備するものなど何も無い。


「俺、王妃いないから二人とも次は覚悟しといてね~」

「「ふざける、なっ」」


 かぐやと茉優がそう言い終わったかが微妙な時に帰された。ちゃんと届いているだろうか。


 転移するときから腕に抱き付いていた二人が、せーのと言って言った。


「「私たちには冬春しかいないから…」」


 既に何度も二人には好意を伝えられているが、こういう風に言われるとさらに照れる。自分の顔が紅くなるのに気付き、顔を逸らそうとするとそう出来ないことに気付いた。


 両腕にいるせいで、隠せない。二人とも照れる僕を見ているが、自分たちも真っ赤になっているのはいいのだろうか。



 何か応えた方がいいよね。



 そう思った僕は二人のおでこにキスをした。すごく心臓がどきどきしていたから、ほんの一瞬触れただけだったが。



 ちゅ



 そんな音が唇へのちょっとした衝撃の後に聞こえてきた。目を開けると、そこには茉優の顔があった。


 目をうるうるとさせ、僕を強く見詰める彼女は綺麗だった。頭の中は彼女だけで染まっていた。



 どれくらい経っただろうか、満足したのか茉優は僕から少しだけ唇を離し、言った。


「かぐやは良かったの?」


 唇を僕から離した茉優はかぐやにそう尋ねた。


「ま、茉優も正妻だからね… もちろん、私もするけど」


 今度は少し離れていたかぐやが近付いてきて僕の方を見た。


 これは、僕の方からして欲しいのかな。


 そう思い、抱き寄せて距離をゼロにした。


「冬春、かぐやとはもう夜を共にしているんでしょ?」


 以前話に上がった防音の能力だが、無事にタケトリ様からもらえた為、夜は。


 うん。これ以上考えたら、押し倒しそうだから止めとこう。


「えぇ、冬春と体を重ねているわ」


 かぐやが自慢するように言っている。今となっては少し慣れた感を出しているが、最初の方は、まさに生まれたばかりの鹿かと思えるほどだった。


「冬春! 今夜、私のも、もらって…」

「うん」


 美少女が体をもじもじとさせ、髪を弄りながら尋ねてきたのだ。即答するに決まっている!


「か、かぐや、あの」

「さっきも言ったけど茉優も正妻。彼女と夜の営みをするのは当たり前」


 かぐやなりの気遣いと優しさに僕はありがとうとしか言えなかった。




「あ、あの」


 僕らだけのはずの空間に第三者の声が響いた。


「ここ、図書館なんですけど…」

「す、すみません…」


 完全に羞恥によって固まっているかぐやと茉優の代わりに僕が応えた。


「き、今日はありがとうございました…」

「ま、また是非来て下さい」




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